6.the battle of glory/killer cell project―16
浩二の、荒木の足元が、突如として変化した。恐ろしく鋭利な音。空気を切り裂く、ではなく、空気を突き刺す様な音が一瞬の内に連続した。
足元から、無数の棘が突如として出現した。鉄製か、固い何かである事は間違いなかったが、確認する余裕はなかった。浩二達は即座に飛び退いていた――が、荒木のズボンの一部は裂かれていた。だが、その程度。荒木だって凄腕とも言える殺し屋だ。傷を負いやしなかった。
飛び退いた浩二は突如として出現し、その後、ゆっくりと床の中に戻っていく棘と、破かれたカーペットを見て、呟くように言う。
「からくり屋敷かよ」
「発想は間違ってない」
グローリーが不敵に笑んだ。その瞬間。炸裂する銃声。当然、荒木の視線は浩二に向いた。すると、いつ構えたのか、いつ取り出して装備したのか、いつトリガーを引いたのかもわからない浩二の攻撃の姿勢が見えた。当然、彼の持つ銃の銃口から、消炎が上がっているように見えた。
銃口は当然グローリーを捉えていた。当然だった。彼以外に撃つべきモノはこの場にない。
荒木の視線がグローリーへと移る。
「ッ、」
そして、無傷のグローリーを確認してしまった。
グローリーは首を傾げるような態勢で不敵に笑んだ。その姿が、まるで、『銃弾を避けた』かの様な印象を荒木に持たせた。が、その印象を持ったのは浩二も同様だったらしい。浩二の頬を、珍しく冷や汗が伝っていた。口下が笑っていたが、目が笑っていなかった。
荒木だって驚愕せざるを得なかった。準備動作をすっ飛ばして攻撃にしたような有り得ない動きで攻撃を仕掛けた浩二だ。手を抜いたはずがない。目の前のこいつを殺せば全て終わるのだ。浩二が一撃で仕留めようと仕掛けたはずだ。だが、グローリーは生きている。
浩二の表情を見れば分かる。
グローリーは、銃弾を避けた。それも、避けて当然と言わんばかりの表情を見せている。それが、恐ろしくて仕方がなかった。
銃弾を放ち、攻撃を仕掛けた浩二は、今までの経験から、今のは捉えた、と思っていた。が、そうはいかなかった。見えたのは、人知を越えた動きで、銃弾を確かに、意図的に避けた、避けてしまったグローリーの姿だった。
念を押す、わけではないが、今度もまた、殺す気で、浩二は続けて三発の銃弾を放った。これもまた恐ろしく早い。一瞬の内に、音速を超えて跳ぶ銃弾をそれぞれ違う箇所に、正確に放った。眉間、右肩、水月。全ての弾丸が正確に跳んだ感触を浩二は得た。
そして、疑心は確信に変わる。
グローリーの動きは、肉眼で、グローリーという人間の動きを追っているはずなのに、どうしてなのか、残像が見えた気がした。
グローリーは、確かに、銃弾を見切っていた。
今の攻撃で分かったのは、グローリーには異常な程の視力、反射神経があるという事。そして、
「ッう!」
異常な程の運動能力があるという事。
たった一瞬だった。一秒間を六○のフレームで表すゲームで例えるなら最初の一フレーム。それ程の一瞬。その一瞬で、グローリーは銃弾を交わし、横に飛び、壁を蹴り、真っ直ぐ、閃光の様に、壁を蹴ってから床に足を付ける事もなく、弾丸の様に、浩二へと迫ってきていた。
そして、いかつい拳が浩二の頬を穿った。銃口を向けようとはした、だが、間に合わなかった。
浩二の体が後方に大きく吹き飛んだ。床に落ち、転がって、静止し――たそこで、床から無数の棘が再度出現した。どうやら、この棘、ある程度の場所に配置されているらしい。
浩二は吹き飛ばされながらも床の機微な変化を捉え、床を押す様な形で、跳び、間一髪の所でその棘の襲撃を避けた。棘の出現位置から僅かに離れた位置で跳んだ勢いを利用して、立ち上がり、即座に態勢を立て直した。
即座に銃口を持ち上げるが、浩二には撃てなかった。
浩二の視界の先、荒木が銃を撃っていた。当然、グローリーに、だ。だが、グローリーは荒木へと距離を詰めながら、瞬間移動でもしてるかの様な動きで正面からの銃弾を全てかする事なく避け、あっと言う間に荒木の目の前に出現し、荒木の首を右手で、掴み、彼を容易く持ち上げて見せた。
「がっ、ぐううぅうううう!?」
荒木が銃を持たない手で自身を持ち上げ、首を締め上げるグローリーの右手を掴み、抵抗するが、グローリーの力はやはり異常なようで、方手では抵抗しきれず、荒木は銃を撃つ事を諦め、両手でグローリーの右手を引き剥がそうとするが――はがせない。見て分かる。グローリーの右手が、荒木の首をへし折ろうとしている事を。
「させるかよ!」
浩二が声を上げると同時に銃弾を一発放った。弾丸はグローリーへと向かう。
グローリーはそれを、見向きもせずに反応して、荒木を手放してその場から一瞬で移動し、気づけば、先に立っていたデスクの横へと戻っていた。余裕を見せつけるかの如く、デスクに方手を置いて体重を預け、緩く、だが不気味に、不敵に笑んでいた。
すぐに浩二と荒木は銃を構え、グローリーへと向ける。が、グローリーは一切の抵抗を見せない。今までの動きを見ていれば分かる。グローリーはどういうわけなのか、銃弾が銃口から出たその瞬間に、反応し、銃弾を避ける動きを見せる事が出来るのだ。
「どうなっているんだ! バケモノめ!」
荒木が怒声を吐く。浩二は敢えて黙ってグローリーを視線で捉えていた。
「何とはな。わからないか?」
グローリーが演技めいた口調で吐き、わざとらしく首を傾げた。
「……クローンを大量生産するようなクズ組織だ。『人体改造』なり、『強化』なりくらいは容易いだろうな」
浩二が推測すると、グローリーの笑みに深みが生まれた。
「その通りだ。流石は神代浩二だ」
グローリーは笑った。
協会には、今、一般に浸透するどころか発表もされていない存在するが、存在しないとされている技術や、人為的な問題から表にはとても出せない技術も保持している、人を殺して、殺されての世界だ。表的には出来ない実験もここではやりやすい。そのため、有り得ない、と思える程の現実を目の当たりにする事もある。
浩二だってそれは予想していたし、分かっていた。だが、まさか、ここまでとはと思う程、グローリーの見せたそれは超越していた。そんな力に加え、武器となるこの部屋。状況は、環境は最悪だった。
「降参は……しないよな」
グローリーが浩二の生きた目を見て、鼻で笑い飛ばした。
そうだ。浩二には今の応酬で得た情報から、彼と戦う術を算出している。




