5.thunder storm.―13
浩二はそういう雰囲気が好きだった。アメリカンな雰囲気を装った、そんなコメディ且つシリアスな雰囲気が、だ。これで、僅かでも殺すという気を抑える事が出来れば良いが、という荒木の神頼み的行為でもあった。
それは工を制したか、浩二は笑う。笑って、手をひらひらと目の前で振って、
「わーった、わかった。いいよ。やってやる」
浩二のその言葉に、荒木は一瞬ほっとした。が、
「まぁ、敵同士だからな。それは変わらない。何か変な事したらすぐに殺すからな」
「……承知している」
ほっと等している余裕はなかった。顔がひきつる。無理にでも直そうとするが、表には出ない恐怖が荒木を襲い続けていた。
50
京都府京都市中京区という京都のど真ん中ともいえるこの場所に、春風達は来ていた。古風な街という印象を持つモノも多いが、町並みはそうだが、地面はやはりコンクリート。真夏の日差しの照り返しはコンクリートが鏡の役割をして、恐ろしく熱くなっていた。
薄着の女子二人がその街を歩く。が、大して目立ちやしなかった。外国人観光客や、旅行客が多いため、二人もその内の一部にしかならない。
「暑いねぇ」
日和はぐったりとうなだれる。
「そうだねぇ」
春風も便乗するが、姿勢は良い。汗で薄く白いワンピースが透けているが、暑さに負けてはいないようだった。
二人は暫く進むと、路地に入る。路地に入っても日差しを避けられやしないし、人の眼からも逃れる事は出来ない。殺しの世界に生きる彼らは追跡を巻きやすいな、と思った。
暫くは古風な壁と、その反対側に長屋のようなモノが並ぶ道が続いた。時折壁が途切れて公園が見えてきたり、雰囲気を壊すパチンコ店の裏が見えてきたりもするが、変わらず二人は進み続けた。
ジグザグに網目状の路地を進んでゆくと、日和が不意に立ち止まった。つられて、春風も立ち止まる。
日和の視線を辿ると、すぐ目の前の、土産屋を見つけた。赤い暖簾の掛かった八つ橋をメインに様々なモノを扱う店のようだった。
「ここなの?」
春風が問うと、日和はその店を見上げたまま頷き、久しぶりだなぁ、と独り呟いた。
そして、視線を下ろすと日和はすたすたと暖簾をかき分けて中へと入っていく。春風も続く。外から歩い程度中は見えていた。が、中に入ると外で見るよりも広く見えた。空調が効いていて、居心地の良い店内だった。が、客は春風達以外にいなかった。場所の悪さもあっただろう。入り組んだ路地を入ったその先、奥だ。もしかすると、目につかないのかもしれない。
が、今の二人にとってそれは好都合だった。
春風が見回すが、店員の姿はない。まるで、何かを待っているかの様に、奥に隠れている気がした。 が、勘違いだった様だ。
「いらっしゃいませー」
と、女の声が奥から聞こえてきて、パタパタとスリッパの音が聞こえてきた。自然、と二人はそっちに視線をやる。
「って、あ。日和ちゃんじゃないの。お久しぶりね」
レジカウンターの向こうに見える店の裏へと通じる扉から、一人の綺麗な女性が出てきた。
長い黒髪が艶めかしく輝いている。日本人ながら整った顔に綺麗な鼻梁が目立つ。お姉さん、と言った雰囲気の女性だった。軽装の上に白いエプロンのような、店の衣装をまとっていて、どこか田舎っぽい雰囲気を感じさせた。
「お久しぶりです。こっちは、桃ちゃん」
「こんにちは」
「桃ちゃんね。はじめまして、こんにちは」
女の眩いばかりの美しい笑顔が春風を射止めた。こんなに綺麗な人間がいるのか、と春風は生唾を飲み込んだ。
と、春風が見とれている間に、女が話しを進めようとする。女は一度日和に何かのアイコンタクトを送った。日和は頷く。と、女は春風を見て、真剣な表情を見せて、言った。
「私は――、」
51
「ただいま」
「おう、おかえり」
シオンが神代家へと帰宅すると、リビングで見知らぬ女性と昼食を取っていた龍二と遭遇した。シオンは女が誰かと眉を顰めたが、数秒の後、あの時、龍二にサンドバックのように扱われた殺し屋だと気付いた。一応、龍二が手当でもしたのか、顔が包帯でグルグル巻きになっていた。一番酷かった時の春風の姿を思い出した。が、殺し屋――シーアは鼻の骨を折り、右の眼を潰していたはずだ、素人の応急手当ぐらいではどうしようもないはずだが、とシオンは考えながらもシーアに軽い一礼をして、龍二の横に腰を下ろした。
シオンも慣れてきていた。龍二が、気づかぬ内に殺しの世界の人間を引き込んでいる事に。だから、何も言わなかったし、感じなかったのだ。
「ミクは?」
「二階で寝てる。もう飯は食った。オネムなんだろ」
「そう」
「で、礼はどうなった?」
龍二は眉を顰めて、真摯な態度訊く。一番気になっていた事だった。シオンなら大丈夫だ、と思っていた。礼なら大丈夫だ、と思っていた。宮古が死んでしまう覚悟も出来ていた。殺しの世界だ、当然である。だが、仮に宮古が死んでしまったとしたら――そう考えたシーアは緊張の生唾を飲み込んで喉を鳴らした。
「……、大丈夫。生きてます。ただ、傷が深いから、入院。一週間で抜糸して出てくるってさ。また私が向かいに行くから、神代龍二が気に病む必要はない」
シオンのその報告に龍二はやっと、溜息を吐き出した。深呼吸のような大きな大が龍二の唇の隙間からもれた。
「よじ、じゃあさ」




