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5.thunder storm.―19


 龍二は感じていた。

 この、マナーの崩壊が、何かに『止めを刺す』のだろうな、と。

「最近の殺しの世界は酷いらしいね。……この前の、カメレオンの件もそうだけど」

 どうやら円もあの件については把握していたらしい。窓も空いていたあの状態であれだけ騒いで、部屋一つ吹き飛ばしたのだ。知らない方が、良く考えればおかしい。殺しの世界に精通していたからこそ、知らない振りをしていてくれたのだろう。

「そうっすね。俺はこの状況をどうにかして抑えたいと思ってます」

「そうだね。神代家の君なら、きっとできる」

 円は龍二を見つめる。

 結局、円もこっちの世界の人間だった。と、いう事は恐らくだが、父親の方もこの世界について把握している。と、なると、神代家の、浩二と美羽の事も家族ぐるみで知っていたのだろう。今まで、龍二が知らなかっただけで。龍二の知らない事も、過去も、円は知っているのだろう。そういう事を踏まえた上での、今の言葉。龍二は頷いて、感謝する。「ありがとうございます」

「頑張ってね。私も、できる事はするから」




    57




 翌日もまだ、天気は良くなかった。梅雨なんてとっくに過ぎ去ったというのに、梅雨に入ったばかりの季節を感じている様な、先に不安を覚える気分だった。

 龍二は一人、外に出ていた。傘を差すと両手がふさがってしまうため、カッパを纏って外出していた。

 道中の不安は当然あったが、それでも、龍二は外にでざるを得なかった。

 そんな龍二が向かったのは宮古の自宅、雑貨屋Vioreだった。裏口に周り、インターフォンを押すと、すぐに霧男が降りてきて、龍二と――その背後の二人を迎えた。

 霧男は目を丸くして、一瞬静止したがすぐに口を開き、「中に入ってください」と、龍二達を迎えようとするが、龍二は首を横に振った。そして、雨音にかき消されそうな声で霧男に言う。


「礼はもう帰らない」


 雨音が聞こえなくなった気がした。

 ある程度の、予想はしていたのか、それとも、驚きすぎて面食らってしまったか、霧男は何も言わないまま、十数秒、動かなかった。

 そんな霧男に、龍二は、言う。

「殺したのはこいつだ。好きにしてください。死んで欲しいが殺せないというなら、俺が手をくだします」

 龍二がそういうと、背後にいたシオンが、シーアを霧男の前に差し出すように背中を押した。僅かによろけながら、カッパを着たシーアが霧男の前に出る。両手を縛ったり等の拘束はしていない。すぐに、始末できるからだろう。

「顔を、見せてくれ」

 霧男が静かに言うと、シーアはカッパのフードを背中に落とした。そして、見える明らかに、龍二からどうにかされた顔。そうだ。まだ治っているはずがなかった。

 霧男はそのシーアの顔を数分近く見つめた。雨音が意識にフェードインしてくるようだった。

「いや、いい。この女は君の好きにしてくれ、龍二君」

 霧男はそう言うと、そのまま顔を伏せ、手で会釈だけして、そのまま玄関の中へと消えていった。扉が締まる音がやけに響いた気がした。

 龍二は手を伸ばし、シーアの背中に落ちていたフードをかぶせ直し、言う。

「家に戻るぞ」

 その言葉にシオンは頷き、シーアの手を取って、引き返し始めた龍二の背中に続いた。

 雷が鳴り響いていた。時折、青い閃光も見えた。轟音が轟き、雨音をかき消していた。

 商店街にも人影はなかった。これだけの大雨だ。仕方ないだろう。当然、客が来ないとわかっていながら開店している店の従業員の姿は見えるが、それ以外は本当に、なかった。確認できるのは龍二達三人だけだった。

 三人の中に会話が発生する事はなかった。

 が、それも、住宅街に到着するまでだった。

 龍二は喋る気がなかった。帰ったら、シーアの処遇をどうするか、と考えていたからだ。

 だが、正面に人影が見えたが故に、龍二は口を開かずにはいられなかった。

「殺し屋だな」

 大雨というフィルターの向こうに見える、屹立する人影は黒く、カッパのフードの下に見える口下は不気味に歪んでいた。笑みだった。

 シオンがシーアから離れ、龍二の前に立つ。装備はあるが、この雨だ。銃は取り出さず、ナイフを逆手に持って構えた。

 相手もナイフを取り出したのが、見えた。

「ディラックだ」

 シーアが、呟いた。

「誰だ?」

「幹部」

 龍二が訊くと、シーアはそう言って押し黙った。

「神代龍二。お前に問う」

「その前に名乗れやくそったれ」

 男の台詞を龍二は無視して、シオンの後ろで、ナイフを取り出した。シーアは逃げる気も、ここでクロコダイルの下へと逃げるつもりもないのか、側でうつむき、ただそこにいるというだけの状態になった。今更、戻れないのだろう。相手もシーアについて触れる事はなかった。それに、シーアは下っ端で、相手はクロコダイルを構成する幹部格。クロコダイルは少数精鋭だ。シーアの事を知らない場合もあるだろう。

「クロコダイル幹部の、ベルトロだ」

「そっすか」

 言って、龍二は一度シーアを一瞥し、シオンと並ぶように前に出る。

「で、何だ? 俺を殺しにきたってか?」

 龍二のその言葉に頷く。

 外に人影は他にな――、いや、いた。シオンが振り返る。

 振り返った先に、もう一人、似たような影だが、ベルトロよりも細く、女性の様に思える姿が見えた。シオンは龍二の横で、龍二が向く方向とは真逆を向いて、言う。

「大丈夫? 手とかイロイロ」

「大丈夫だ。正面に集中しろ」

 二人のその会話が聞こえているのかどうかは定かではないが、シオンの正面の殺し屋が、言う。

「私も自己紹介しておこうかしら。私は、メアリ」

 どうやら、龍二とベルトロの言葉は聞こえていたらしい。

「どうも、私はシオン」

 シオンも律儀に返す。

 シーアは、ただ雨に打たれ、その場で両者の様子を見ながら、待っていた。今のシーアを見て、龍二は思った。帰る場所はねぇんだな、と。

「そちらさんも幹部って事でいいのかしら?」

 シオンが問うと、

「当たり前でしょう?」

 と、メアリは微笑んだ。フードの下から覗く薄い唇が妖艶に歪んだ。

「あらそう、そうは見えなかったので」

 シオンは強がる、が。実際は緊張で固まってしまいそうだった。シオンも実働役である事は間違いないが、実力差は、理解していた。シオンの勝てる相手ではない、と自分で、向かい合ったその瞬間から、理解していた。

 クロコダイルは少数精鋭だ。シオンの様な、ただの殺し屋団体所属とは違う。幹部となれば、その力はただの所属団員の比ではない。

(……大丈夫、かしら)

 不安だった。

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