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5.thunder storm.―17


 最悪だった。ふさがりかかっていた傷口が開いた。気づけば、眠気も取れない。敵から足をどける。やはり、反応はない。死んだか、気絶しているか。が、息はないように思えた。死んでいる、と思った。気が抜けた。

 龍二は、落ちた。




    54




 失った意識は動いていた。現実には位置しないどこかで、動いていた。そんな気がした。先の敵がクロコダイルからの刺客だと気付いたのはその中での事だった。

(仕掛けてきてるって事だったんだな)

 早いな、と龍二は思った。

「龍二!」

 クロコダイルが龍二を狙っている事は分かっていた。

「龍二、起きてってば!」

 そして、気づく。

(そうだ、ミクは……!?)

 そのタイミングで、龍二の意識は覚醒した。霧が晴れたかの様に、一瞬で現実の視界が戻ってきた。

 天井と、――ミクの泣きそうな表情が龍二の視界に写った。

「ッ!!」

 龍二は飛び起きようとしたが、腹部に走る激痛に邪魔され、一度床に落ちた。そんな龍二をミクは支えようとする。龍二はそれを拒否し、息を整えてから自身で上体を起こした。

 ミクに話しかけるよりも前に、まず部屋を確認した。男が、白目を向いて龍二の側に倒れていた。窓はしまっている。締めたな、と思い出した。

「ミク……、いてて、大丈夫か?」

「いやいや、どう考えてもそれ、私の台詞なんだけど……」

 ミクは困ったように眉を顰めて龍二を見つめた。死ぬ程の怪我ではないのだな、と気付いたのか、龍二の自分を心配しないある種の病気にげんなりしそうだった。

「この男の人……、っていうか死体? は?」

「多分クロコダイルの刺客だな」

 龍二は手を伸ばして死体の服をまくったり、探ったりして調査した。銃とナイフというある程度の装備を見つけた。が、殺し屋団体のマークなどあるはずもなく、クロコダイルかどうかというハッキリとした証拠は見つからなかった。龍二はそれでも、クロコダイルからの刺客だろうな、と思っていた。

 敵から手を話して、龍二はその手で自分のティーシャツをまくり上げる。と、ミクが見てはいけないような表情をした。龍二も見てみると、傷口が開いて、血だらけで、とても眼も当てられないような状態になっていた。薬による眠気が引いたからか、痛みが増した気がした。

 食べ物全てに少しずつ睡眠薬を入れていたか、と推測した龍二だったが、そうだとしたら、ミクが起きているのはおかしいと思った。ミクは襲撃されていないようだ。だとしたら、今まで寝ていてもおかしくないように思えたが。

「ミクは何もなかったか?」

 龍二の問いにミクは首を振る。

「ううん。何もなかったよ。なんかモノ音するなーって思って暫くしたら急に静かになったからきてみたら龍二と変な男が倒れてた」

「そうか」

 キョトンとした表情のミクに龍二は安心した。何にせよ、何もないに越した事はない。

 敵の攻撃方法を知っておくに越した事はないが、今回の襲撃については型がついた。とりあえず今は良いか、と龍二は立ち上がる。

 傷口をもう一度確認する。手をつけずに、自然回復するかどうか、怪しく思ったが、医者には今、シオン達が行っている。場所はシオンが前回残してくれた書置きのおかげで知っているが、今、行くのは好ましくない。ミクを連れて向かっても良いが、家を開けておきたくなかった。今回の敵もいつのまにか襲撃してきた。

「さて、と」

 龍二が立ち上がると、ミクも大慌てで立ち上がる。時計を見ると、時刻は昼の一二時前になっていた。そんなに寝てたのか、と龍二は自分に呆れた。ミクがずっと呼びかけてくれていたのにな、と少し悪い気もした。

「昼飯食おう」

「うん」

「何がいい?」

「何でもいいよ?」

 一階に降り、リビングに戻って冷蔵庫を確認する龍二とミク。冷蔵庫の中を覗く二人の顔は険しくなっていた。

 食材が、減っていた。

「ピザでも頼みますかね」

 今回の事が、龍二の予想だとしたら、今ある食材を使うのも好ましくない。

(普段春風に買い物任せっぱなしだったからなぁ……数日いないだけでこんな状態か)

 今は買い物に出る気分ではない。龍二は携帯のネットでデリバリーピザを検索して、電話を掛ける。ミクと二人分の適当なサイズのモノを注文して、通話を終える。

 届くまでには二○分程かかるらしい。

 それまで、龍二達は二人でソファーに腰かけ、テレビを鑑賞していた。テレビの横に見える外の景色は、まだ、暗い。雨に雷。スコールのようだが、すぐに通りすぎるようには思えなかった。朝からずっと振っている。もしかすると昨日の夜から降っていたのかもしれない。外をしっかりと見ていたわけではないから確認はしていないが、もしかするとどこか古い家は床下浸水くらいはしているかもしれない。

 酷い天気だった。




    55




 一○○○メートルからの長距離スナイプ。サイトの中に映し出される十字線の中心に頭を捉えられていた頭が、トリガーを引き絞ったタイミングから僅かに遅れて吹き飛んだ。

 辺り一体はパニックに陥った事だろう、と浩二は思った。

 ターゲットを狙撃した位置は大都市東京、更にその中心とも言える新宿のど真ん中。新宿駅アルタ前。この大荒れの天気の中でも、休まず働きに出る働き蟻もとい奴隷のような日本人は数多く確認出来た。地面を埋め尽くすかのような傘が邪魔にはなったが、そんなモノ、浩二にしてしまえば壁にはなりはしない。

 浩二はライフルから眼を離し、側においていた双眼鏡を眼に当てる。レンズが雨で濡れていたため、一度拭いて、再度当てなおす。

 そして浩二は笑った。これが日本人か、いや、人間か、と思った。

 ターゲットは頭部の上半分を吹き飛ばして倒れた。手に持っていた傘は空を舞って、少し離れた位置を丁度歩いていた一般人が差す傘にぶつかってさらに跳び、どこか遠くへと運ばれていった。

 人一人が、頭部を失って倒れたというのに、見事に周りの人間は無関心だ。それぞれ用事もあるだろう。あるからこそ外出もしているのだろう。だが、だからといって、頭部を欠損して倒れた死体を見ても、足を止めないというのか。当然、一部の人間は足を一旦止めて、その死体を見る。恐ろしいモノを見てしまったという表情をしっかりと浮かべる。が、すぐに、足早にその場を去ってしまう。

 すぐ近くに交番があるというのに、そこに待機している警察は気づいていない。そこに駆け込む人間もいない。歩行者連中が駆け込むのはきまって駅だ。

「仕事仕事、仕事。ほんと、サラリーマンにだけはなりたくねぇな」

 浩二はそう呟いて、双眼鏡を外し、双眼鏡、ライフルの片付けを始めた。

 カッパをまとってはいるが、ずぶ濡れのビルの屋上に寝そべっていたため、カッパの中にまで雨は侵入してきていた。気持ち悪さが体にまとわりつくが、浩二は気にしなかった。

 全てを片付け終えた所で、浩二は溜息を吐き出す。が、その音は雨によってかき消される。

 今更パニックが広がり始めたアルタ前を見て、浩二は独り言の様にこう呟いた。

「クロコダイル、一匹狩ったぜ」

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