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38 愛しい人(アルフォンス視点)

 ミレーヌを連れて城内の自室へ向かう。手を繋いでエスコートしているが、ミレーヌの手は冷え切っていて微かに震えている。

 あんなことがあったんだ、怖かったに違いない。なのにいつだって気丈に振る舞い心配させまいと笑顔さえ向ける。そんな姿がいじらしい。


 パタン。

 中に入り、部屋のドアを閉める。久々に来た自室だが、相変わらず綺麗に整えられている。が、不在のうちに貯まったのであろう机の上に積み重なった書類の山を見て多少ゲンナリした。


「ここは……アルフォンス様の自室ですか?」

「二人きりの時はアルと呼ぶように言っただろう?」

 ミレーヌは俺のことをすぐにアルフォンス様と呼んでしまう。ミレーヌにはアルと呼ばれたいのに。


「す、すみません。ですがここはティムール王国ですし、やはり第二王子ともなればお立場が……」

「君だって隣国の国王の娘じゃないか。立場は大して変わらない」

 そう言ってじっとミレーヌを見つめると、少し寂しげな表情になる。この話題はやはりミレーヌにとっては複雑なことなのだろう。


「こんな時にこんなことを言うのは間違っているのかもしれないが、こんな時だからこそ言わせてほしい。俺はミレーヌが隣国の国王の娘でよかったと思っている。身分の差は気にしないと思っているが、それでも身分が近ければ近いほど立場としても結ばれやすくなる。身分で文句を言う輩は少なくなるだろう」


 逆に隣国、しかも第二王妃の娘ということでいちいち騒ぐ輩ももちろんいるだろう。だがそんなことは対した壁にはならない。黙らせればいいだけのことだ。


 そっとミレーヌの頬に手を添えると、ミレーヌがほんのりと顔を赤らめた。


「君はずっとその生い立ちのせいで複雑な思いをしてきたのだろう。それでもその生い立ちを恨むことなく、懸命にひたむきに生き、周りにも愛情を注ぎ、愛情を受け取ってきた。そんな君だからこそ俺は出会った時から惹かれたんだと思う。そしてそんな君だからこそ、ラインハッシュの気持ちに触れることができてその心に届く何かがあったはずだ」


 そう言ってそっと抱き締める。小さくてか細いこの体のどこにそんな強さがあるのだろう。


「今回のことで君や君の兄上を巻き込んでしまったことは本当にすまないと思っている。だが、記憶を失って君に出会えたこと、そして記憶がないことで第二王子としてではなくただのアルという人間として扱ってもらえたことは本当に嬉しい経験だった。君に出会えて本当によかったと思っている」


 言いながら思わず抱き締める手に力が入ってしまうが、それに答えるようにミレーヌの手もまた強く抱き締め返してくれている。


「全てが終わったら、君のお父様の元に挨拶に伺わせてほしい。もちろん、伯爵の元にも国王の元にも両方にだ」

 ミレーヌが思わず顔を上げてこちらを見るが、上目遣いになって可愛らしさが倍増する。可愛い、可愛すぎる。どうしたらいいんだ、気持ちが溢れて止まらない。


「君のことが好きだ。ミレーヌ。叶うのであれば俺と一緒になってほしい」

 誰かにこんな言葉をいう日が来るとは思いもしなかった。自分でも信じられないが、目の前のミレーヌが一番信じられないという顔をしている。


「本当に、本当に私なんかでいいのですか?なんの取り柄もない、しがない辺境の地にいる私なんかで……」

「言っただろう、ミレーヌ、君だからいいんだ。君がいい、君じゃなきゃだめだ」


 ミレーヌの顔がどんどん赤くなり、そして表情が和らいでくる。

「……ありがとうございます…私も、あなたが好きです、アル」


 アル、と呼ばれた瞬間、思わず口付けてしまった。

 だってそうだろう、この感情を抑えられるわけがない。




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