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5.thunder storm.―12


 そんなシーアを見て微笑む龍二。殺し屋という存在が、日常を感じる瞬間、感じさせる瞬間が、龍二は好きだった。自分がそれを強く望んでいるという事もあるからだろう。春風にせよ、シオンにせよ、そして、目の前の敵にせよ、日常、通常、普通を感じ取る事が出来るというのが、幸せなのだと龍二は知っている。

「まぁ、なんだ。謝りはしねぇけど。……そんな顔にまでしちまったな」

 龍二は言う。謝りはしない。悪気はないし、そうなって当然だと思っている。

 そんな龍二の言葉が不思議だったか、シーアは左眼を見開き、固まった。まさか、そんな言葉をかけられるとは、と表情が物語っていた。龍二と関わる殺し屋でこの表情をするモノは多い。特に、龍二に負けた人間には多い。

 龍二は殺しの世界からの脱却を、出来ないとわかっていながら望んでいる。出来ないと知りながら、夢見ている。そのために、龍二は敵を屠り、殺しの世界では情とまでみなされる台詞を与える。龍二も特別意識してやっている事ではないが、ある種の名物にまでなる程には、特異な行動なのだ。

 とりあえずだ、と龍二は言う。

「質問にはしっかりと答えた。真偽は別だがな。だから、今は生かしといてやる」




    49




「クロコダイルがトップとなって協会に登録されている殺し屋団体の約八割が協会の反対派閥として名を挙げている」

 都内某所。あまり名前の聞かないカフェにて。時間は昼過ぎ。店もピークを迎えているのか、ほぼ満席で、サラリーマンと学生の姿がやけに目立っていた。店内は広く、客席数は一○○近くある。少数用のカウンターは全て埋まっていた。

 店内の端、壁と壁の接合部、外の大窓から見えない位置の四人掛けのテーブル席に、二人の男が向かい合って座っていた。

「へぇ、クロコダイルねぇ……。人が身を隠してる間にでかくなったもんだ」

 一人は、神代浩二。フィルターのないタバコを片手に目の前の男に訝しげな表情を向けていた。口を開けば文句でも吐き出しそうな程、不満という文字が表情に浮かんでいた。

「クロコダイル自体は大きくない。下っ端という使い捨ての道具を集めたのと、下請けを雇っているから大きくなっただけだ」

 そんな浩二と向き合うのは、スーツ姿の浩二と同年代程に見える男だった。短く、荒く切ったと見える黒の短髪には白髪が混じっている。表情は鋭いが、皺が更に威厳を際立てていた。が、立場は龍二の方が上に見える。

「へいへい。それは聞いた。で、俺が聞きたいのは協会直属の殺し屋、荒木水樹が野良の俺に話しをしようなんて思ったかって事だ。単刀直入に、目的を言ってくれやしないか?」

 浩二は言うと、吸ったタバコの煙を目の前の男、荒木へと吐き出した。が、荒木は煙をいともせず、真面目な表情を保ったまま、一度頷いて、言った。

「助力してほしい」

「アホか」

「真面目に話している」

「はいはい。それは分かってるっての」

 浩二のかわし方に荒木は不満げに眉を顰めたが、文句は吐き出さない。もしかすると心中で渦巻く程に不満を覚えているのかもしれないが、唇を噛み締めて口から漏れないように耐えるだろう。荒木はそういう男だった。そういう堅気な男だったからこそ、協会という巨大組織の中でも重宝されるだけの殺し屋になったのだろう。

「つまり、助力をくれないと?」

「当然」

 浩二は頷く。満足げに見える程にまで頷いて、コーヒーを一口。

「俺は協会が嫌いなんだっての、簡単に言うとな。裏で権力者ぶってるのもそうだし、俺達みたいな『そういう仕事』をまとめて規約まで作りやがった。挙句参加しないモノを野良だと言って敵視して……挙句、今、この様だろ? それに、」

