6.the battle of glory/killer cell project―11
龍二の答えに、そっか、と答えて春風は龍二から離れた。潔すぎる離脱に龍二は疑問を抱いたか、視線だけ動かしてチラリと春風を確認したが、それ以上のアクションは起こさなかった。
すぐに手元の資料に視線を落とし、情報を頭に叩き入れ始めた。
戦いが始まる事は、分かっていた。
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梅雨はとっくに過ぎたというのに、また、雨が振った。スコールを連想させるような大雨だった。時折、雷が轟音を轟かせて鳴る。最悪の天気だった。
が、これから室内に入り込む龍二達にとっては、移動の場合以外は関係なかった。
協会に攻撃を仕掛ける日が来ていた。
協会本部の入口自体は極普通の建物に隠されているため、タクシーでも何でも移動出来る。一般人に余計な心配をされる事もない。
龍二達は協会の入口に来ていた。
とあるカフェ店内。閉鎖的なそこには、既に無数の死体が転がっていた。辺りは店内とは言えない程に散乱していて、そこら中に地がこびりついている。そして、その真ん中に立つ三つの影。それが、龍二達である事は言うまでもない。
ここにたむろしていたのは、全てが協会のメンバーだったのだろう。
協会のメンバーが、龍二の顔を知らないはずがない。待ち構えていたのだろう。が、龍二達三人がそう容易く負けるわけがなかった。シオン、春風だけならまだしも、龍二は殺し屋としての最高のスキルを持っている。そして、対人経験が豊富だ。経験が違う。
転がる死体を跨いで、龍二達は店の奥へと向かった。カウンターに持たれて頭から血を流す店主役の殺し屋を無視して、その後ろに見えるバックヤードへと向かった。その中には誰もいない。龍二達が表で大暴れをしていた時既に出てきていて、いないのは分かっていた。
バックヤードの扉を龍二が蹴破って、その先の薄暗く、狭い通路だった。足元を見れば降りの階段になっている事がわかった。傾斜だが、明らかに地下へと向かっている通路だった。
龍二が先頭を歩き、その後にシオン、春風と続いた。
薄暗い、狭い階段に龍二達の足音が響く。
敢えて足音を殺す理由もないと思った。扉を蹴破った時点で、侵入した時点で、協会側が気づいていると思ったからだ。
数分下ると、先が見えてきた。通路だ。まだ、薄暗く狭いが、天井は僅かに高くなり、平坦な廊下となっていた。下りたその地点から左に曲がる道となっていて、そこから数メートル歩くと左右に伸びる道があった。途中に、扉はあったが、重々しい雰囲気から、そこがメンテナンスルームの様なモノだと予想したのか、龍二は無視して奥へと進んだ。
足音はやはり殺していない。カツカツと足音が重なってなる。
奥へ奥へと進む。二人を先導する龍二の頭にはこのエリアの地図も入っていた。このエリアの地図は、シーアが探し出したモノだ。実際の現地と情報が一致していた事を確認して、龍二は秘匿に笑っていたが、シオン達は気づかなかった。
先に進み、扉を跨いで次のエリアへと出る。次のエリアもまた薄暗い通路だった。余り変わらないエリアだった。そこにも敵の影はなく、龍二の頭の中に入っている地図を頼って進む。
また似たように扉を無視して進んで行くと、エレベーターを見つけた。一つだけだ。他の扉とは明らかに違う装いですぐに気づけた。ボタンでエレベーターを呼ぼうとした時だった。
エレベーターが、稼働した。
「ッ、誰か降りてくるな」
龍二が階層を表示するエレベーター上のランプを見上げる。この階層まで(資料によれば地下五階)降りてくるとは限らないが、正面で堂々と待つわけにもいかない。龍二達は即座に来た道を戻り、曲がり角に身を隠す。そこからエレベーターを覗き込んでいると、エレベーターは運悪く、この龍二達がいるこの階で静止し、扉を開いた。
龍二達は息を顰めて先の光景を見守る。もしかすると、龍二達がここに隠れている事もバレているかもしれない――と、思ったのだが、エレベーターの中から姿を現したのは、明らかに作業員といった装いの二人組の男。
龍二は迷わず体を出し、その二人組の額をサイレンサー付きの銃で打ち抜いた。静かに、意図の外での攻撃を受けた二人組の男はあっと言う間に力を失い、突如として電池の切れたロボットの様に倒れた。手に持っていた、そして腰に回していた工具が辺りに散らばる。
行くぞ、と龍二は言って、扉を締めたばかりのエレベーターへと向かった。春風もシオンも続く。
龍二の容赦のなさに、春風は不安を抱く。が、それを表情に出したり、口から漏らす事はなかった。もし、今の状態の龍二だったら、私は拾われずに殺されてたんだろうな、とそんな事を思いながら、春風は龍二の後に続いていた。
エレベーターへと乗り込む三人。
「このエレベーターで協会本部へと通じる施設に出れるはずだ」
龍二が頭の中の情報を思い出しながらそう呟く。
「繋がる施設って事は、その施設も超えてやっと協会本部にたどり着けるって事ですか?」
「違う。施設は二つ超えないとだよ。今使ってるこのルートは裏口だから。正面として使ってる入口も本部から距離があるんだけど、こっちはそれ以上にあるからね。もう少しかかるよ」
シオンの疑問には春風が答えた。
春風もある程度は地図を記憶しているようである。
そう、龍二達は今、『裏口』から協会に攻め込んでいる。
辺りは死体の影で足元も見えない程になっていた。が、水浸しという表現をしても十分当てはまる程の鮮血の血溜りははっきりと見てとれた。
二種類の顔だけが、無数に転がる場だった。
広大な部屋。死体のカーペット。それを彩る鮮血。そして、その上に立つのが、浩二と荒木だったのは言うまでもない。
「なんだ、まだまだ現役なんだな」
浩二がおどけた様に言うと、荒木が眉を顰めて、口下だけ笑って答えた。
「引退した記憶はないがな」
そして、一度の咳払いの後、死体の散乱する辺りを見回して、荒木は嘆息まじりに問う。
「で、どうなんだよ。自分と自分の嫁と同じ顔したクローンと戦って、殺して、その上に立つ感想は?」
そうだ、彼らの足元に転がっている無数の死体のその全ては、浩二のクローン、そして、美羽のクローンだった。
浩二は足元のクローンの一体を蹴り、顔を表へと向けて見つめ、呆れた様に問いに対して返す。
「気持ちワリィよ。どういうわけか、俺のも、美羽のも同じ年のはいねぇ見たいだが、それだけが唯一の救いだわな。いくら雑魚だっても、美羽と同じ年齢、顔で俺の前に出てきたら少しはとどまっちまうかもな」
そう言って、浩二は笑う。が、本心は笑ってなどいなかった。
浩二は暫く美羽には会っていない。それに、――迷わず殺せる自身があった。




