5.thunder storm.―10
その言葉に、金髪の男は唖然として口を開いていた。間抜けな表情だった。雨が口の中に溜まってしまうかとも思った。
龍二の右の眉端が釣り上がる。バーカ、と言っている様にも見えた。
金髪の男の間抜け面に追撃。
「俺は本当にどうでもいいんだよ、計画なんてな。俺のクローンが出来るわけじゃねぇんだしよ。だぁかぁらぁ、お前はただ掃除をしろ。俺はアイツ」後ろの死にかけの女殺し屋を振り返らず、親指で指して「連れて帰るから、後は仕事しろバーカ」
そう吐き出して、龍二は振り返り、女殺し屋まで向かい、その女を右手一本で拾い上げ、肩に担いで、そのまま、金髪の男の横を通りすぎるようにして、この場を去った。まるで、何事もなかったかのようにしてその場から消えたのだ。
「……チッ」
金髪の男は龍二が去ってから数秒して、そう舌打ちし、近くで待機していた掃除屋の仲間を呼び出し、その場の片付けを始めたのだった。
48
龍二宅に帰宅すると、シオンの姿も宮古の姿もなかった。龍二は敵襲でもあったのかと警戒し、リビングへと入ったが、そこに、シオンの書置きがあったため、武器はしまった。
「……知り合いの医者が頼れる見たいなので、宮古ちゃんを連れていきます。遅くても二日後には私は顔を出すので、なかったら来てください、ね」
シオンの書置きを呟く様に読み、再度テーブルの上へと置く。メモにはシオンが向かったであろう場所の住所も書かれていた。遠い場所だった。車で二時間はかかろうかという場所だった。
久々に、家で一人になったな、と龍二は思った。外は相変わらず雨で、龍二の衣服はびしょ濡れだった。早く脱ぎ、風呂に入ってパジャマに着替えたかった。だから、龍二は素直に動いた。
十数分の後、龍二は寝巻き姿でリビングへと戻ってくる。頭にはタオルがかけられていた。
龍二はその足でキッチンへと向かい、冷蔵庫にあったコーラをグラスに注いで食卓へと腰を落ち着かせる。
一口飲み、「炭酸抜けてんじゃねぇか」と不満げに呟くと、龍二はソファーへと眼を向ける。そこには、何も見えないが、背もたれの向こうに、薄い呼吸をして、倒れたまま動けない女殺し屋の姿がある。ソファーの足元だ。フローリングを汚さない様にバスタオルを敷き、その上に転がしてある。龍二も家が汚れるのは望まない。
コーラを一気に飲み干し、グラスを食卓に置いて、龍二はその女殺し屋の下へと向かう。龍二の足音がフローリングに振動として伝わる。龍二はそのまま女殺し屋の目の前まで来て、しゃがみこみ、まともに反応しやしない女殺し屋の頬を数回叩いて、反応を引き出した。
龍二に叩かれると、ビクリと体を震わせる女殺し屋。
「オイ、死んでねぇんだからちゃんと答えろ。殺すぞ」
龍二の声に反応して、まだなんとか機能している左眼を動かして龍二へと視線を送り、すぐに逸らし、消えそうな声ではい、と答えた。口から血が漏れることはなかった。もう、出血も止まっているのだろう。それに、龍二がダメージを与えたのは首から上だけだ。吐き出した血のほとんどが喉や口内の傷によるモノだろう。脳に何か影響が出ていてもおかしくない程にはなぶったが、死ねないいたぶり方だった。
「反応はいいな。脳に損傷もないだろ。まず頭蓋骨が折れちゃいないし、起きても脳震盪くらいだろ」
そう言った龍二は、さて、と女殺し屋の頬を更に叩きつけていた手を引いて、話し出す。
「今、この家にいるのは俺とお前だけだ」
そう言って話しを続けようとした時、
「あぁ、あ、ああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
女殺し屋は突如として、悲鳴を上げだした。耳が引き裂かれそうな程の大音声だった。
