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おねだりとご褒美

 ただの王族ならともかく、数少ない竜紋を持つ存在だ。

 後世のために血を残すことも重要な仕事だろう。

 そう思って聞いたのだが、クロードはきょとんとして目を丸くする。


 その肩には、赤みを帯びた褐色の傘……エセオリミーキが生えていた。

 すぐにそれに気が付いたキノコの変態は、さっそくむしり取るとポケットに収めた。


「――まさか。ありえない。俺にはアニエスがいる。……陛下の場合には、なかなか番が見つからなくてね。次期国王として婚約者が決められていた。結婚間近で母に出会ったが、すでにかなりの時間を待たせていたし、本人の希望もあって側妃という形になったらしいよ」


 番という相手がいるのにその側妃になりたいという感覚がアニエスにはよくわからない。

 だが高貴な家柄のご令嬢なのだろうし、長く待たされては適齢期を過ぎていたかもしれない。

 あるいは国王を愛していたのかもしれないし、単純に王の妻になりたかっただけの可能性もある。

 だが何にしても、アニエスには理解が難しい関係性だった。


「俺はアニエスに出会っているから、もう他にはいらない」

「そ、そうですか」


 この先、愛人をたくさん作りますと言われるよりは、全然いい。

 だが真正面からこんなことを言われれば、恥ずかしくなってしまう。



「さて。主な王族との顔合わせは終わったね。お疲れさま、アニエス。何か欲しいものはある?」

「何ですか、急に」

「頑張ったアニエスにご褒美。何がいい? 何でもおねだりしていいよ」

 何でもと言われても、咄嗟には何も出てこない。


「別に、何も……」

「うーん。それも困るなあ」

 たいして困っているとも思えないが、何となくクロードの求めには応じてあげたい。

 アニエスは懸命に考えると、ふとひらめいた。


「あの。何でもいいですか?」

「うん。何?」

 思った以上にクロードの食いつきが良く、迫る顔に少し体が引けてしまう。


「その。ケーキを作るので、食べてもらっても……」

 おずおずと訴えると、クロードはぽかんと口を開けて固まってしまった。

「……それが、おねだり?」


「だ、駄目ならいいんです。お忙しいでしょうし、口に合わなくても……いえ、お腹を壊してもいけません。――やっぱり、いいです。忘れてください」



 クロードは王族だ。

 本来ならば、口に入れるものは細心の注意を払わなければいけないはず。

 不衛生なものを出すつもりはないが、何が起こるかわからない。


 万が一の場合にはクロードの体調だけではなく、ルフォール家にも迷惑をかけてしまう。

 何と浅はかで愚かなことを言ってしまったのだろう。


 アニエスは自己嫌悪しながら、うつむいた。

 ため息が聞こえたと思うと、優しく頭を撫でられる。

 ゆっくりと顔を上げると、鈍色の瞳と目が合った。


「食べるに決まっているだろう? 楽しみにしている」

「ほ、本当ですか」

「もちろん」

 何だか胸の奥が温かくなって、アニエスの口元が自然に綻ぶ。


「……誰のご褒美か、わからないな」

 クロードはそう言って微笑むと、アニエスの髪をすくい取り、唇を落とす。


「きゃあ!」

 悲鳴と共に、クロードの肩にキノコが生える。

 軟らかい白い房状の無数のとげを丸い形に垂らしたキノコは、ヤマブシターケだ。

 今日もふさふさなので、クロードは右肩だけ白いエポレットをつけることになった。


「キ、キノコが欲しいのなら、口で言ってください!」

 言われたところで生えるのかはわからないが、こんな不意打ちではアニエスの心臓がもたない。


「そういうわけじゃないけれど。可愛いアニエスと、美しいキノコ。……俺は幸せだな」

 エポレットになったキノコを撫でながら、クロードはいつまでも楽しそうに笑っていた。




「いい香りだね、姉さん」

 厨房にひょっこりと顔を出したケヴィンは、そういうとクンクンと鼻を動かした。


 今日は朝から厨房に入り、侍女のテレーズと一緒にケーキを作っている。

 本来、貴族のご令嬢はケーキ作りどころか厨房に入ったりしない。

 だが、両親を亡くして塞ぎ込んでいたアニエスのため、ブノワが提案してくれたのだ。

