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52 毒

(なんなのよなんなのよなんなのよ!)

 ズンズンと王城の外れへ続く廊下を勢いよく歩く令嬢、クラリーゼがいた。


(アルフォンスお兄様は本当に命を狙われていたですって?私はそんなこと一言も聞いていないわよ!しかも今は私まで利用されているだなんて、そんなことあるわけないじゃない!!!)


 ミレーヌとのお茶会で言われたことを頭の中で反芻しながら、クラリーゼは頭に血がのぼっていくのを押さえられない。


(なによなによなによ!まるで自分の方がアルフォンスお兄様のことをなんでも知っているかのように言って!私はキスされたことだってあるのよ!……あれはおでこだったけれど、いつか絶対に唇にもアルフォンスお兄様からキスしていただくと決めてるんだから!!それなのにそれなのになんなのよ!あの邪魔な女!早く消してやる!!)


 鼻息を荒くして廊下を突き進んでいくと、とある部屋の前で立ち止まった。

 ゆっくりと深呼吸して、ドアを強くノックする。


「はい、どなたでしょう」

「サイオス!私よ、クラリーゼよ!話があるの、入るわよ!」


 返事を待たずに部屋へ入る。

 そこには仕事で使う商品であろう異国の品々が机に並べられていた。


「これはこれはクラリーゼ様。急なご訪問ではありませんか。いかがいたしましたか?」

「いかがいたしました?じゃないわよ!アルフォンスお兄様のことで聞きたいことがあるの!」


 クラリーゼの言葉に、サイオスの片眉がピクリ、と動いた。だが笑顔は崩さない。


「クラリーゼ様、そのことについては面と向かってではなく間者を通して連絡くださるようにお約束したではありませんか。誰かに聞かれて問題のあることはあなた様の立場にも悪い影響を与えるのですよ」


「わかってるわよそんなこと!間者があれから来ないから直接こうして来てるんじゃない!!」


 クラリーゼの言葉に、今度こそサイオスの表情が変わる。さっきまでの笑顔は消えて真顔になっていた。


(間者が来ないだと?クラリーゼ様へミレーヌ様のことをお伝えし、ラインハッシュを消した後は引き続きクラリーゼ様と連絡を取り合うように言っていたはずだが、どういうことだ)


「それに、アルフォンスお兄様が本当に命を狙われていたってどういうことなの?!外出中に盗賊に狙われてシャルドが無能だから死にそうになったけど命からがら隣国へ逃げたって話じゃなかったの?私が聞いていたことと違うじゃない!」


 ギャンギャンとわめくクラリーゼを見ながら、また笑顔をつくりサイオスは言う。


「誰からそんな話を?あのミレーヌとかいうご令嬢からですか?そんなの嘘に決まってますよ。あなたとアルフォンス様の仲を引き裂きたいがゆえにそんなでっち上げを言ったのでしょう。そんな話は流しておきなさい」


 サイオスの返答にクラリーゼは納得がいかない。


「あなた本当に私の味方なの?本当はあなたがアルフォンスお兄様の命を狙って今度は私を使おうとしてるんじゃないの」


 今にも噛みつきそうな勢いで言うクラリーゼに、サイオスはまだなんとか笑顔を貼り付けたままでいる。


「何をおっしゃいますやら。私がそんなことをして何の得になるのです?あなた様の味方だからこそ、ミレーヌというご令嬢のことも教えてさしあげたのですよ」


「だったら、あなたがくれた毒、もっとすぐに効くものに変えてくださらない?いますぐにでもあの女を消してしまいたいのよ!!」


 禍禍しい顔をして言うクラリーゼの姿に、サイオスはついに嫌悪感を顕にしつつ返事をした。


「クラリーゼ様、あの毒はお茶にまぜることで少しずつ少しずつ効いていくものです。速効性はなくとも確実に命を奪うことができます。だから何度もお茶会を開くご令嬢に人気があるのですよ。お茶会の度に飲ませることで自然にゆっくりと毒が体内に回り、突然死のように見せることができる。速効性のあるものでは、その場に一緒にいるクラリーゼ様が疑われてしまうでしょう」


「そんなの、私が犯人にならないようにお父様がなんとかしてくださるわ!」


(バカか、お前の父上がどうにかしたとしてもお前は疑われ続けるに決まっているし、毒の出所を突き止められれば私が危ういだろうが。これだから頭の弱い家柄が良いだけの女は嫌いなんだ)


 サイオスは片手で頭を押さえてため息をつく。すると、ドアの向こうから突然声がした。


「へぇ、ミレーヌ様のお茶に毒を仕込んでいたとはねぇ。まぁそんなことだとは思ってたけどこれで言質は取れたわけだ」


 ドアが開き、シャルドとラインハッシュ、レンブラント、そしてミレーヌを守るようにアルフォンスが部屋に入ってきた。



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