5.thunder storm.―8
龍二のその低い声に闇夜が避けたのかと思った。突如として、龍二が睨むその先の光景が明瞭となった。
見えてきたのは、二つの影。一つは地面に沿って見えた。屹立する男がいた。短い金髪を逆立てた身長があまり高くない男だった。が、威厳が感じ取れた。龍二の前でその男の肩書きなど無意味であるが、男が所属する団体の中で、男は上位の役職につく人間なのだろうな、と思えた。
そして、男のすぐ足元に、倒れる男の影。金髪の男と違い、装備一式を身につけていた。が、額には龍二が先ほど投げたナイフが突き立てられていた。完全に絶命しており、息はないようだ。
その男の近くに、真っ黒な傘が転がっていた。一つだ。恐らくは男が金髪の男が濡れないように差していたのだ。が、今や金髪の男がどうしようもない程に濡れていた。雨足が強くなっていた。男のスーツはずぶ濡れで、動きずらいだろうな、と龍二は思った。
金髪の男は、足元の死体を一瞥して、わざとらしいやれやれといった仕草を見せつけて、言う。
「オイオイ。俺の護衛を殺さないでくれよ。今日は一人しか連れてきてないんだ。それに、片付けに来たってのにゴミを増やすなよ」
金髪の男の口下は不気味に歪んでいた。口角が釣り上がり、隙間から糸切り歯が雨に濡れて鈍く輝いた。
「うるせぇよ。お前はとっとと片付けをしろ」
龍二がギッと金髪の男を睨む。
金髪の男は協会の差金だった。正確に言えば、協会から派遣された『掃除屋』だった。協会が片付けなければならない現場の後片付けをする者の事である。協会は殺し屋に所属してもらい、そしてこ仕事と、このような後片付けを保証する。殺しても、ある程度のマナーが守られていれば問題なく片付けてくれるのだ、が。
金髪の男ははぁ、とわざとらしい嘆息を吐き出して、龍二に返す。
「最近こんなのばっかりで困ってんだよ」
「そこだけは同情してやるがな。突っかかってくる連中の問題だ」
そうだった。最近、掃除屋は困っていた。掃除屋にも協会所属と野良が存在するが、そのどちらもが困っていた。
――ここの所、掃除屋の限界を越えた仕事が多すぎる、と。
龍二達が関わった件を思い出せばわかるだろうが、それだけではなかった。龍二達が、俺達に仕掛けてきた方が悪いのだ、という考えで大暴れしたのも当然問題にはなっているが、そうではない。最近は、殺しの業界全体が、そうなりつつあるのだ。
殺し屋は殺すだけ殺し、片付けを掃除屋に任せる。掃除屋もそれが仕事が故に断りきれない場合が多い。現に、既に社会的に抹殺されてしまった掃除屋も数多く存在する。殺しの業界に存在する様々な種類の職業の中で、最も安全な職業だ、とうたわれる事もある掃除屋が、だ。
どうにも最近の業界はおかしい、金髪の男はそう切り出した。
「警察が来るまでにその話しは終わるのか? 目撃者も出るかもな」
龍二が一度、後方で呻く死にかけの女殺し屋を確認してから、そう茶化すように言う。
「手は打ってある。後は現場の片付けだけだ」
「そうかい」やれやれ、と龍二。
「で、だ」金髪の男が話し出す。彼はわかっている。殺し屋である龍二が掃除屋である自身を殺す理由がない、と。そして龍二も、金髪の男がそれを自覚している事を分かっていた。女殺し屋は逃げ出せる様子ではない。龍二は大人しく話しを訊く事にした。
「知っているとは思うが、最近殺し屋マナーがなってない。そのせいで俺等協会の掃除屋までもが危機に瀕してる。仕事をすれば、危険がつきまとうってのは分かってる。当然だ、この業界だからな。だが、飛躍しすぎた。ありえないし、あってはならない話しだ。わかっているだろう? 協会が今まで、お前、神代家の存在を隠していたってのに、今こうなっちまってるってのがいい証拠だろ?」
そうだな、と、龍二は相槌を打つ。龍二も常々思っていた。
「正直、協会の力が及ばなくなってきている」
と。
「そうだな。そう思ってた所だ。今回の、このクロコダイルもそうだが、ナンバー、ウルフ、ライカンと一般人を巻き込み過ぎだ。目的の為に手段を選ばないなんて、そんなのは現実の話しじゃない。殺しの世界にだってマナーはあったはずだ。それも、協会所属、野良関係なしに、だ。なのに今や、協会所属ですらこの様だ」
「俺の問題じゃないからな。言っちまえば俺は協会所属ではなく下請けだ。協会所属ではあるんだがな」
「面倒な事は言うな。分かってるから」
「……、皆、飽き飽きし始めている。神代龍二、お前がいつからこの現状の事を把握しているのかは知らないが、業界では、相当前からこの事を危惧されてたんだ。そしてついに時が来た。一部の人間が、協会を『潰そう』と動き出している。協会等いなくても、やっていけるぞ、というガキのような主張をし始めている」
「お前は?」
龍二が眉を顰めて問う。と、金髪の男は、「ガキだ」笑った。そして、龍二も苦笑混じりの笑みを浮かべて表情で答えた。もう少し、語れ、と。
その龍二の無言の期待に金髪の男は答える。
「俺がわざわざ、殺し屋が消える前にここに現れた理由は、神代龍二、お前と喋ろうと思ったからだ」
龍二は黙って頷いた。雨が鬱陶しかったが、拭う事もせずに黙っていた。腕は組まない。雨で塗れた体が気持ち悪かったからだった。
「協力しろって?」
「そうだ」
「俺に何か得があるのか?」
当然の質問だった。が、金髪の男はその質問をあらかじめ予期していたか、素早く答えた。
「この問題がkiller cell計画に関わってるって言ったらどうだ?」




