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ピンクの化身と苺の汁

「さて、どこに行こうか。少しお腹が空いたから、前に食べた苺の串が食べたいな」

「それなら、あちらです」

 アニエスが屋台を指すと、クロードはその手を取って歩き出す。


「一緒に買おうか」

「え? でも」

 あの店主とは顔見知りだ。

 ピンクの化身となったアニエスの姿を見て何を言われるかと思うと、腰が引けてしまう。


「じゃあ、ひとりで待つ?」


 今はクロードがそばにいてくれるから心理的には支えられ、視覚的には更なる美貌で視線を奪ってくれているのだ。

 それをピンクの化身としてひとりで街中に立つというのも、かなりの勇気がいる。

 肯定も否定もできずに悩むアニエスの頭を、大きな手が優しく撫でる。


「……嘘だよ。アニエスをひとりにして攫われたらかなわない。こんなに可愛いんだからね」


 攫われるって誰にだとか、クロードは優しいからそう言ってくれているんだとか。

 色々と言いたいことはあるのだが、鈍色の瞳に見つめられると言葉がしぼんでしまう。


 ……これがいわゆる、惚れた弱みというやつなのだろうか。

 そう思い至った途端、クロードの腕にキノコが生える。


 淡藍灰色の傘に鮮やかな藍色のヒダを持つのは、ルリハツターケだろう。

 濃い青がクロードの髪を連想させ、キノコが相手なのに何だか少し恥ずかしくなってくる。

 クロードはキノコをむしってポケットに入れると、アニエスの手を握った。



 そのまま手を引かれてやってきた店の前で注文すると、店主はじっとアニエスを見つめた。

 やはり、ピンクの化身状態は似合わなくて目立つのだろう。

 何を言われるのかと身構えていると、数回瞬いた店主が破顔した。


「ああ、やっぱりルフォールのお嬢様か! いつもと雰囲気が違うから、一瞬わからなかったよ。いやあ、元々可愛いが、そういう服を着ると更に引き立つねえ」

 てっきりピンク色に関して眉を顰められるとばかり思っていたアニエスは、ぽかんと開いた口が閉まらない。


「彼氏のために着飾ったのかい? いいねえ、いいねえ。――よし。いいものを見せてもらったお礼に、おまけするよ!」

 店主はご機嫌な様子でそう言うと、串からこぼれんばかりの苺を刺して手渡してきた。

 近くのベンチに腰を下ろすと、笑顔のクロードが串を差し出す。


「ね? 平気だったろう?」

「平気……だったのでしょうか」

 お世辞だとしても知っている人に可愛いと言われるのは恥ずかしいし、クロードのことを彼氏なんて言われたものだから、更に恥ずかしかったのだが。


「髪のことやピンク色の服のことで、嫌がられたりしていないよ?」

「それは、確かに……そうですね」

 あの店主は顔見知りなので露骨に嫌な顔をすることはないと思うが、ピンクの化身なアニエスを見ても否定的な様子はなかった。


「髪について色々言う人はいるかもしれない。でも大多数は君の髪を美しいと思うんだ。だから、そんなに気にしなくていいよ。さあ、食べようか」

「はい」

 串に刺さった苺はみずみずしくて甘酸っぱくて、食べているだけで何だか幸せな気持ちにしてくれる。



 そういえば、以前にここで苺の串を食べた時には、苺の果汁をつけたクロードの口をハンカチで拭いたのだった。

 ちらりと様子を窺うと、鈍色の瞳と視線が交わった。


「どうしたの?」

「いえ、何でもありません」


 首を振るアニエスの目の前に、クロードの手が伸びる。

 何だろうと思って見ていると、長い指がアニエスの唇をなぞった。


「アニエス。苺の果汁がついているよ」

「す、すみませ――」

 慌てて謝る間もなく、クロードはそのまま指をぺろりと舐めた。

 そのあまりの色っぽさに、アニエスは固まる。


 クロードの肩に乳白色のキノコ……オトメノカーサが生えたが、それどころではない。

 一瞬、目の前で何が起こったのかがわからず、じっと花紺青の髪の美青年を見つめる。

 クロードの指を見て、口を見て、細められた鈍色の瞳を見て……ようやくアニエスは事態を把握した。