チッ、と舌打ちし、龍二は眉を顰める。五月蝿い、と素直に思った。
女殺し屋はここが龍二の家、つまりは住宅街の中にある民家だと気付いて、せめて誰かに気づいてもらおうという滅茶苦茶な思考に陥り、叫んでしまったのだろう。
だが、ここは神代家の家だ。
龍二は五月蝿いのを耐えながら、女殺し屋の耳に口を寄せて、言う。
「叫びたいなら叫べ。ストレス社会だしな。叫びたくなる時もあるだろう。だが、この家から鳴る音は、外には全く漏れないぜ」
龍二のその言葉が放たれた瞬間、女殺し屋は、叫ぶのをピタリとやめた。悟ったのだろう。彼がハッタリを言う人間ではない、という事を。龍二の笑みが、表情が、それを物語っていた。
黙った女殺し屋の頭を、龍二はわざとらしく撫でた。「よし、いい子だ」
龍二は立ち上がり、女殺し屋をひっくり返してソファーの方へと向けてやり、跨いでソファーへと向かい、腰を下ろした。そのまま、右足を持ち上げて女殺し屋の腹部辺りを踏みつけ、見下し、嘆息。
「で、一応確認するが、話す気はあるんだよな?」
「……はい」
声は絞り出された、ような声。苦しげで、小さな、吐息のような声だった。口が上手く動かないのだろう。
が、龍二は構わず続ける。龍二からすれば、答えが返して貰えるだけで十分だった。
「お前らは何故、あの場にいた?」
「宮古礼を、殺すため。あなたと一緒にいるという情報が入ってからは、あなたも殺せと上から命令がきた」
「まぁそうだろうな。で、クロコダイルの今の目的は? やっぱり協会を潰す事だったりするのか?」
「……、」
「答えろよ」
押し黙った女殺し屋の腹部においていた足に力を込める。と、女殺し屋の小さなうめき声が漏れる。答えざるを得ない、という脅しを新たに埋め直したのだ。
「多分、そう。直接聞かされたわけではないけど、上がそういう風に指示だしている事は察していた」
「なんか予想の範囲ないばっかだな。……まぁ、いい。じゃあ次、お前の名前と年齢。名前は殺し屋の名前でいい」
「……シーア。二四……」
思ったよりも年上だったんだな、と龍二は思わず関心した。そもそも、龍二や春風の様に若い人間の方がこの業界では少ないのだ。これくらいの事はいくらでもあるだろう。
そして龍二は続ける。一番に聞きたかった事を問う。
「さっきから抵抗を見せないが、一応確認だ」
龍二のその言葉に反応して、女殺し屋は僅かに首を動かして視線を上げ、龍二を見る。答えは分かっていた。が、龍二は言葉にして確実な状態にしたいのか、問う。
「死にたくないのか?」
「はい」
返事は素早かった。シーアもまた、龍二に何を問われるか分かっていたのかもしれない。
だが、龍二はその返事一つでは満足しない。
「殺し屋なのにか?」
意味は簡単。殺し屋はいつ死んでもおかしくないから、という事。
「はい」
「死ぬ覚悟はなかったか?」
「……いいえ」
その答えに龍二は疑問を抱く。
「どういう事だよ」
「いざ、死を目の前にして、臆してしまった」
「なるほどね」
龍二もついこの前、浩二のクローンに襲われ、死を覚悟した事があった。その時に、実際、このシーアのような殺し屋としてのプライドを捨てるような行動はしていないが、確かに死にたくないと思っていた。それを口に出すか、出さないかの違いでしかないのだろうな、と龍二は思う。
「まぁ、いいや。とりあえず質問に全部答えれば、命の保証だけはしてやるから、安心しろ」
龍二が嘆息混じりにそう言うと、シーアは視線を再びソファーの足元へと戻した。まだ、龍二の足は彼女の腹部を押さえつけたままだったが、彼女はそれにも慣れてきていた。それに、抵抗出来ないと知っている。故に、彼女は質問に答え続ける。
「で、次な。クロコダイルの組織構成を教えろ」




