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6.the battle of glory/killer cell project―7


 龍二達が通路の奥まで到達すると、目の前にエレベーターを確認した。たった一つのエレベーター。これがここから先の、下の、唯一の連絡手段だと分かる。

 迷わずボタンを押し、エレベーターを呼んで乗り込む。中は極普通のエレベーターというよりは、業務用の中が広く、荷重にもより耐えるエレベーターという印象を龍二達に持たせた。

 予想通り、下に続く階がボタンに表示されていた。どうやら現在地はB1。地下一階という事になっているらしい。が、先のエントランスホールで乗り込んだエレベーターの下降時間を考えると、そんな程度の低さに位置はしていないと思えた。ボタンは五つあった。B1からB5までのボタンだ。

 龍二は迷わずB5のボタンを押し、エレベーターを下降させる。

 今更な事だが、龍二は脱出手段を考えていなかった。とにかく目的を果たす事だけを考えていた。が、当然、目的を果たして死ぬつもりもない。

 エレベーターは十数秒程でB5階へと龍二達を導いた。重々しい扉が重々しく開く。どこか荘厳な開き方に思えた。それはまるで、目的地へと到着した事を示しているようだった。

 扉が開き、龍二達が外へと出ると、そこは広いフロアとなっていた。そして、嫌でも目に付く『赤い液体で満たされた人一人がギリギリで入るような大きさのカプセル』。数は数え切れそうになかった。壁に沿うように配置されていたり、何層も壁を作るように配置されていたり、挙句、天井にまで敷き詰められる様に配置されているそれは、見た瞬間、クローンを作る耐めのモノだとわかった。

 思わず絶句した。視線だけを動かして辺りを見回した。

 部屋の大きさに比べて明かりは少ない。足りていないとも言えて、薄暗かった。足元にはドライアイスを連想させるような冷気が白い霧となって充満していて、足元一○センチ強は視界が不明瞭だった。よく見ると、足元にはパイプが何本も、ミミズの様に這っていて、それらがカプセルや、壁へと繋がっている事が確認できる。エレベーターから降りたばかりの位置から上を見上げると、また別の部屋が見えた。このフロアを監視するか、様子を見るための場所のようで、恐らくは研究者がこの部屋に対して何らかの操作をする場所だと予想出来た。B4階だろう。前に出て、振り返ってB4階を見るが、今は誰もそこにいないようだった。

 そして、カプセルを確認すると、ある事実に気づく。

「このカプセルの中、何も入ってないね」

 春風が呟いたそのまま。カプセルの全てには、赤い液体が充満しているだけで、中には何も入っていなかった。何本かの管が先を失ってその中を漂っているだけである。恐らくは成長中のクローンにつなぐためのモノなのだろうが、その全てが役割を失っていた。

 重々しい空気の中、龍二達は一応息を顰めて、足音と気配を殺して部屋の中を周り、全てのカプセルを確認するが、見回して確認した時と変わらず、中身を持ったカプセルを見つける事は出来なかった。

 部屋の中央辺りで立ち止まった龍二達。

「これだけの数、どう思う?」

 龍二は辺りを見回して、春風に問うた。予測は何個か立てた上で、だ。

 問いに対して、春風は辺りを見回し、嘆息してから答える。

「これから大量生産するつもりなのか、……既に大量生産した後か」

 数え切れない程のクローン成長用のカプセルがここにはある。仮に数を推測するとしても、一○○○は確実に超えている様な数がある。そう推測するのは、当然だった。龍二もその答えには行き着いているようで、頷いて返す。

「推測で代わりはないが、――俺が思うに、後者だろうな」

 現在シオンが相手しているクローンがいる事、それに、先ほど通路で襲ってきたクローンがいる事、そこから龍二は、既に大量生産が終わっていて、様々な場所に訓練を終えたクローンを配置しているのではないか、と推測した。

 そう考えが追いついた瞬間、寒気が全身を震わせた。部屋の室温が低いからではない。最悪の事態を感じ取ってが故の震えだった。

「ともかくここにクローンはいねぇ。B4階も調べてここのカプセルを使えないようにして、とっととシオンの所に戻って合流すっぞ」




(強いな……。勝てるのかな)

