5.thunder storm.―21
龍二は口下を歪ませる。雨に濡れる悪魔の様だ、とその姿を見てメアリは思った。
龍二は、シオンを見捨てない。見捨てるつもりなどない。もし、メアリが死に急いでしまった場合でも、即座にメアリの手中からシオンを奪還するだろう。
メアリは畏怖した。していた。
対面して初めて気付いた。これが、神代家の力なのだ、と。
メアリはどうするか悩んだ。そして、再度立ち上がったベルトロも立ち上がったが、動けなくなってしまった。
どうするか、と悩んだ。彼らの目的は神代龍二の暗殺だった。が、それができそうにないと気付いた。二人がかりでも、この男には勝てないと悟った。だが、だから、どうすれば良いかわからなかった。
そんな二人に、答えを差し出したのは、龍二だ。
「シオンを離して逃げろ。今なら見逃してやる」
その言葉と同時だった。クロコダイル二人の体が動くようになったのは。
メアリは即座にシオンを離し、逆の方向へと駆け出して逃げていった。それと同時、ベルトロもまた逆の方へと駆け出した。
シオンが崩れ落ちる。気が抜けたのだろうが、龍二は心配してすぐに駆け寄る。
「大丈夫か?」
そう言って、右手を彼女の背中に回し、体を支えてやる。
「大丈夫。あはは……足ひっぱっちゃって申し訳ない」
「気にするな。俺は仲間を見捨てやしねぇよ」
シオンが龍二の助けを断り、一人立つ。龍二と並び、二人はとりあえず、と視線を前に向けた。そこには、二人が見る先には、シーアの姿。
「逃げなかったのか」
龍二が呆れた様に言う。
「今更、どうこうするつもりはない」
シーアは静かに答えた。余りに小さすぎる声は雨音にかき消されてしまいそうだった。
まぁ良い、と龍二は一人でに歩き出した。
シオンはシーアを一瞥はしたが、特に監視する様な事はせず、すぐに龍二の背中を追った。そのシオンの背中を、シーアは黙って追ったのだった。
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「なんだアイツ……。ヤバすぎるだろ!?」
「ホント……。これじゃ『ギデオン』でも殺し合う事すら出来ないと思う。それに、思ったよりも仲間に対して感情を抱いていないみたいだったし!」
雨の中、ベルトロとメアリは並んで駆けていた。歩いていると、背後から神代龍二がおって来るような気がして、怖かった。当然、建前は『とっとと帰還する』だが。
二人は龍二を舐めていた。絶対に勝てると思い込んでいた。作戦もあり、相手も負傷していて、挙句途人質も取れた。絶対に背走するはずがないと思っていた。それが、一歩間違えば殺されるところだった。今だから冷静な判断が出来た。あの時、人質に取ったシオンという女を殺していれば、今、こうやって二人で会話を交わす事もなかっただろうな、と。
人のいない住宅街を駆けながら、雨に打たれながら、二人は会話を交わす。
「ギデオンでも勝てないって事は、誰も勝てないんじゃねぇか!」
「そうなのよ。きっとそれだけの力を持っているから、神代家、なのよ」
「そんな強大な力だってのか、たった一人で!?」
目の当たりにして、信じざるを得ない。
二人は早く帰還し、上層部、自分達幹部連中を招集し、この件について緊急会議を開かなければならないと緊張していた。今もまだ、神代龍二と接触していない幹部連中は、簡単に片付ける事ができるだろうと思っているに違いない。そうすると、被害が拡大する一方だ。早く伝えなければ、最悪――、
「クロコダイルは滅びる」
その声の主は、メアリでもベルトロでもなかった。
気づけば、二人は一つの人影を通り過ぎていた。真っ直ぐの道だった。前に誰かいれば、気付いたはずだった。だが、二人がその存在に気づけたのは、その影の横を通りすぎる直前だった。
「え?」
「は?」
二人は急制動。雨で僅かに足元が滑ったが、彼らの『体』は、しっかりと止まれ、振り返る事が出来た――が、『断ち切られた』首は勢いを殺せず、体から離れた放り投げられたかの如く、吹き飛んだ。
二つの生首が、雨を切り裂きながら飛び、体から数メートル離れた位置に落ちて、転がった。それから数秒して、やっと体も落ちた。
真っ赤な鮮血が、辺りの水溜まりの色を染め直した。
真っ赤な住宅街を、雨が洗うが、全て落としきるかどうかは、その影――浩二でも分からなかった。
「これで三匹目。鰐さんも対した事ねぇなぁ」
浩二はすぐに振り返って道を戻り始める。カッパに付いた血は雨に洗い流された。
「さて、これで後……『八匹』」
浩二は呟く。
浩二は調べを勧めていた。浩二が三人のクロコダイル幹部を片付けて、そして、残り、の幹部が、八人だという事を把握していた。つまりそれは、全て、自分の手で片付けようとしているという事。
歩きながら、浩二は一人呟く。
「実際どうなんだろうな。頭の『ギデオン』を潰せば他も止まるんかね。だったら先にギデオンを潰すべきなんだろうが、あの野郎、どこにいるかわかりゃしねぇからな。武器含めてアナログで固めてんのか、追跡もできねぇし」




