6.the battle of glory/killer cell project―6
扉は重く、龍二の手首に負担を掛けた――が、痛みはなかった。あの時の痛みは大したモノではなかったらしい。
だが、手首に気を取られた龍二に、早速刺客が飛び込んできた。扉を開けたと同時、ナイフ肩手に龍二へと突っ込んでくる華奢な影。龍二は即座に反応するが、ナイフを取り出す暇はなく、右手で相手のナイフを持つ腕の手首を下から持ち上げる様に掴みかかり、
「おっ、おぉおおおおおおおおおおおお!!」
そのまま、相手の手首を掴んだまま、後ろに倒れるようにして、足で相手の腹を蹴り上げ、後転すると同時に相手を後方に投げ出す。この一瞬だと考えれば、十分すぎる対処だった。
肩手といえど十分な動き、相手は龍二が狙った通りに、龍二を飛び越えて大きく後方に吹き飛んだ。空中で態勢を立て直せるはずもなく、投げられた相手はシオン、春風の間を抜けて龍二達が入ってきたエレベーターの入口に背中をぶつけ、衝撃音と共に床に落ちた。その間に三人はすぐに構える。
龍二が投げ飛ばしたその華奢な影は既に、態勢を立て直していた。襲撃をかけてくる様な相手だ、これくらいは何ら不思議ではないだろう。
女、少女だった。
「母さんのクローンか」
龍二はすぐに気付いた。目の前のその少女が、美羽のクローンであると。年齢は恐らく、春風よりも僅かに低く見えた。が、訓練は十二分に積んでいるようである。見て、目が座っているな、と龍二はすぐに感じ取った。そして、
「神代龍二、先に行ってください。すぐに追いつきます」
シオンも、そう感じ取っていた。
シオンは両手にナイフを構え、美羽のクローンである少女の前に立ちふさがった。
その姿を龍二は見て、判断する。相手は神代家の美羽のクローンだ。役割は後援だったが、それでも、鍛えれば力を発揮すると思えた。一下っ端だったシオンが相対できるのか、――考えるまでもなかった。
「任せた。春風、行くぞ」
龍二は春風を連れて、部屋から出る。躊躇いはなかった。シオンを信じている。それだけだった。それ以外の答えはなかった。
シオンが正面に立ちふさがっているため、美羽のクローンである少女は二人を追う事が出来なかった。どれだけ恐ろしい力を持っていようが、相手を舐めて掛かるという事はしないようである。その慎重さを見て、シオンは息を呑んだ。こちらだって、手を抜けやしない。
龍二達が部屋から出ていくのを音で確認したシオンは、不敵に笑って見せる。
「時間掛けてでも倒して、龍二達と合流させてもらいますから」
龍二達が扉を出ると、廊下が真っ直ぐ伸びているのがわかった。先は見える。目視と予想で確認すると、突き当りまでの距離は一五メートルもあったかと思った。その両脇に扉が複数個あった。そして、廊下の突き当りから、駆けてくる二つの影。と、先を行く銃弾。
二つの銃弾が咄嗟に春風を巻き込んで伏せた龍二の頭上を通り過ぎて、背後の扉へと突き刺さった。
廊下は一本道で、隠れる場所はない。相手は奇襲だというのに、既にトリガーを引き絞っていた。
二陣目が龍二達に襲いかかる。逃げ場はない、龍二達も即座に発砲していた。銃弾同士が衝突するなんて映画の様な事はなかった。四つの銃弾は、向かってくる二つの銃弾を通り過ぎて、それぞれの目標物目掛けて飛んだ。
龍二は、一撃目を避けた時点で、視線を相手のもつ銃の銃口、トリガーを引き絞る人差し指、そして、手首の向きと全て確認し、捉えていた。故に、避ける準備は出来ていた。
龍二、春風の顔のすぐ横を、それぞれの銃弾が通り過ぎた。後方で、二発の銃弾がエレベーターの扉にぶつかって火花を散らす音が聞こえてきた。と、同時、龍二の視線の先、廊下の突き当りで、二つの人影が同時に倒れた。
「親父のクローンが二匹……」
かがめた身を持ち上げて、龍二は呟いた。
嫌な予感がした。
クローンの数を聞いた記憶がある。が、それはあてにならないのではないか、と思い始めた。
「危なかった……」
春風はそう呟いて、一度龍二に笑顔を向けて、歩き出した。
「さっさと研究施設、潰さないとね」
「あ、あぁ……」
龍二はそう、ぎこちなく答えて春風と並ぼうと歩き出した。
護衛がいる。それも、神代家のクローンの護衛がいる。それはもう明確な事実となっていた。が、その数が、恐ろしかった。現在で、美羽のクローンが一人。浩二のクローンを二人、確認した。その場所場所の広さから考えて、丁度良い配置、数だと思った。この先、もしかするとここよりも地下、まだフロアはあるかもしれない。だとすると、想定すると、クローンは、戦闘も可能なクローンはまだまだいるという事になる。
今回は襲撃、奇襲、一本道という状況が龍二を助けた。いくら相手が恐ろしい程のセンスを持っていようが、龍二には経験がる。そう容易く折れやしない経験がある。人間は銃弾を一発貰えば簡単に死んでしまう。故に、反撃をミスしない龍二には、この狭い空間は助けとなっていた。
相手がどれだけの訓練を積んでいるのかの把握はできないが、実際に一対一の戦いで負けた経験がある以上、覚悟があろうが、鍛錬を積んだと言おうが、地の利も生かして最大限の警戒をして、全力で命の応酬をしなければならない。
「扉の中はどうなのかな?」
春風が、廊下の各所にある扉を見ながら言う。洋風の、だが、どこか近未来な雰囲気を醸し出す白の扉だ。ドアノブも確認できたが、鍵穴は見当たらなかった。
春風を追い越して、僅かに彼女の先を歩く龍二は言う。
「問題なのは扉の先じゃねぇ。クローンを生成している場所だ。恐らく工場みたいにでもなってるんだろ。そこを潰す事を最優先にする」
「分かってるよー」