「――な、何をするんですか!」

「うん? ハンカチを忘れてきたから」

 質問と回答が微妙に合っていない気もするが、鼓動が大爆走を始めた今はそれどころではない。


「それならそう言ってください! どうぞ!」

 差し出されたハンカチを手に取ったクロードは、そのままアニエスの口にそれを当てた。


「何で私なんですか!」

「だって、指だけじゃ綺麗に拭けないだろう?」

 やはり話が噛み合っていないのだが、クロードは楽しそうに笑っている。


「もう、返してください!」

 クロードの手からハンカチを奪い返すと、ぎゅっと握りしめる。

 果汁で汚れた口を拭いてくれたのだとわかってはいるが、方法がおかしすぎる。


 それにハンカチだって、クロードの手を拭くと思ったから渡したのだ。

 決してアニエスの口を拭いてほしかったわけではない。

 一向に落ち着かない鼓動を、どうしてくれるのだ。



「ねえ、アニエス」

「何ですか」

「俺は、大丈夫?」


 何のことかと顔を向ければ、クロードの口の周りにも少しだけ苺の果汁がついている。

 それだけならいいのだが、笑顔のまま自分の唇を指で叩いている。

 これはもしかして、アニエスに拭けと言っているのだろうか。

 うっかり気付いてしまったせいで、頬が卵を焼けそうなほどの熱を持ち始めた。


「少しだけなので、舐めておいてください!」

「そう?」


 素直にぺろりと自身の唇を舐めるクロードの色気が凄い。

 キノコをむしってポケットに入れているのに、溢れる色気が凄い。


 ……見るんじゃなかった。

 おかげで、さっきアニエスの唇をなぞって指を舐めた光景が、脳裏によみがえる。

 キノコの変態のくせに、何でそんなに色っぽいのだ。


 八つ当たりだとわかってはいるが、恨みがましい目でクロードを睨んでしまう。

 すると、それに気付いたクロードがすっと瞳を細めた。


「何? アニエスが舐めてくれるの?」

「――そんなわけありません!」


 そろそろ、頬の熱も鼓動の早さも限界だ。

 ハンカチを握りしめてふるふると震えていると、頭をゆっくりと撫でられる。


「嘘だよ、ごめん」

 謝られてしまえば、怒り続けるのも難しい。

 大体、アニエスは怒っているというよりも恥ずかしいわけで……何だか、全部クロードの手のひらの上という感じで納得がいかない。


 いつか、このドキドキとモヤモヤと恥ずかしさが、平気になる日が来るのだろうか。

 アニエスは小さく息を吐くと、残りの苺を口に運んだ。



年末年始同時連載「花嫁斡旋」完結しました。

ありがとうございましたm(_ _)m


「残念令嬢」3/2発売・予約受付中です!


夜の活動報告で活動を報告します。

(日本語おかしい)



【今日のキノコ】


ルリハツタケ(瑠璃初茸)

淡藍灰色の傘に鮮やかな藍色のヒダを持つキノコ。

乳液は美しい藍色で、空気に触れると緑色に変化する。

食用キノコだが加熱調理すると藍色が失われてしまうので、生で食すのがおすすめ。

トキイロヒラタケとは加熱調理を恐れる仲間。

クロードの髪と同じ青色をこれみよがしに見せつけていたが、照れるアニエスを見て何だか自分も恥ずかしくなってきた。


オトメノカサ(「女王が二本降臨しました」参照)

乳白色の傘を持つ、小さくて可愛らしいキノコ。

乙女な気配を感じると逃すことなく生えてくる、恋バナ大好きな野次馬キノコ。

「かーんせーつ、チュー!」と絶叫しながら生えてきたが、キノコなので声は届いていない。

ポケットの中で出会ったルリハツタケに、間接キスの尊さについて熱く語って若干引かれている。

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― 新着の感想 ―
[一言] ルリハツタケとトキイロヒラタケをスライスにして取り混ぜて、シーザードレッシングかけたら、色味がきれいそう。 生食できますよね?
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