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53 激情

 部屋に入ってきた面々にサイオスもクラリーゼも驚く。


(全く、こうなってしまうとまずいから間者を通せと言っていたのに!しかもレンブランド様までいらっしゃるとは……ここはどう切り抜けるべきか)


 旅商人サイオスは笑顔のまま心の中で算段する。だが、あまりにも不利な状況になっているのは明らかだった。


「これはこれはみなさまお揃いでどうなさいました?」

 サイオスは平静を装っているが、すぐそばに居るクラリーゼは真っ青だ。


「ア、アルフォンスお兄様!違うんです、これは違うんです!!」

「何が違うんだ?さっきミレーヌを毒殺しようとしていることはその口ではっきり言っていただろう」


 ミレーヌを庇うようにしながらアルフォンスはクラリーゼに向かって言う。その形相はもはやいつもの優しいアルフォンスの面影を全く消し去っている。


「サイオス、久しぶりだな」

 ラインハッシュが冷ややかな瞳を向けてサイオスに挨拶をすると、その姿を見てサイオスは驚愕した。


「ラ、ラインハッシュ様、なぜ……い、生きておられ……」

「生きていちゃまずいのか?そうだろうな、俺はお前が放った刺客に殺されてるはずだものな」

 口の端に弧を描きながらラインハッシュが言うと、サイオスは怯えたように後ずさる。


「サイオス、色々と聞きたいことがある。ラインハッシュにアルフォンスとシャルドの命を狙わせ、その上ラインハッシュの命まで奪おうとしたのはお前だな」

 レンブランドが静かに、だが怒りを孕んだ声で言うと、クラリーゼがサイオスを見て喚く。


「や、やっぱりそうなのね!お前が悪いんじゃない!ねぇ、アルフォンスお兄様、私はサイオスに言われてミレーヌ様に毒を盛っただけよ、悪いのはサイオスなの!」

「黙れ、今はその話をしているんじゃない」

 アルフォンスが氷のような瞳で一瞥すると、クラリーゼはあまりの恐ろしさにその場に膝から崩れ落ちた。


「な、なんのことですかな?私めにはなんのことやらさっぱり……」

「ラインハッシュは全てを話してくれた。それに、これはなんだと思う?」

 シャルドは片手を少し上にあげる。その手には透明の瓶に入った液体が入っている。


「これはラインハッシュが牢獄にいる際にお前の刺客が持ってきたスープだ。これには毒が仕込まれていた。この毒は貴重な毒だそうで、なかなか手に入らない。それこそ旅商人のような人間にしかな」


「極め付けはこれだ」

 レンブランドが片手にもっている手紙をヒラヒラさせる。


「これは隣国の伯爵家ご令息がくれた情報だ。『ティムール国の旅商人が次期国王候補が第一王子に近々確定となり、そうなれば自分の商人人生もまだまだ安泰だと話していた』と、隣国の商人が言っていたそうだ。その商人の話では、第一王子の周辺は一掃されて自分の思うままに商売ができると。だから隣国の商人同士仲良くしようと話を持ちかけられたと言うことが書かれてある」


「そ、そんなもの噂話でしかないでしょう!毒だって私以外の商人でも取得できます!決定的な証拠にはなりませんよ!」

 サイオスは慌てたように大声をあげる。


「だが、クラリーゼを使ってミレーヌを殺そうとしたのはここにいる全員がはっきりと聞いたことだ。動かぬ証拠がある。弁明はできないだろう」

 アルフォンスの言葉に、サイオスは怯えたように動きを止めた。

「そ、それは……」


「いいか?ミレーヌ殺害未遂でお前とクラリーゼは確実に逮捕される。別件として第二王子殺害未遂を徹底的に捜査するから覚悟しろ。洗いざらい吐いてもらうからな」

 シャルドがサイオスの胸ぐらを掴んで言うと、サイオスは諦めたように項垂うなだれた。


 いつの間にか兵士が部屋の中に入り、サイオスを連行していく。


「ア、アルフォンスお兄様、聞いてください。私、私は……!」

 縋り付くクラリーゼに、アルフォンスは冷ややかな目線を向け、その手をそっと払い除ける。


「君には失望した。もう二度と会うことはないだろう」

 そのアルフォンスの一言に、クラリーゼの頭の中は真っ白になった。


(嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ……!アルフォンスお兄様ともう二度と会えないなんて……私が捕まる?なぜ?私はただアルフォンスお兄様と一緒にいたいだけなのに……)

 床に座り込みながらクラリーゼはぼんやりと机に並べられた品々を見ていた。


(一緒にいられない?どうして?アルフォンスお兄様は私のものよ?どこにもいかせないわ……)

 ゆっくりと立ち上がり、机の上から何かを手に取って走り出す。


 走る先には、兵士たちに指示を出しているアルフォンスの背中がある。


 ミレーヌが振り返り、クラリーゼに気がついた。

「アルフォンス様、危ない!」


 アルフォンスの背中をミレーヌが庇い、そのミレーヌの背中にはクラリーゼが手にした短剣が突き刺さっていた。クラリーゼが短剣を抜くと、ミレーヌの背中が血に染まっていく。


「ミレーヌ!!!」

 異変に気づいたアルフォンスが崩れ落ちるミレーヌを抱き抱え、背中から溢れる血を見て驚愕した。


「クラリーゼ!一体何を!!」

「お兄様が悪いのよ。お兄様が私じゃなくそんな女を優先するから……私のものにならないならお兄様が死ねばいいんだわ…でも都合よくその女に刺さったわ!私の思う通りになった!お前なんか死ねばいいのよ!!」


 あはははは!と高らかに笑うクラリーゼを、兵士たちが慌てて取り押さえ短剣を奪い連行する。


「ミレーヌ!ミレーヌ!」

「アルフォンス様……よかった、ご無事で……」

 ミレーヌの背中を押さえ、アルフォンスは狼狽える。

 レンブランド達も異変に気づいて駆け寄ってきた。


(アルフォンス様、そんな心配そうな顔をしないで……)

 ざわざわと騒がしい音が、少しずつ少しずつ遠のいて、ミレーヌは意識を失った。



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