55 謁見
サイオスが捕まって1ヶ月が経った。サイオスの行いは本来国中を騒がすほどのものであったが、王族たちが国内の混乱を避けるために内密に処理しているため、サイオスやラインハッシュが行ったことは限られた貴族や兵士しか知らない。
「レンブランドよ、此度の件についてはよく働き解決へ導いてくれた。王として礼を言う」
ここは謁見の間。国王に呼び出され、レンブランド、アルフォンス、ラインハッシュ、シャルドの4人が国王の前にいる。
「アルフォンスやシャルドも大変であったな。無事で何よりだ」
国王の言葉に、アルフォンスは無言でお辞儀をし、シャルドもアルフォンスに倣う。
「父上、ラインハッシュの処分についてですが」
レンブランドが言うと、国王はラインハッシュを見て目を細める。何を考えているのか、その表情は読めない。
「ふむ。此度のことはサイオスに唆されたとはいえ重罪だ。第二王子であるアルフォンスの命を狙い、結果レンブランドの命にまで危険がおよんだとなればただでは済まされぬ」
国王の言葉にその場の空気が重くなる。
「本来であれば極刑は免れぬであろう。だが、其方は紛れもない我が子でもある。よって国外追放とする。遠い異国で自由に生きよ、ラインハッシュ」
国王の言葉に、ラインハッシュは唇を噛み締め拳を握る。
「国を出る前に、一つ聞きたいことがあります」
ラインハッシュは顔を上げて国王を睨んだ。その目には怒りが含まれている。
「……母親のことか」
レンブランド、アルフォンス、シャルドも一斉に顔をあげ国王を見る。
「母親のことはすまないと思っている。あれは王妃と懇意にしている貴族が独断に行ったことだ。その貴族もその当時に処分を下している。全く、王妃にも困ったものよ」
まるで自分は何も悪くないと言わんばかりの言い草に、レンブランドもアルフォンスも嫌悪感を露わにする。思わず怒りに任せて衝動的になりそうなラインハッシュの片手を、シャルドが握って首を横に振る。
その場に沈黙が走る。どの位経っただろうか。
「ラインハッシュの処遇について提案があります」
レンブランドが静かに進言した。
「申してみよ」
「ラインハッシュは俺とアルフォンスの仲を分裂させ、国内を混乱させようとしました。あろうことかアルフォンスの命まで狙った。これは本当に許されないことです」
レンブランドは淡々と言葉を口にすると、ラインハッシュを静かに見つめる。
「国外追放は当然のことでしょう。ですが、この現状を作り出したのは他ならぬ父上、あなた自身ではありませんか」
「な、なんだと!」
国王は思わず立ち上がるが、アルフォンスがレンブランドを守ように立ちはだかる。
「ラインハッシュが行ったことは到底許されることではありません。だからこそ、その一生をかけて罪を継ぐなってほしい。そのためにもラインハッシュには今まで通り私の側近としてそばにいてもらいます」
レンブランドの言葉に、ラインハッシュは思わず目を見張る。
「な、何を馬鹿なことを……お前もアルフォンスも狙われたのだぞ。その地位も、この国も」
「ラインハッシュが本当にしたかったことは父上への復讐です。そんなこともわからないほど国王も老いぼれてはないでしょう」
アルフォンスは静かに言うと、国王は絶句する。
「俺はラインハッシュの優秀さを一番よくわかっています。国外に追放してしまってはこの優秀さをどこかの国に奪われてしまうかもしれないのですよ。それこそこの国の一大事だとは思わないのですか」
何よりも、とレンブランドは声を大きくした。
「俺がラインハッシュを必要としているんです。いなくなられては困る」
その言葉に、俯いていたラインハッシュは両手をきつく握りしめ涙が出ないように堪えていた。
「そ、そんなことをしては今回のことを知っている貴族達が納得しないであろう!どうしめしをつけるつもりだ」
「それを黙らせるのが父上の役目でしょう。自分の尻拭いは自分でするべきです」
アルフォンスが冷ややかな目で言うと、国王は口をあんぐりさせたまま脱力したように椅子に座った。
「あれでよかったのですか」
謁見が終わり、レンブランド達はミレーヌのいる応接間に集まっていた。クリスはミレーヌの目覚めを確認して数日経ってからまた自国へ帰っている。
「いいんだ。むしろあれくらい言わないとあの人には何も伝わらないだろう」
ラインハッシュの疑問に、レンブランドは微笑みながら言う。
「俺たちはずっと国王には放ったらかしにされてきた。国王にとって俺たちはただの王位継承者でしかない。息子であって息子ではないんだよ。あれくらい言わせてもらって当然だ」
アルフォンスも微笑みながらそう言い、お二人はお強いですねぇとシャルドがニヤニヤとしながら言う。
「さて、ラインハッシュ。俺たちの知らない間に国外にいなくなろうなんてことは絶対にしないでくれよ」
ラインハッシュの両手を取ってレンブランドは言う。その顔は真剣そのものだ。
「……どうしてそう思うんですか」
「アルフォンス様も俺もそう思ってるよ、お前ならやりかねないだろ」
シャルドが口の端を上げながら言う。
「本当に悪いと思っているなら、これからもここにいて俺たちを支えてくれ。それが一番の罪滅ぼしだ」
レンブランドに見つめられそう言われてしまえば、ラインハッシュも無碍には断れない。
はぁ、とため息をついてラインハッシュはレンブランドを見つめ返す。
「……わかりました。この命をかけてレンブランド様、そしてこの国にまた忠誠を誓います。二度と過ちは繰り返しません、絶対に」
言い終わった途端に、レンブランドはラインハッシュを抱きしめた。その肩はいつかのようにまた震えている。
「また泣いておられるのですか」
困ったお方ですね、そう言いながらラインハッシュはレンブランドを抱きしめ返す。
ラインハッシュもまたいつかのように泣いているが、その顔は破顔しながらの泣き顔だった。




