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我慢って、何ですか

「すみません」

「謝らなくていいよ。……フィリップの影響とかいうのは、根深いな。精霊の加護も否定されていたんだよね?」

 握りしめていたアニエスの手をゆっくりと放すと、クロードの表情が少し曇った。


「はい。気味が悪いと、言われていました」

「……フィリップに未練はないよね」

「何もありません」

 食い気味の答えに苦笑したクロードは、アニエスの頭をもう一度撫でた。


「なら、フィリップの言っていたことは、忘れよう。少しずつでいい。……君を否定する者じゃなくて、肯定する者の言葉を選べるようにしよう。――ね」

 鈍色の瞳にまっすぐに見つめられると、何だか不思議な気持ちになってくる。



「シャルル様が、グラニエ公爵に対して私のケーキが効くと言っていたので。魔力はよくわかりませんが、精霊の加護なら効くかと思いまして」

 あんなに不安で言うことができなかった言葉が、何の障害もなくするりと出てきたことに、自分でも少し驚く。


「叔父のために、精霊に呼びかけてくれたの?」

 アニエスがうなずいた途端、あっという間にクロードに抱きしめられた。


「ありがとう、アニエス」

 腕の中で甘い果実の香りに包まれて恥ずかしいのだが、同時に何だか安心する。

 どうしたらいいのかわからずじっと動かずにいると、頭上から微かに笑い声が聞こえた。


「でも、今芽が出たので。すぐには」

「そんなの、いくらでも待つよ」


「それに、何の効果もないかもしれません」

「アニエスが叔父のために行動してくれたこと自体が嬉しいんだ。効果は二の次だよ」


 抱きしめられたままの状態で不安を訴えるが、どれもこれもクロードにあしらわれてしまう。

 何度も頭を撫でているクロードは、ちらりと顔を上げたアニエスと目が合うと、鈍色の瞳を優しく細めた。

 急に恥ずかしくなったアニエスは、クロードの胸を押して少し距離を取る。



「クロード様は……優し過ぎませんか?」

「それ、比較対象はフィリップだろう? アレと比べたら、そりゃあそうなるよ。……それに、これでもまだ自重しているんだけどな」

「ええ?」

 予想外の訴えに驚いて目を瞠る。


「本当なら、もっと君を甘やかしていちゃいちゃしたいかな」

「そ、そんなの困ります!」

 今でも既にアニエスの心臓は楽し気にスキップしているのだ。

 これ以上となれば、命に関わりかねないではないか。


「そう言うと思って、我慢している」

「我慢って。一体何をするつもりですか」

 既に抱きしめられたり、可愛いと言われたり……アニエスの限界に挑戦されている状態なのだが。


「うん? 言ってもいいの?」

 悪戯っぽく微笑むその仕草は可愛らしく、同時に恐ろしいほどの色気を放っていた。


「――だ、駄目です! やっぱり、いいです。我慢でお願いします!」

 何を言うつもりなのかはわからないが、何を言われてもアニエスが瀕死になる未来しか見えない。


 安全第一、健康第一。

 こんなところで死にたくはなかった。

 必死に答えるアニエスを見て、クロードはにこにこと満面の笑みを浮かべている。


「……楽しそうですね」

 少しの文句を込めて訴えたのだが、まったく伝わっていない。

「うん。楽しい。番を見つけると世界が変わるって聞いていたけれど、本当だね。今はアニエスとキノコが輝いて見えるよ」


「キノコは元々ですよね」

「輝きを増したね」

 初対面の時点で既にキノコの変態だったのに、更にキノコが輝いて見えるとは。

 どうやら変態のキノコ愛に、限界はないらしい。



「竜紋持ちは、番に助けられる部分が多い。それもあってか執着心が強いし、独占欲も強い。番にとって竜紋持ちは唯一の相手ではないからこそ、アニエスが俺から離れないようにしたくなるんだろう」

