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5.thunder storm.―16


「まぁ、ミクが大きくなる頃には、状況も変わってるかもな」

 龍二は不意にそう呟いた。ミクは何か言ったかな、という表情で首を傾げたが、龍二はなんでもないと言った表情で返して、時計を見た。時刻は七時過ぎ。まだ、何をするにも早いと感じた。

 龍二はふと思う。夏休みも、あと少しか、と。半分はすでにすぎた。残りは三分の一弱といったところだ。夏祭りも終わった、前原達との約束も終わった。特に後半、予定はなかった。

 前原と言えば、だが、龍二の下に表の世界の人間がちょっかいを出しにこない辺り、彼らはまだ、何も漏らしてはいないのだろう。が、前原も礼二も人間だ。どうしてか飯島あたりは口を割らないようなイエージがあるが、彼も人間。いつ気を抜いて漏らしてしまうかもわからない。が、彼らを信じる事しかできないのも事実。最悪の自体が引き起こされれば、龍二達はこの街から去らねばならないだろう。

 龍二は朝食を食べ終わると、同じく食べ終わったミクの分の食器まで下げて、洗い、拭いて片付ける。それらを終えると、ミクが自室に戻ったのか、リビングにいない事を確認した。一人でリビングにいてもする事がないため、龍二は自室へと戻る。

 部屋には暇つぶしが溢れている。ゲームに漫画、良く見れば溢れているとは言い難いが、テレビのみのリビングに比べれば充実していると思えた。龍二はゲームを起動し、テレビから少し離れた位置に腰を下ろし、コントローラーを左手だけで握る。ゲームが起動した。ゲーム機にセットされたゲームは敵を屠り進んで行くアクションゲーム。龍二はアクションゲームが好きだった。左手しか使えない今の状況でもプレイしようとするほどに。開始すると、淡々と進めて行く。

 こうやってゲームをしていると、窓から日和が侵入してくる事が日常だったな、と思い返す。

 そして、ふと、窓に眼をやる。


 ――開いている。


 良く見れば、既にその窓から雨が侵入してきていて、龍二の部屋の窓の下付近をびしょびしょに濡らしていた。気づいてから、明瞭になる。恐ろしいばかりの雨音が部屋に響いていた。

 気づくのが遅すぎた。何かが、おかしかった。龍二の視界の隅で、ゲーム画面が、プツリと突然途絶えるように消えた。龍二の視線はつられて真っ黒な画面のまま固まったテレビに向いた。その黒に反射して、何かが龍二の背後に立っている事がわかった。

 が、体は動かなかった。

 何かが、おかしかった。雨音が脳に打ち付けるような感覚で襲ってきた。

 画面越しにみた背後の人物の口が動いているのがわかったが、何を言っているのかわかりはしなかった。雨音が、消えていた。

 外の雨が勢いを増したか、窓から侵入した雨は床を強く跳ねて龍二の足元にまで到達していた。

 雷が鳴り、窓の向こうが白く染まった。

「こうでもしないと、お前は捕まらない」

 そうとだけ、聞こえた気がした。




「ッ!!」

 龍二はやっと、気付いた。自身の意識が朦朧としていた事に。それが背後に立つ人物による、仕込みだと気づくのにも時間がかかった。背後の男が、意識が朦朧としていた龍二を見て、勝ちを確信して、余裕を見せていたから、まだ、龍二は諦めなかった。

 あと数秒遅かっただけで、全てが間に合わなかったかもしれない。

 龍二は動く左手で。自身の胸を、穿つかの如く、思いっきり殴り、更に、指を『傷跡』をえぐるように突き立て、押し込んだ。刹那、龍二の全身に激痛が走り、眠りかけていた意識は一瞬の内に、痛みに引きずられるようにして強制的に戻された。

 叫び声を上げたいくらいだったが、唇が裂けるかと思う程に噛み締め、耐えた。そして、すかさず龍二は床を転がるようにして、振り返りざまの足払い(フットスウィープ)を放つ。左手一本で体重を支えるのにはもう慣れた。

 油断しきっていた相手だと思ったが、相手も『殺し屋』。龍二のフットスウィープをその場で跳び、交わし、着地をすると同時に龍二の頭上に拳を伸ばすが、

「ふっ!」

 龍二はその場を跳び、そのまま相手と僅かな距離を取った状態で体制を立て直していた。相手の拳が空を切ったその瞬間、龍二は既に、どこからか取り出した銃を右手で構えて、相手に銃口を向ける所だった。

 窓は開いている。が、この雨足だ。銃声は炸裂しても目立たないだろうと龍二は、引き金を引き絞った。




 が、銃は、龍二の手のひらから吹き飛ぶという有り得ない現象を見せて、それで、終わった。何が起こったのか、理解するには時間がかかりそうだった。だから、龍二は本能を働かせた。今の謎の現象に驚いたのは何も龍二だけではない。相手も、である。相手が銃口を向けられた時点で死を覚悟していなかったのは評価できる。

 龍二は間抜けに固まっていた相手の懐に飛び込んだ。相手は龍二を受け止めきれず、そのまま後ろに思いっきり倒れる。その背後には、龍二が使っていたベッド。――その角。

 敵は龍二の体重を受けたまま、後方に大きく倒れ、ベッドの角に後頭部を激しく打ち付けた。ベッドの角は丸く加工されてはいたが、弾性の力が大きく働いたのか、耳障りな音が龍二の部屋に炸裂して、龍二達が床に落ちる音はかき消された。

 龍二は即座に相手を抑えようと動くが、すぐにそれはやめた。相手が、頭から激しく血を流しながら、白目を向いて動かないと気付いたからだ。龍二が顔を上げると、ベッドの頭の部分の出っ張りが、真っ赤に染まっている光景が確認出来て、龍二は察して、敵から立ち上がった。

 見下ろすと、足元に、男の姿。ガタイの良い男だった。中世であれば戦士だと疑い無く思えるような、屈強な体つきだった。あの時、相手が驚いていなければタックルした所で怯みやしないような巨躯の男だった。

(食物全部に少しずつ催眠薬ってか。直接的に毒を使わない所は無駄なプライドを感じるが……っていうか、いつの間にそんな仕込みをしやがった)

 龍二は辺りを見回し、警戒する。敵の気配を感じないと確認すると、窓を締めようと、右手を伸ばした。

 が、

「ッ」

 右手首辺りに、激痛が走って、龍二は手を止めた。

 大慌てで右手に視線をやる。見た目の変化はなかった。

(さっきの銃がふっとんだ反動で痛めたか……?)

 龍二は痛む右手を再度窓に伸ばし、締めた。右手は当然の如く痛みの悲鳴を上げた。

 龍二は眉を顰めた。最悪だ、と心中で何度か吐き出した。左手が使えない挙句、右手まで痛めてしまった。考えずとも、体の感覚で最悪な状況だ、と把握する事が出来た。

 視線を移し、吹き飛んだ銃に焦点を合わせる。スライドが、外れていた。良く見れば、バレルとマズルが僅かに変形していた。

 限界が、このタイミングに来てしまったのだ、と龍二は悟った。

 この光景を一度みてしまえば、当然、他の武器を使うという気は起きない。が、使わざるを得ないのもまた事実。もし、手中で爆発でもしてしまえば、今度は右手までも失うだろう。どうすれば良いのか、と龍二は吐き出したかった。

 苛立ちが募り始める。その苛立ちをぶつけるように、龍二は倒れた男の頭まで向かい、踏みつけた。

 反応はない。ショック死でもしたか、と思ったが、確認するまでは何も言えない。

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