6.the battle of glory/killer cell project―4
「そう言うならなにも言えないけど」
そう言って、春風は僅かに不満そうにしながら、そっぽを向いた。して、再度手元に視線を戻して作業を進める。すると、一つの銃があっという間に形になった。作業も終盤だったのだろう。一つを終えると、龍二が今持ってきた武器の一つを手に取り、分解し始めた。
その手を、龍二が止めた。
「何?」
相変わらず不満げな春風は眉を顰めて龍二を見上げた。
――その、顔に、龍二の顔が迫った。
62
嵐は過ぎ去った。夏休みは終盤に到達していた。もう、あまり時間はないと思った。
嵐が去った後のこの街は異様に暑かった。雨上がり特有の蒸し暑さと、久々に顔を覗かせた太陽からの異常な程の直射日光もひたすら気温を上げていた。
夜になっても、変わりはなかった。日差しは当然出ていないが、昼間に保存でもしていたかの如く、暑さは引いていなかった。
この暑さの中で、コートは鬱陶しい様に感じた。
新宿、とあるビルの屋上で、龍二は高度からくる風にコートの裾をなびかせながら、地上を見下ろした。視線の先には、とある大型のビル。龍二が立つそこ程ではないが、周りを見ればハッキリ分かる程の大きさ。表向きには、とある証券会社の本社ビルとなっているその建物だが、龍二が見下ろすのだ。意味はある。
研究施設だ。killer cell計画の『実行』であるとされる場所だ。情報源は春風だ。ソースの信頼はわからないが、春風は信頼できる。
双眼鏡を覗き、そのビルを眺める龍二の横に、装備で身を固めた春風が並んだ。
「何か見える?」
わざとらしい口調で春風が問う。僅かに笑っていたかもしれない。
「何も。社員がせっせか働いてんのは見えたけど、……研究所は地下だろ?」
からかうなよ、と龍二は言う。と、春風はごめんごめん、と笑った。
「でも、もし、クローン、見つけたらどうするの?」
そこに、シオンも入ってくる。当然、大量の装備を纏っていた。
シオンの言葉の通りだった。今から向かうのはkiller cell計画の『実行場所』、研究所、施設である。そこに、クローンがいないはずがないだろう。もし、対面した際、どうするのか、相手はサシの勝負でも龍二を追い詰めた様な相手だ。何か作戦でも建てて、何かしらの対処を考えなければならない。
「殺すだけだ」
が、龍二は既に答えを出していた。それは、出来ないのではないかと誰かが言いたくなるような答えをだ。
が、今隣に立つシオン、春風の二人は、そうは言わない。黙って、静かに笑った。それしかしなかった。
龍二を、信じている。信じるしかない。反抗するつもりはない。反抗する理由がない。
「調べによると、研究所への出入り自体も当然、ビルのエントランスホールから始まっている。エントランスホールには、殺しの世界に精通する人間と、そうでないただのカモフラージュ用の会社員も入り混じっているって事だ。時間はまだ七時。まだまだその状態だ。エントランスホールからエレベーターに乗り込む。中で、階数を決められた通りに押す。あほらしい入口だ。中学生の妄想を実現させたかの様な入口だ。そこから地下に降りる事ができる。入るためのエレベーター内で打ち込むコードは今日の朝、クラックして手に入れた。毎日変えてるってのが気になったが、そこまでしてるんだ。その日のうちに急に変えやしねぇだろ。問題は、エレベーターに乗り込むまで、だ」
「そうだね、エレベーターがあるのはエントランスホールと社員専用の裏手。どちらも三つずつ。でも、研究所に繋がってるのは、エントランスホールにある内の二つのみ」
春風が補足を入れた。
「入る理由を探さなければ。変装でもします?」
シオンが言うが、
「この装備を隠して服を着るとなりゃ相当不自然になるだろ。装備の数が多過ぎる。かと言って、これからの戦いの事を考えたら装備を減らすのはなしだ」
「でもそれじゃ、入れないよね。流石に、見た目が子供っても、不審者をいれやしないでしょ?」
「そう、だから、『無理矢理』通る」
龍二は言い切った。表情は、真剣なそれで固まったままだった。
「……無理矢理?」
嫌な予感を、春風は感じ取ったが、聞かないわけにはいかなかった。シオンが「私は聞かない」という表情で春風を見たからだ。が、シオンも春風も、答えの予測はついていた。
「殺すんだよ。全員。それこそ、ニュースになるくらいな」
龍二は容易く言い切った。
そうだ、今、殺し屋のマナーは崩壊している。そんな相手が、この業界の上なのだ。今更、野良である龍二が、気にする理由はなかった。敵はもしかすると、龍二はまだ、マナーを守っている、守ってくると思っているかもしれないが、龍二にその気はない。
多少の犠牲は、必要だ、と思っていた。
だが、綺麗事ではない。多少の犠牲の後に、救われる後が来るかもしれないのだ。後の事を考えれば、この選択は最良ではないかと思えた。
「ハッキリ言って、俺は物語の主人公とかそんな人間じゃねぇ。どうせ、俺達が失敗したら失敗したで、今生きてる連中の大半は殺されるんだ。今のうち、数人殺したところで問題ねぇだろ。一般人も含めて全員殺す。殺した上で、エレベーターに堂々と乗り込む」




