5.thunder storm.―15
その当然の問いに、日和は答える。
「なんでって。そりゃ武器職人だからだよ」
「ん?」
「うん?」
春風には理解が及ばなかった。武器職人をどうしてしているのか、という話しをしていたはずだ、と混乱し始めた。
が、日和が収集を付ける。
「あぁ、殺しの世界にいると、わからなくなっちゃうよね。簡単に言うと、ただの武器職人って事。殺し屋と関係なくね。単体で、武器職人」
「それって需要あるの?」
「あるよ。殺し屋との取引をする事も当然あるけど、それ以外で武器を必要とする人間なんて思った以上にいるんだよ。それこそ、安直な発想かもしれないけど、ヤクザさんとかね。事実だけど。私っていうか、武器職人はお金さえ積まれれば外国から違法にならないように部分部分で輸入して武器に組立る。それを、お金と引換に渡す」
「へー。そんな世界もあったんだ……」
殺し屋がそういうヤクザ等の日本にも存在する表に出ている裏の存在と繋がる事もある。ないはずがない。だが、知らなかった。少なくとも春風は、武器職人という存在を知らなかった。新たな発見に思わず関心してしまう。そういう生き方もあるのだな、と。
「そんな日和ちゃんを私は見込んで、技術の継承者として選別したってわけ」
美羽が補足する。
なるほど、だから連絡を取っていたのか、と春風は納得した。
そして、本題へ。
「武器の秘密。教えてください」
春風は真剣な瞳で美羽を睨む。一目見てわかった。これは決して引かない眼だな、と。
そんな春風の真摯な思いを受け止めて、今まで何があったのかまでは知りえないが、美羽も真摯に向かい合おうと決意する。した。
「どこまで調べがついたのかは知らないけど、多分武器の素材で引っかかってるんでしょ?」
美羽の予想に春風は頷く。
そこだった。そこまではたどり着けた。が、そこで壁にぶつかってしまい、どうしようもできなくなっていた。
研いでも鋭利なその身を取り戻さない刃。メンテナンスが及ばない銃身。龍二は自身のセンス、技術こそ持っているが、やはり武器どうしても必要になる場面がある。もし、そんな局面でメンテナンスが出来ない武器が耐久度を失い、壊れでもしたら、と危惧していたのだ。春風もそう思っていたからこそ、龍二に死んでほしくないからこそ、急いでいた。龍二は二の次で良いと言っていたが、春風にとってはそうでなかった。
「じゃあ、ここまで来た事だし。答えを教えてあげましょう!」
そう言った美羽は席を立ち、ついてきて、と二人に言って、部屋の奥へと消えていった。当然、春風も日和も彼女のその美しい後ろ姿について行く。
53
雨が降っていた。時折雷の閃光も見えた。窓の先から見える光景は、現在の状況を表している様で、嫌いだった。
珍しい光景が龍二の家のリビングに広がっていた。キッチンに立つ龍二と、リビングの食卓でパタパタと床に届かない足を振っているミクの姿があった。時刻はまだ朝の七時前。龍二が朝食を作っていた。
とは言っても、パンをトースターで焼き、ジャムを塗るのと、目玉焼きを焼く程度である。龍二でもすぐに出来る簡単な料理だった。
今、家には龍二とミクしかいない。龍二がミクの面倒を見なければならない。が、嫌な気分ではない。
普段、春風やシオンにばかりこういう事を頼っていたからか、新鮮な気持ちで取り組めて龍二の気分は天気とは対照的に上がっていた。当然、窓の外の景色を見れば、そんな気分も坂から落ちるように落ちてしまうのだが。
目玉焼きを焼くフライパンに蓋をして、龍二は窓の外に視線をやった。
(ここん所天気が悪いな……)
龍二は思って、溜息を吐き出した。その溜息がリビングに響いたのか、ミクがちらりと龍二の方を向いたかと思うと、すぐに視線を戻して、「溜息ばっかりしてると幸せが逃げるよー」と歌うような口調で言った。
「そうだな。ハハッ……」
天気が悪い。
龍二の不安と天気が連動しているように思えて、龍二自身が嫌だった。
不安は拭えない。当然だ。頼っているわけではないが、いざという時に戦える春風もシオンも出てしまっていない。挙句、まだ、左手は動かない。全くだ。感覚すら戻りやしない。そして、今までずっと抱えていた不安が爆発しそうだった。武器だ。龍二は最近、違和感を覚えていた。武器を使った際の違和感に、だ。
(日和達が武器の情報持って帰ってくるまで、何もなきゃいいんだけどな……)
調理を終えて、龍二は皿を起用に持って食卓へと向かい、ミクの分と自身の分をセットして、キッチンに再度戻り、牛乳とグラスを持ってきてやっと、席に付いた。ミクと二人だけの食事。シオンがシーアを病院に送ってから三日程経っていた。この光景だけは、何度見てもなれないな、と龍二は思っていた。
ミクは龍二の母親、神代美羽のクローンだと言う。自分の母親の幼少の姿と一緒に朝食を取る。そう考えると妙な気分に陥ってしまうのは否めない。が、美羽とミクは別人だ、と心中で何度も確認して、龍二は過ごす。
朝食を取りながら、龍二は訊く。
「なぁ、ミク」
「何?」
「お前、これからどうしたい?」
「どうしたいって?」
ミクはいわば箱入り娘だ。外の世界を全く、とまでは言わないが、一般人より遅れを取った知識でしか知らない。体験したのも龍二達に出会ってからだ。龍二に拾われた頃の、春風よりもその知識はない。
それを考慮した上で、龍二は答える。
「そうだな。学校行きたいとか、友達と遊んでみたいとか、……とにかく、してみたい事だよ」
龍二にそう言われると、うーんと唸って何かを考える様な仕草をするミク。暫くして、一度牛乳を両手で飲んでから、答えた。グラスの牛乳はあまり減ってなかったように見えた。
「やりたい事。……、うん。私、私も、龍二のお手伝いがしたいかな? シオン達みたいに!」
と、笑顔を向けるミク。
その答えに龍二はマジか、と困ったような顔をした。
――神代家は、細胞単位で殺し屋なんだ。
不意に、天からのお告げのように、龍二の心の中でそんな言葉が響いた気がした。
「ダメかな?」
呆然としてしまっていた龍二の顔を覗き込む様にそう言うミク。龍二が断れるわけがなかった。が、まだ、まだ、もう少しだけ、待ってもらおう。
「もうちょっと、ミクが大きくなったらな」
龍二はごまかす。龍二もわかっている。ミクが、その気になって、周りがその技術を与えてしまえば、恐ろしい程に成長してしまうだろう、と。
ミクを学校に行かせて、このまま殺しの世界から阻害し、一般人として活かす事もできる。当然、龍二が特に金銭面での面倒を見るわけだから、完全に殺しの世界と隔離して、とはいかないが。だが、龍二は、ミクに限っては、極普通の生活、をただ与える事だけが本当に良いのかわからなかった。そうした方が良いのだろう、という気持ち、考えはあっても、本当にそうなのか、と心のどこかで疑問を抱いてしまっていたのだ。
故に、龍二はごまかした。相手が子供だからではない。本心で、答えた。