「竜紋の力、ですか?」


「というよりも、心の変化だね。俺はキノコが好きだけれど、アニエスのためなら少しは我慢できる」

「少しなんですね」

 我慢しても少しなのかと呆れるが、キノコの変態的にはかなりの譲歩なのだろう。


「今までなら考えられないことだ。竜紋のせいでそうなったというよりも、アニエスのためにすべてを組み替えたような感覚だね」


「……それ、怖くないですか? つらくないですか?」

 原因が竜紋でも何でも、自分が組み替えられるなんて、何だか恐ろしい響きだ。

 だが、クロードはゆっくりと首を振った。


「まさか。幸せだよ。だからこそ……アニエスに手を出す者には容赦できないだろうな」

 鈍色の瞳が一瞬鋭く光った気がするのだが、気のせいだろうか。


「でも、その心配はありませんし」

 手を出すというのは、要は女性としてのアニエスにちょっかいを出すということだろう。

 今までの人生を振り返っても、その心配は皆無だと思っていいはずだ。


「どうして、そう思うの?」

「だって、私はこの髪ですし。平民出ですし」


 それにフィリップに公開婚約破棄をされた女だ。

 しかも知られていないがキノコに全力で呪われている状態。

 キノコの変態なクロードでもない限り、近付こうとする気も起きないだろう。

 アニエスは真剣に訴えたのだが、クロードはがっくりを肩を落としてため息をついた。



「……うん、わかった。やっぱりアニエスは甘やかすことにする」

「ええ? だってさっきは我慢とか何とか」


「十分しているよ。でも駄目だな。フィリップのせいか、自分を否定しがちだ。まずは自己肯定感を育てて。自分のことをきちんと理解してもらわないと……色々、危ない」

 クロードはアニエスの頭を撫でると、桃花色の髪を一筋すくい取った。


「この髪は美しいし、アニエス本人も可愛らしいし、キノコまで生えて、とても魅力的だ」

「……それ、魅力の大半がキノコですよね」

「そうだけど、そうじゃなくて」

 その瞬間、破裂音と共にクロードの腕に二本のキノコが生えた。


 白い棒の上に鐘型の傘をかぶり、黄色のレースのマントを垂らす優雅なキノコと、同じく白いレースを揺らすキノコ。

 ウスキキヌガサターケと、キヌガサターケだ。

 一気に二本生えてきたことにより、若干周囲が臭くなる。

 だがそれを見たクロードの瞳がきらりと輝いた。



「アニエス、今日は空いている?」

「え? はい。特に何もありませんが」

「よし、じゃあ出掛けよう」

 そう言うなりクロードはアニエスの手を取り、畑の入り口に向かって歩き出す。


「ええ? どこにですか?」

「秘密」

 にこりと微笑まれてしまえば、何を返したらいいのかわからなくなってしまう。


「モーリス!」

 畑を出てクロードが声を上げると、廊下の奥から黒髪に朽葉色の瞳の青年が姿を現した。


「コモドに行く。使いを出せ」

「かしこまりました」

 頭を下げて素早く立ち去るモーリスを見送ると、クロードはアニエスの顔を覗き込む。


「ルフォール伯爵に声を掛けたら、すぐに出かけよう。……もう、俺と二人でも馬車に乗れるよね?」

 有無を言わさぬ王者の微笑みに、アニエスはうなずくことしかできなかった。



年末年始同時連載の「花嫁斡旋」完結しました!

ありがとうございましたm(_ _)m

ランキング入りに感謝いたします。



「キノコ姫」はまだ続きますよ!



【今日のキノコ】


ウスキキヌガサタケ(「女王が二本降臨しました」参照)

白い棒の上に鐘型の傘をかぶり、黄色いレースのマントを垂らす優雅なキノコ。

華麗な姿はキノコの女王に例えられる。

高級料理に使われる美味しいキノコだが、頭のネバネバは臭い。

一時間でドレスを身に纏い、三時間で一生を終える、美人薄命ならぬ美茸薄命なキノコ。

「アニエスの魅力を伝えるならドレス! 見て、この華麗なドレス!」とクロードに自慢のドレスを見せつけている。


キヌガサタケ(「女王が二本降臨しました」参照)

白い棒の上に鐘型の傘をかぶり、白いレースのマントを垂らす優雅なキノコ。

華麗な姿はキノコの女王に例えられる。

高級料理に使われる美味しいキノコだが、頭のネバネバは臭い。

レースのマントをおろす速度は菌界・植物界で一番の成長の速さ。

ウスキキヌガサタケと共に生き急ぎ系キノコとして名を馳せる。

服を仕立てると約束したのが待ちきれず、催促するためにウスキキヌガサタケと共に生えてきた。

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