 シオンは不安は感じていない。が、勝機を得てもいなかった。そして更に、対等に渡り合っているわけでもなかった。完全に、身を守ってこそいれど、圧されていた。

 浩二のクローン。まだ若いクローンだが、訓練を終えているのだろう。神代家の恐ろしい程の殺しのセンス、対人スキルに圧倒されていた。狭い空間を上手く使って相手の攻撃を退ける事には成功しているが、攻めるチャンスは一度も得る事が出来ていなかった。

 このままこんな戦いを続けていれば、いずれは隙を産み出し、殺されるだろう、と容易く推測できた。

 クローンの攻撃を避け、跳び、シオンはバックステップで二回床を強く蹴って部屋中央端に移動した。背後にはエレベーターの扉が付く。

 だが、相手はあの神代浩二のクローン。若さは残れど、そのセンスは当人に迫っている。シオンが避ける軌道も既に予測出来ていたようで、シオンに暇を与えず、眼前に迫り、ナイフを振りかざしていた。

 それを、シオンは僅かに体をずらして――肩で受け止めた。

「ッう!!」

 シオンの左肩に、上から、ナイフの刃が叩き落とされた。ナイフの刃は上から肩を切り裂くように進んだが、一○センチ程でその勢いを止めた。骨を断ち切る事は難しかったのだろう。それに気付いたクローンはナイフを即座にシオンの肩から引き抜いた。そして、すぐさま追撃を放つ。ナイフを引き抜いた態勢からの、牙突。切先は同然、シオンの胸元、心臓を穿つ位置を狙い、捉えていた。

 クローンは、これまで十数分程シオンを攻め続け、シオンの『格』を把握していた。ただの雑魚、粘るだけの避ける技能だけは高い殺し屋。そんな認識になった。故に、クローン故に、クローンはそこで、この追撃で『勝ちを確信した』。

 が、それは甘い。

 シオンが、僅かに表情を緩ませた事には気付いた。

 シオンは今まで通りに、牙突をギリギリまで体にひきつけ、その攻撃が軌道修正出来ない所まで来た所で体を捻り、避けた。そしてすぐさまバックステップで横に跳んだ。

 今まで通り、何も変わらない行動。またか、とクローンは苛立ちはせずとも、そう思った。

 目の前にはエレベーターの扉、牙突の勢いは殺すという勢いで、すぐに止める事は出来ない。エレベーターの扉に手を突き、押し返すようにして勢いのベクトルを変え、部屋の隅に跳んだシオンを追い詰め、次こそ殺そう、とクローンは親指だけでナイフを支えるようにして掌を開き、エレベーターの扉に手をぶつけるようにしようとした、が、上手くいかなかった。

 エレベーターの扉がそのタイミングで、開いたのだ。

 先程、シオンがエレベーターの扉の前に来たタイミングで、ボタンを押していたのだと気づくのに時間はかからなかったが、体重の移動をするには間に合わなかった。

 クローンは突然消失した壁に預けるはずだった体重の行き場をエレベーターの中に移動せざるを得なかった。体の半分がエレベーター内に入った所で、ナイフを持っていなかった手でエレベーターの入口を持って体重の移動を殺そうとしたが、背中をシオンに思いっきり、押す様に蹴られ、間抜けにも俯せに倒れるようにしてエレベーター内部に落ちてしまう。

 エレベーターが揺れた。

 クローンが故の、ミスだった。これがもし、本物の浩二であれば、こんな事にはならない。遺伝子単位で同じ存在であろうが、違うモノがある。それが、経験。クローンは殺しの技術を訓練で学ぶのだろうが、現場には出ていない。それが、本物との差。存在を同じにしようが、経歴を、経験を同じにするには成長の早いクローンでは不可能なのである。

 クローンは即座に起き上がろうとしたが、仰向けに転がった時点で、負けを感じ取った。

 見えたのは銃口をエレベーター内部に落とすシオンの姿。恐ろしい程に、暗い表情が、クローンの動きを止めた。諦めをつけさせた。

 二つの銃口から、無数の弾丸が一斉に放たれた。

 銃声が炸裂し、数秒の間連続した。その間はやはり、エレベーターは上下に僅かに揺れていた。

 

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