5.thunder storm.―11
龍二の問いにシーアは答える。
クロコダイルが小規模の組織だという事を改めて実感したが、新たな事実が浮上してきた。クロコダイルと呼ばれるメンバーは少数なのだが、その下にクロコダイルの下っ端として、シーアのような殺し屋が存在し、更に下に、下請けとして、他の団体から殺し屋を派遣させていて、巨大組織のような活動を可能としているらしい。更に、現在の、反協会、というスタンスは意外にも受けているようで、下請けとしてクロコダイルに参加している殺し屋も、それなりの信頼を置けるのだという。当然数自体はナンバーには及ばない。ナンバーの三分の一程度だが、龍二はナンバーよりも厄介かもしれない、と思い始めていた。
何より少数精鋭だというのが面倒だ。構成を考えれば、最強の幹部格を持つ中規模組織だという事になる。殺し屋の実働役は実力世界だ。あくまでサポートが後援役の務めであって、実践では実働役の実力に勝敗が左右される。
幹部格の全員が実働役だとは思わなかったが、本当に、歯がゆく思う程厄介だと思えた。
「……幹部格……、クロコダイルの正式なメンバーの人数は分かるか?」
シーアが下っ端だと聞いて、龍二の口調は少しだけ柔らかくなった。知ってる事はそう多くないだろうな、と思ったのだろう。
「聞いた話しだと、六人。ただ、本当に聞いた話し。噂だから確証はない」
「そうか。わかった」
噂、という事でクロコダイルの上層部、幹部連中が下っ端や下請けとは完全に一線を引いて存在しているとわかった。それに、シーアの話し方から推測して、下っ端よりも下請けの方が立場が弱いと見えた。つまり、下っ端のシーアが知らなければ下請けも知らないと推測出来る。
今回の相手は強敵だ。下請けの殺し屋団体等の周りから潰し、情報を漁っていこうとも考えたが、それは無駄になってしまうようだ。
「まぁ、なんとなくわかった」龍二は言う。「さっきの、金髪の男が俺を誘ったしな。クロコダイルからすれば、俺が反協会の立場につくのはマズイと考えたわけだ。俺が権力を握るとか危惧してな」
「恐らく……」
「だから殺そうとした。今回のは、偶然に礼といたから一緒に始末しようと下っ端のお前に任せた」
シーアは頷く。
「どちらにせよ、俺の事は始末するつもりなんだろうよ。近い内に、クロコダイルを名乗る殺し屋と相対するかもな」
龍二は言って、嘲るように笑う。不安は、あった。そして、シーアもその不安に気付いた。
「訊く事ではないけど……、左手、使えないのでは?」
シーアもその事実には気づいていたようだ。龍二も極力悟られないように隠していたが、相手も殺し屋だ。妙な動きに気づかれてしまう。
「……やっぱり隠しきれないか」
龍二はシーアにそう言われ、呟く。余計な事を言うな、とは言わなかった。単純に、隠しきれるかどうかという不安があったのだ。
龍二は左手に期待をしていない。もしかすると一生動かないかもしれない、と宣告されたその瞬間から、もう動かないモノとして龍二は考えていた。右手だけで、全てを片付ける覚悟をしていた。
更に、問題は追加された。
今、シオンも、春風も、いないのだ。いるのは二階で寝ているであろうミクだけだ。実働役は今、龍二しかいない。
高校二年の頃に戻ったようだった。ただ一人で、後援役を持たずに実働役のみで仕事をしていたあの頃へと。
龍二は視線を動かない左腕に落とす。持ち上げて、目の前で指を動かしてその感覚を確かめたいくらいの気持ちだったが、気持ちはあっても脳信号は左手に届きやしない。肩の時点でぷっつりと切られてしまっていた。腕の感覚がなくなる、という経験が初めてだから、だという事もあるだろうが、龍二は本当に、自身の左腕の復活には期待をしていなかった。
「まぁ、ハンデをくれてやるって思ってんだ。お前が気にする事でもねぇしな」
そう言って、龍二は彼女の腹からやっと足をどかして、ソファーから立ち上がる。シーアをまたぎ、振り返り、彼女の側でしゃがみ込み――、
「まぁ、なんだ風邪で死なれても困るからな。勘違いはすんなよ」
龍二はどこからともなくナイフを取り出し、彼女の首根っこ辺りを掴み軽く引っ張って衣服と整えてから、右手に握るナイフだけで、龍二は彼女のずぶ濡れの衣服を切り始めた。シーアは突然の出来事に眼を伏せるが、襲われるわけではないと分かっていて、それに、どうしようもない状況だと分かっていて、ただ黙って時が過ぎるのを待つしかなかった。
一度全裸にひん剥かれたシーア。だが結局彼女は動けやしなかった。龍二の配慮虚しく、タックルした時や、倒れて地面に落ちた時についたと思われる青あざが所々に確認出来た。
シーアをひん剥いた龍二は一度リビングを出て、二階へと向かった。数分の後に戻ってきた龍二のその手には、バスタオルとスウェットの上下がぶら下げられていた。そのまま龍二はバスタオルで彼女の体を拭いてやり、スウェットを着せてやる。スウェットは龍二が昔使っていたモノだ。下着も着せてやりたかったが、当然龍二の所持品にはない。春風やシオンのモノを拝借するわけにもいかないので、そこは我慢してもらう事にした。
僅かに頬を朱色に染めた龍二はその表情をごまかすように咳払いして、彼女を支えて立ち上がらせてやる。そして、食卓へと着かせた。龍二はシーアを座らせると、先に置いておいたコーラを飲み干した自分のグラスを持ってキッチンへと向かう。自分のグラスに炭酸の抜けたコーラを継ぎ足し、新しいグラスを出してそれにもコーラをつぎ、先に新しいグラスの方を持って食卓に戻った。
「ほい、」
と、龍二はシーアの前にそれを置いて、再度キッチンへと戻って自身のコーラを取ってきて、シーアと向かい合うようにして食卓に戻った。
シーアが目の前に座った龍二を見る。潰れかけの視界で相当に見づらいだろうが、確かにその視線は龍二の表情を捉えた。眉を顰めた、疑問を抱くような表情だった。
そんな表情で龍二は言う。
「飲めよ。毒なんか入ってないから安心しろ。炭酸は抜けてるがな」
と、言って、龍二は自身のコーラを飲む。
シーアは視線を下に落とし、コーラの入ったグラスを見つめる。黒い水面に反射して今の自身の惨状を確認した。思わず吐き気を催したが、何度も抱いた諦めが彼女に落ち着きを与えた。
ふぅ、と隙間風のような吐息がシーアの異常に腫れた口の隙間から漏れる。今の彼女に出来る限界の、深呼吸だったのかもしれない。
龍二も彼女の顔を見て、多少なりとも興奮していたが、やりすぎたかもな、と思った。が、こんな世界だ。これくらいで済んだのはまだ良いと思うべきだった。殺し、殺されの世界で、命があるという事は、まだ『生きている』という事。それだけで、その事実だけで諦めは消えるはずなのだが。が、こういう世界だ。また逆も然り。殺し殺されの世界で、苦痛を与える方法は編み出される。殺せばそれまでだ、という考えが生まれる。その結果が、今のシーアの現状ともいえようか。
覚悟を決めたか、シーアは両手でグラスを持ってコーラを二口飲み込んだ。そして、食卓の上に戻し、「本当に炭酸抜けてる……」と呟いた。