 母直伝のレシピのケーキを作り、それを食べることで少しずつ元気になっていった、思い出のケーキだ。


 元伯爵令嬢とはいえ平民として暮らしていた母の作るケーキは、決して華美ではない。

 クリームや新鮮な果物を乗せたものではなく、みっしりと詰まった日持ちのするドライフルーツのケーキだ。

 既に二本焼き上げたが、冷ましながらも段々と不安な気持ちが芽生え始めていた。


「ケヴィン。このケーキじゃ地味でしょうか。これを王族にお出ししていいのでしょうか」

「いいに決まっているじゃない。殿下はきっと喜ぶよ」

「でも、お口に合うかどうか」


 好みの問題もあるが、そもそも王宮で作られるものを食べ慣れているクロードは、こんなに普通のケーキでは満足できないのではないだろうか。

 ケーキを作っている時は夢中で楽しかったのだが、今は心配のほうが大きかった。


 すると、破裂音とともにケーキの横にキノコが生える。

 褐色の繊維状鱗片に覆われて白い地肌が見えるのは、マツターケだ。

 甘い香りに包まれていた厨房に、特有の香りが広がっていく。



「……まあ、確かにキノコが生えたら殿下は喜ぶよね」

 ケヴィンはそう言うと、マツターケをむしり取って籠に入れる。


「でも、ケーキを作ったので。マツターケの香りはちょっと違うかなと思います」

 すると、アニエスの言葉を待っていたかのようにケーキの横に新たなキノコが生える。

 キラキラ光る細かい小鱗片を持った淡い黄褐色の傘のキノコは、キララターケだろう。


「いえ。キラキラして綺麗ですが、毒なので。クロード様が体調を崩してしまいます」

「じゃあ、これはこっちね」

 ケヴィンはキララターケをむしると、マツターケとは別の籠に入れた。


「それにしても。なんかさあ、本当にキノコ率が上がっているね。会話に参加してきている感じ」

「はい。何故かキノコの感度が鰻登りです」

 ケヴィンの言う通り、ただ生えているのではなくて、会話やアニエスの心情に細かく反応しているような気がする。


「……このままでは、私は本格的なキノコ姫になってしまうかもしれません」

 アニエスが真剣に訴えると、ケヴィンがお腹を抱えて笑い出した。




今日は、たっぷりキノコをお届けします!


「花嫁斡旋」同時連載中!

こちらもよろしければ、ご覧ください。




【今日のキノコ】


エセオリミキ(似非折幹)

赤みを帯びた褐色の傘の、食用キノコ。

オリミキというのはナラタケのことであり、『木材腐朽菌倶楽部』代表のナラタケとは仲良し。

だが、自身は『落葉分解菌倶楽部』に所属している。

「アニエスがいるのに他の女性に手を出すなら、倶楽部の仲間が黙っていないぞ」と警告しに生えてきた。


ヤマブシタケ(山伏茸)

軟らかい白い房状の無数のとげを丸い形に垂らしたキノコ。

ふわふわモコモコの毛玉に見えなくもない。

若いうちは真っ白で、段々褐色を帯びるらしいので、色の変化も楽しそう。

食用で、健康食品でもある。

アニエスの髪にキスしたクロードを見たオトメノカサに「髪に似ているから、ちょっと代わりに生えてきて」と押し出された。

とりあえず正装のクロードの肩でエポレットになれたので、満足して揺れている。


マツタケ(松茸)

褐色の繊維状鱗片に覆われて白い地肌が見える、言わずと知れた高級キノコ。

松が生えていると何となく根元を見てしまうのは、このキノコのせい。

ケーキの味を心配しているアニエスのために、自ら食べてもらおうと生えてきた。

ブノワあたりは毎回とても喜んでくれるので、アニエスに褒められるだろうかとウキウキしている。

だがスイーツとの香りのバランスの問題で、戦線離脱を余儀なくされた。


キララタケ(雲母茸)

雲母のようにキラキラ光る細かい小鱗片を持った、淡い黄褐色の傘のキノコ。

お酒を飲む人が食べると酷い食中毒を起こす。

以前に何度生えてもむしられ、クロードとちょっとした意地の張り合い……いや、キノコの生えむしり合いをした。

クロードが来ると聞いて「今度こそ負けない」と生えてきたが、一応毒キノコなので端に避けられた。

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[一言] ケーキにきのこの山を生やしたい
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