 浩二が言いかけた所で、荒木が口を挟む。「killer cell計画」

「そうだ」龍二は頷き、短くなったタバコの先端を灰皿に押し付ける。灰皿には三本のタバコが溜まっていた。

「俺はどうしてもkiller cell計画を止めなきゃならねぇ。わかるだろ。単純な話しだ。業界にいようが、俺は人間だ。人道的に許せない。お前らにゃわからんかもしれねぇが、自分のクローンを作られるってのがまず、生理的に無理だ。それに、俺は一度、俺自身のクローンと戦ったが、確かに強かったさ。俺の育てた息子が殺されるくらいにはな。例え、その力が『抑止力』なんだとしても、量産されりゃ今までなんとか保ってきていた『バランス』が狂う。そうすりゃ……俺の予想だが、結果として業界が表に、公式に鑑賞する事になるだろう。それも、何もかも全部、俺は気にいらない。俺のクローンが作られなくても、俺は協会がこう暴走してたら、止めに動いたっての」

「つまるところ、協会が許せない、と」

「そのとおり、まとめごくろう」

 浩二は笑い、コーヒーを飲み干し、空いたグラスを振って中の氷をカラカラと鳴らしながら、ウェイトレスを呼び、おかわりの注文をした。

 荒木は勘違いをしていた。浩二がkiller cell計画を潰すという噂は聞いていた。故に、浩二はkiller cell計画を潰すためには手段を厭わないと思っていた。こっちの提案にも迷いはしてもこんなキッパリ断られるとは思っていなかった。

 浩二は、協会も潰すつもりでいた。

 そもそもkiller cell計画の元凶は協会だ。普通の殺し屋程度であれば、まず協会という最大の組織に歯向かおう等とは思わない。思うはずがない。が、今、目の前でウェイトレスに色目を使うその男は、伝説とまで謳われる神代家の代表だ。最強の殺し屋。神に変わる男。銃を渡せば入った弾以上の人間を殺してくるし、刃を与えれば人間の数を増やして殺してくる。そんな男だ。ついこの前も、ナンバーという組織の一部――とはいえど大人数――をまとめて始末した男だ。

 この男、神代浩二には、協会の存在は大きく見えていない。

 荒木はしまったな、と額に手をやった。良く良く考えれば、分かるような勘違いを犯してしまった自身を恥ずかしく思った。そして、さて、どうするか、と考える。

 まず第一に、目の前の男は殺せない。仮に浩二の目の届かない位置で今から運ばれてくるコーヒーに毒をしのばせようとも、浩二は口を付ける前にそれに気付き、荒木が気づかれたと察するよりも前に荒木を殺すだろう。それどころか、グラスがテーブルに置かれた時点で、いや、ウェイターが運んでくる途中で気づくかもしれない。ともかく、神代浩二とはそれくらい、恐ろしい程、殺し屋な人間なのだ。悔しいが、荒木は勝てないと自覚している。

 だが、一方で浩二が荒木を、この後、もしくはこの次の瞬間、浩二が荒木を殺さないという保証はない。荒木も、命を捨てる覚悟で浩二に頼みにきたのだ。そこまで賭けたが故に、考えが及んでいなかった部分もあったのだが。

 浩二は協会が嫌いだ。そして荒木は協会の人間だ。いくら顔見知りといえど、どうしようもない事だってある。

 が、荒木はやはり、ここで死ぬつもりはなかった。死にたくない、という甘い考えではない。どうにかして生き残る、と考えていた。

「……わかった。そうだな……」

 そうして、荒木は覚悟を決める。

 ここが、このタイミングが、浩二が再始動したこの今の状況が、何かの変わり目になるような気がした。だから、行動は早かった。

「俺は協会を抜ける。そして、クロコダイルを潰そうと思う。どうだ、手伝ってはくれないか?」

 荒木の突然の告白には流石の浩二も驚いた。が、すぐにニタニタとした、何かを企んでいるようないやらしい笑みを浮かべて、返す。

「お前の力なんて必要ないって言ったら?」

 からかうような言い方に、荒木は不満を感じた。今度こそ確かに感じた。が、不満は心中で溶かし、忘れ、今の目の前の状況に集中する。

「クロコダイルやその参加に加わった殺し屋の数は多い。今度こそひとまとめとはいかないだろう。俺と手分けするって考えればいい。俺を道具だと思えばいいさ」

 荒木も僅かに、自嘲するように、口角を釣り上げて、冗談めいた雰囲気を演出した。

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