6.the battle of glory/killer cell project―14
「何……、を?」
ルキアが忌々しげに視線を動かして、浩二を睨むが、視線は届かないし、怒りを受け付けて貰えるわけもなかった。
不敵に笑んだまま、浩二は告げる。
「アイツらにとっての絶対的な存在ってのはお前だ。恐らく、俺を殺す事じゃねぇ。この光景見てりゃ分かるさ。お前を人質に取った途端、フリーズだ。お前の命令もしっかり聴いてる」
「ぐっ……!!」
ルキアが歯噛みする。言われて、確認して、考え直して、事実だと思った。だが、その事実を把握しても、プライドが邪魔をする。現に、勝目のない状況だとしても、逃げ場のない環境だとしても、まだ、負けを認める事が出来なかった。
――故に、暴れた。
浩二は敢えて、ルキアをそのタイミングで手放した。ルキアは浩二の手中から脱出して、安心してしまった。逃れる事が出来た。これで、勝ったと確信してしまった。
ルキアは最高の笑みで振り返った。そして見えてきたのは、浩二の冷たい表情と、既にルキアに向けられた銃口。そして、マズルフラッシュ。当然、直後にルキアの意識はブラックアウトした。当然だった。死ぬまで、その人生を終えるまで、ルキアは浩二がわざとルキアを解放したという事を知り得なかった。何故、死んでしまったのか、それすら理解出来なかっただろう。
ルキアが浩二の腕から離れて、走り出した勢いもあって、打ち抜かれたルキアの体は意識を失ってもなお、数歩分走って進み、やっと落ちて転がった。その死体は床に落ちても勢いを殺せず、一メートル程転がって荒木の足元に落ちた。落ちた際、偶然にも仰向けに倒れ、血まみれの最高の笑顔が見下ろす荒木と向き合った。
周りのクローンは銃を持ち上げていた。確かに、持ち上げて、浩二へと向けていた。だが、静止していた。動きは見せなかった。ルキアという人質を、壁を失いながら、無防備になったはずの浩二を殺す事が出来なかった。
絶対的な司令塔を失ったのだ。従順な兵士はそれだけで、動けなくなる。
恐らくではあるが、今この場にいるクローンの全ては、権力者であるルキア専属のモノとして作られた存在だろう。数は恐ろしい程にいるとわかっている。つまり、余分に作れる余裕があったという事。ルキア専属のボディガードが存在してもおかしくないだろう。そのため、このクローン共はルキアに従順な完璧な兵士として作り上げられていたのだろう。絶対的長をルキアと設定され、ルキアのためだけに、ルキアの命令のみに従い、動く存在とされてきたのだろう。故に、動けない。絶対的指令を失い、全く動けなくなる。
浩二がクローン連中を見回すと、クローン連中は次々と、銃口をおろし始めた。そして、ホルスターにしまう事もなく、ただ、そこで呆けた様に棒立ちしたままになった。
その光景を荒木も見回し、荒木はやっと足を出した。歩き出し、浩二の側まで寄り、辺りの動かなくなったクローン連中を見て、問う。
「どうするんだ。こいつら?」
「殺すに決まってるだろ。後々変に動かれても面倒だしな。いくらクローンつったって数に限りがあるだろ。少なくとも現存する分はな。出来るだけ数を減らしといても困る事は無いどころかプラスだろ」
そう素っ気なく返して、浩二は銃をしまって歩き出し、近くにいた棒立ちのクローンの背後に回し、そのクローンの頭、顎に手を回して――一気に捻った。嫌な音が響いて、そのクローンは変な方向に顔を向けながら、力を失って床に落ちる。
一体、無抵抗のクローンを殺した。が、他のクローンは動きを見せなかった。それどころか、視線を動かしやしない。どこか壁や天井を見て、そのまま直立不動。抵抗すらしやしなかった。
浩二はそうやって、その全てを銃弾の一発も使わずに、全滅させた。時間は思った程かからなかった。
66
龍二達は二つ目の施設を難なく越えた。理由は簡単だった。そこには、殺す理由にもならない、進路を邪魔する事もない研究者や職員しかいなかったからだ。連中は時折龍二達の前に現れてしまう事もあったが、龍二が殺すよりも前に、素早く道を空け、無抵抗の意思を示したため、龍二の殺しのターゲットにはされずに済んでいた。連中も龍二の侵入を上層部が把握していないとは思っていない。その場を乗り切れば、あとは適当な仕事の配置に戻れば元の生活に戻れるとわかっている。故に、無抵抗だった。
それに、ここはまだ中枢どころか足元とも言い難いような場所だ。
入口から数えて三つ目の施設。
扉を開いた龍二達を迎えたその施設は日本のそれとは思えない様な、近未来感漂う真っ白な施設内部だった。真っ白な壁、天井、床、一面。それに何処かに設置されている照明の明るい光が反射し、やけに眩しく思えた。協会本部の施設は近い。そう思えた。
通路を進み、記憶の中にある地図を辿って龍二達は素早く進んだ。道中、何の邪魔も入らなかったが、龍二は気づいている。壁と照明にうまく隠されてはいるが、確かに、監視カメラが稼働しているという事に。
(監視されてるのは分かってるが……、どうして仕掛けてこねぇんだ。まさか普通の警備会社の連中を雇って適当な監視をさせてるわけでもあるまい……。一体何を考えてやがる)
龍二が訝しむ中、あっという間に進路を進む。そして、どうしても進路上、通らなければいけない広い部屋へと出た。そこで、絶対何かがあると龍二は思った。
――だが、何もなかった。何も起こらなかった。
龍二は何もない事に警戒した。異常なまでに警戒して進んだ。歩も恐る恐るになっていたかもしれない。有り得ない程遅い歩速度にまでなっていたかもしれない。有り得ない、と龍二は思っていた。いい加減、仕掛けてきても、足止めをしてきても良いと思っていた。まさか、施設の入口の護衛だけなはずがない。相手は龍二の事を知っているし、どれだけ自身を持った護衛を配置していようが、龍二が乗り越えてくると予想して足止め、罠を配置するはずだ。だが、ない。全くと言っても間違いない程に、ない。
「おかしいね。足止めが全然ない。それどころか敵の影がない」
春風も疑問に感じていたか、歩きながらそう呟いた。シオンも同様の考えを持っていたらしく、頷いていた。
「そうだな。不気味すぎる」
龍二が呟いて返す。
そして、数十秒を掛けて、結局、龍二達はこの三番目の施設も超えてしまった。あっという間だった。有り得ないと龍二は思い続けていた。
だが、単純に、本当に簡単に、龍二達はついに協会本部へとたどり着いてしまったのだった。




