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耐えて、慣れて

「受け入れ難いというわけでは」

「そういうことだよ。フィリップ様がずっと、隠せ、見せるな、地味にしろ、目立つなって。さらに髪の色が厭われているって刷り込んで。おかげで全然、褒められ慣れていないんだ」


 刷り込みといわれるとよくわからないが、確かに褒められ慣れてはいない。

 そもそも褒めるところもないから、仕方がないが。


 すると、ケヴィンの腕に白い傘のキノコが生えた。

 わかりづらいが、おそらくはヤコウターケだろう。

 名前の通り暗闇で光るキノコだが、昼間の屋外ではただの白いキノコである。


「……そうか。なら、遠慮なく褒めることにするよ」

「そうしてください、殿下。わがままレディに相応しく、賛辞を浴びて生きてもらわないといけません」


 腕に生えたキノコをむしると、クロードに渡している。

 ……というか、さっきから全キノコをクロードに渡しているのだが。

 いつの間にキノコ取引が成立していたのだろう。


「まあ、アニエスは元々可愛いから。特に努力なんてしなくても、誉め言葉が出るけどね」

「ケ、ケヴィン……!」

 早速の攻撃的な言葉に、アニエスの心は挫けそうだ。



「耐えて、姉さん。慣れるんだ、姉さん。あと、殿下が言っているのはその通りだから。俺も父さんも常々言っていただろう?」

「だって」

 ブノワとケヴィンは家族で、だから優しくても当然で。

 でも、クロードは違うのだ。


「もう、次からは二人で馬車に乗ってね。ただいちゃついているよりも、見ていて疲れるし」

「そんな」

 ケヴィンがいても瀕死なのに、いなくなったら即死ではないか。


「ほら。そろそろ時間だよ、姉さん。殿下もこの後予定があるらしいから」

「そ、そうですね」

 とりあえず、この綺麗で危険な花畑からは離れた方がいい。

 このままではクロードから無限花攻撃を食らいかねない。


 急いで避難とばかりに馬車に駆け込むと、背後の二人が笑っている気配がする。

 だが、気にしたら負けだ。

 走り出した馬車の中でクロードの笑みに耐えられなくなったアニエスは、隣に座るケヴィンを見上げた。



「あの。もう少しだけ、一緒に……」

「駄目。姉さんがフィリップ様のせいで色々あれだから、殿下が呆れないかって父さんも心配していたよ」

 心配するならクロードよりもアニエスの方を心配してほしいのだが。

 この様子では、ブノワもケヴィンと同じ意見なのだろう。


「それは大丈夫。気長に待つよ、アニエス。俺と一緒で緊張するのは、意識してくれているってことだし。不安ならキノコが生えるかもしれないけど、それでもいいよ」


「……それがいいんですよね?」

「そうとも言うね」


 そうか。

 クロードにとっては、アニエスが緊張してキノコが生えるのは都合がいい。

 もしかすると、先ほどの花畑の件もわざとキノコを生やそうとしたのだろうか。


「殿下と契約していた頃は、もう少し平気だっただろう?」

「だって、あれは契約で演技だと思って」


 随分と熱心に演技しているなとは思ったし、多少ドキドキしたが、結局アニエスに向けられた言葉ではない。

 そう思えば、それほどつらいものではなかったのだ。


「やっぱり、慣れてもらうしかないですね」

「そうみたいだね。――アニエス、手を出して」

 よくわからないままに差し出すと、その手を取ったクロードはそのまま指に唇を落とした。



「ひゃあああ!」

 驚きのあまり悲鳴を上げて手を引くと、クロードがにこりと微笑む。


 その肩にはもはやお馴染みになりつつある乳白色のキノコ……オトメノカーサが生えていた。

 更に隣には傘部分が黄土色の球体で、その頂に赤橙色の星型の孔を持つキノコが生えているが、あれはクチベニターケだろう。

 ただの偶然だろうが、キスされた時にクチベニターケを見るのは、何となく恥ずかしい。


「今日はありがとう。また一緒に出掛けてくれる?」

「は……は、い」

 どうにか返事をすると、隣でケヴィンが心のこもらない拍手をしている。


「そうそう、その調子だよ。姉さん」

 その調子って、どの調子だろう。

 このままだと即死は確定なのだが、本当にこれでいいのだろうか。


「とりあえず、次は舞踏会に一緒に行こう。王家主催だから、皆にアニエスを紹介したいし」

「それはまた、お腹が痛いイベントですね。……キノコが心配です」

 最近の感度の上昇ぶりで忘れがちだが、そもそもキノコはアニエスの負の感情に反応しやすい。

 となれば、王族に紹介されるなどという緊張しかない事態に、キノコの危険は高まる一方だ。


「大丈夫だよ。俺がいるからキノコ関係は俺のせいになるだろう。だから、生えてもいいし、生えなくてもいい。アニエスは楽しんで。……あ、ドレスは贈るからね」


「ええ? いいですよ」

 既に何着もあるのだから、一度くらい着回したって問題ない。

 大体、誰もアニエスに興味などないのだから、ドレスも見られていないだろう。


「駄目。もう発注してあるから、必ず着てね」

「はい……」

 押されてそのままうなずくアニエスを見て、ケヴィンは楽しそうに笑っている。


「殿下、その調子でお願いします」

「ああ」


 笑みを交わす二人に、アニエスは何だか腑に落ちない。

 いつの間にこんなに仲良しになったのだろう。

 仲が良いのはいいが、二人で攻撃的なのは困る。

 アニエスはそっと小さなため息をついた。



「『理想の花嫁を探して幸せにして差し上げます』と言ったら、そっけなかった婚約者が何故か関わってきますが、花嫁斡旋頑張ります」

同時連載開始しました!


婚約破棄系(?)、暴走女子&意地っ張り男子のラブコメです。

よろしければ、こちらもお楽しみください。



【今日のキノコ】


ヤコウタケ(夜光茸)

日中は白い傘だが暗闇で緑色に光る神秘的なキノコで、世界一といわれる光の強さを誇る。

雨上がりや梅雨時に生え、寿命は三日ほどの生き急ぎ系キノコ。

無毒で食べられなくもないが、水っぽくてカビ臭い……何故そこまでして食べたのだ、勇者よ。

褒められるところはないと思っているアニエスに「そんなことないよ。私と一緒で、アニエスも凄く光ってるんだよ」と訴えたが、昼間なので光っていなかった。


オトメノカサ (「女王が二本降臨しました」参照)

乳白色の傘を持つ、小さくて可愛らしいキノコ。

乙女な気配を感じると逃すことなく生えてくる、恋バナ大好きな野次馬キノコ。

「手にチューしたあ!」と叫びながらクチベニタケを連れ出した。

最近、二人がいちゃついているので、何だか嬉しい。


クチベニタケ(口紅茸)

傘部分が黄土色の球体で、その頂に赤橙色の星型の孔を持つキノコ。

たこ焼きのてっぺんに穴が開いていて、穴の端が紅ショウガで染まっている感じ。

名前通り、まるで口紅をつけた唇の様な見た目。

「チューしてるから!」という理由で連れ出されたが、手の甲にキスだったので少し拍子抜け。

いつか本当にキスした暁には、クチベニタケ二人……二茸で再現したいと思い始めた。

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