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50 キスの意味

キスをしたいと思うのは今までもこれからもミレーヌただひとり、そうアルフォンスに言われたミレーヌは思わず顔を赤らめる。


「そうだ、確かめに行こう」

 アルフォンスはミレーヌの手を取り自室を飛び出す。

「アルフォンス様、どちらに?」

 ずんずんと歩いていくアルフォンスがたどり着いたのは、レンブラント達がいた元の部屋だった。


「シャルド!」

 今後について真剣に話をしていた所に、突然アルフォンスが乱入してきてさすがのシャルドも驚いた。


「え?どうしました?ミレーヌ様とのお話は済んだのですか?」


「シャルド、お前に確かめたい。俺はクラリーゼとキスをしたことがあっただろうか」


 突然のことにポカーンとしつつ、後ろのミレーヌを見てシャルドはなるほどね、と微笑みながらため息をついた。



「アルフォンス様とクラリーゼ様がキスをねぇ。クラリーゼ様がそう言ったんですか」

 シャルドが尋ねるとミレーヌは首を縦にふる。胸の前に握りこぶしをつくって組んだ両手はわずかだが震えているのが見えた。


「俺は全く記憶がない。身の潔白を証明するためにもシャルド、お前の記憶が必要なんだ」


 必死なアルフォンスの様子に、シャルドは仕方ないですねと記憶を一通り辿ってみる。


「あぁ、もしかしてあれじゃないですか?」

 その発言に、アルフォンスとミレーヌが同時に顔をあげてシャルドを凝視する。


「いやいや、お二人の思うようなことではないですよ、安心してください。あれはそうですね、クラリーゼ様が8歳か9歳くらいの頃でしたか。何でそうなったか覚えていませんがクラリーゼ様がヘソを曲げてしまい、アルフォンス様からキスしてくれないと嫌だと駄々をこねまして」


 一度言い出すと自分の思い通りになるまで駄々をこね続けるような方でしたから、とシャルドは人差し指を立ててため息をつく。


「仕方なく、アルフォンス様はおでこに軽くキスをしてさしあげたんです。唇にはもっと大きくなってから本当に大切な人からしてもらいなさいと言ってね」


 シャルドの言葉でミレーヌにホッと安堵する気持ちが沸き上がってくる。


「まぁクラリーゼ様のことですから、おでこへのキスも自分の都合の良いように勝手に解釈したんでしょう」


(おでこへのキス……おでこは確か友愛や祝福の意味だし、何よりもそんなに幼い時の話だったなんて)


 よかった、そう思ってアルフォンスの方を見ると、アルフォンスはやや青ざめた顔をしている。


「アルフォンス様?」

「……そんなことがあったんだな。全く覚えていない。だがシャルドが言うのだから事実なんだろう。確かに言われてみればそんなことがあったような気もするし」


 ぶつぶつとひとり言を言うアルフォンスを、シャルドは呆れた顔で眺めていた。


「ミレーヌ、覚えていないとはいえすまない。どうやらクラリーゼのおでこにキスをしたことがあったようだ。おでことは言えキスはキス、ミレーヌがもしも嫌だと思うのであればそれはダメなことなのだろう。どうお詫びすればいいのか……」


 悲痛な面持ちで言うアルフォンスに、ミレーヌは逆に慌ててしまった。


「アルフォンス様、お気になさらないでください!幼い頃のことのようですし、何よりおでこならばあくまでも友達としてのものなのでしょうし……」

「もちろんだ!それ以上の気持ちなどどこにもない」


 食いぎみに言うアルフォンスを見てミレーヌはつい笑ってしまった。


「ふふ、すみません。そんなに必死になってくださるなら、私はアルフォンス様を信じます。大丈夫です。それに私もおでこや髪の毛、頭などには兄からキスをされたことがありました。きっと兄がしてくれたようなことと同じなのでしょうから」


 だから大丈夫です、とミレーヌが笑うとアルフォンスもホッとする。


「よかった。ミレーヌ、抱き締めてもいいかい?」

「えっ、ここでですか?」

 慌てるミレーヌが言い終わる前に、アルフォンスは優しくミレーヌを抱き締めていた。


(ミレーヌの兄上と同じ、か。恐らく兄上がミレーヌに対する気持ちはきっと俺がクラリーゼに対する気持ちとは違うのだろうな。もっと複雑なものだろう。ミレーヌは気づいていないだろうし、これからも永遠に気づかなくて構わないが)


 ミレーヌを抱き締めながら、アルフォンスはクリスのミレーヌへのキスの意味を考えていた。


「ちょっとすみませんがそろそろ目の前でいちゃつくのはやめてもらえませんかね」

「微笑ましいが、俺たちがいることを思い出してほしいな」

 シャルドやレンブラントが言う横で、ラインハッシュは呆れたように笑っていた。




おでこへのキスは友愛や祝福、頭や髪の毛へのキスは家族や恋人など相手の存在自体がたまらなく愛おしいという意味があるようです。

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