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女王が二本降臨しました

「姉さんは結構面倒だと思っていましたが……殿下もだいぶアレですね」

「褒められると、照れるな」

「褒めていないと思います」

 ルフォール姉弟に怪訝な顔で見られても、クロードはまったく気にする様子がない。


「人の好みなんて、それぞれだ。迷惑をかけない限りは自由だよ。俺はキノコ好きだが、キノコの押し売りをしているわけじゃないし、いいだろう?」


 確かに、そう言われればそうか。

 クロードはキノコの押し売りなんてしない。

 ……アニエスでキノコ狩りはしているが。


「アニエスだって嫌がる相手に無理矢理キノコを生やして高笑いしているわけじゃないんだ。気にすることはないよ」

「はい」

 これはきっと、アニエスのことを気遣って言ってくれているのだろう。


「それから、どうせ生やすなら俺にして」

 ……いや、違う。

 ただのキノコの変態だった。


 アニエスが呆れたその瞬間、クロードの右肩に特徴的な形のキノコが生えた。

 白い棒の上に鐘型の傘をかぶり、黄色の網を垂らしているのはウスキキヌガサターケだ。



「……生えましたよ」

「生えたな!」

 クロードの鈍色の瞳がこれ以上ないくらいに輝いている。


「これは、ウスキキヌガサターケだね。何て素晴らしいドレスだろう。見て、アニエス」

「はあ。その網みたいなものですか?」

「嫌だな。繊細なレースでできたドレスのようだろう? この気品。さすがはキノコの女王だ」


 クロードはうっとりしているが、何となく臭い。

 恐らくは女王様が臭いの源なのだが、肩に乗せたクロードが楽しそうなので何も言えない。


「女王様は黄色なんですね」

「白いドレスのキヌガサターケもいるよ」

「あ、やめてください。そんなことを言うと、生えかねません」

 キノコの感度が上昇中の今、安易にキノコの名前を呼ぶのは危険な気がする。

 だがキノコの変態は、そんな理由では止まらない。


「いいじゃないか。このキノコはね、凄く成長が早いんだ。数時間で伸びて、ドレスを広げて、半日で変色して根元から倒れるんだよ」

「女王様は、ずいぶんと生き急ぐんですね」

 ということは、クロードの肩の上でドレスを広げているキノコも、半日もすれば変色してしまうのか。


「美人薄命と言うだろう?」

「キノコですよ?」

「なるほど、美茸か」


 真剣な表情でクロードがうなずくと、左肩に更なるキノコが生えた。

 右肩のウスキキヌガサターケのドレスを白くしたそれは、キヌガサターケで間違いない。


「……美茸が追加されました」

「――まさかのキノコドレス二本立て! 女王が二本!」

 大興奮で自分の両肩を交互に見るクロードに麗しの王子の片鱗はなく、ただのキノコの変態である。


「最高だな。ありがとう、アニエス。幸せだよ」

「はあ。良かったですね」

 女王様が二本降臨したおかげで臭いが倍増していて、ケヴィンも眉間に皺を寄せて鼻をつまんでいる。



「……殿下は、本当にキノコがお好きで」

「そうだな。十四歳の頃だったかな、キノコに目覚めたのは。以来七年、すっかり菌糸の虜だよ」

 思ったよりも長いキノコ歴に、感心するというよりは呆れてしまう。

 十四歳男子が何故菌糸に絡めとられたのか……怖いので知りたくはない。


「やっぱり、私ではなくてキノコが大切なのでは」

「何を言うんだ」

 常々思っていたことを口にすると、クロードは心外とばかりに表情を曇らせる。


「だって、クロード様はベニテングターケにプロポーズしましたし」

「あれは、あのキノコがあまりにも美しいから――」

 クロードの言葉を遮るように、右手の甲に赤いキノコが生える。

 赤い傘に白いイボという特徴的な姿は、ベニテングターケだ。


「……運命のお相手が生えましたよ」

 クロードは予期しなかったであろうキノコとの出会いに、歓喜のため息を漏らした。

「この傘の角度、整列するヒダ、この色にイボ。アニエスの生やすキノコは、本当に素晴らしい」


「やっぱり、私をキノコ発生装置だと思っていますよね?」

 キノコの変態だということはわかっていたが、こうもキノコに夢中だとアニエスはおまけなのだろうという気がしてならない。

 するとクロードは鈍色の瞳を瞬かせ、苦い笑みを浮かべた。


「違うよ。キノコは好きだが――アニエスの方が好きだ」



 アニエスが驚いて肩を震わせると同時に、ベニテングタケの周りに白いキノコが生えた。

 小さな乳白色の傘は、オトメノカーサだ。


 本当に、どれだけキノコの感度が上がっているのだろう。

 これでは常にキノコを入れる籠を持参しなくてはいけないではないか。

 意識を逸らそうとキノコ運搬手段を考えてみるが、頬が熱を持っているのは隠せない。


「まだ照れているの? 可愛いけど」

 にこりと微笑まれて、アニエスの頬は更に熱くなる。

「……あの。俺、邪魔みたいなので、そろそろ行きますね」

「やだ、待ってくださいケヴィン! 置いて行かないでください!」

 慌てて止めるが、ケヴィンは首を振る。


「いいじゃない。思う存分いちゃつきなよ。姉さんにはそういうのも必要だよ」

「何故ですか。待ってください、行かないで!」

 どうにか引き留めようとケヴィンの腕に縋りつくと、頭上からため息が聞こえた。


「あのさあ、おかしくない? 抱きつくなら弟じゃなくて恋人にしなよ」

「――こ、恋人?」

 その言葉に、アニエスはこれ以上ないくらいに目を瞠った。


早速、キノコだらけです……!



【今日のキノコ】


ウスキキヌガサタケ(薄黄衣笠茸)

白い棒の上に鐘型の傘をかぶり、黄色いレースのマントを垂らす優雅なキノコ。

華麗な姿はキノコの女王に例えられる。

高級料理に使われる美味しいキノコだが、頭のネバネバは臭い。

一時間でドレスを身に纏い、三時間で一生を終える、美人薄命ならぬ美茸薄命なキノコ。

キノコの女王と呼ばれたので、喜び勇んで生えてきた。


キヌガサタケ(衣笠茸)

白い棒の上に鐘型の傘をかぶり、白いレースのマントを垂らす優雅なキノコ。

華麗な姿はキノコの女王に例えられる。

高級料理に使われる美味しいキノコだが、頭のネバネバは臭い。

レースのマントをおろす速度は菌界・植物界で一番の成長の速さ。

ウスキキヌガサタケと共に生き急ぎ系キノコとして名を馳せる。

当然、せっかち。


ベニテングタケ(紅天狗茸)

赤い傘に白いイボが水玉模様のように見える、絵に描いたようなザ・毒キノコという見た目。

スー〇ーマ〇オなら1upしそうだが、実際は食べたらやばそう。

運命の赤い菌糸を感じ取っては生えてくるキノコで、クロードのひとめぼれの相手でもある。

あまりにも美しいというクロードの褒め言葉に、満更でもない。

だが、あくまでもアニエスの運命の菌糸を感じ取って生えただけだと自分を戒めている。


オトメノカサ(乙女の傘)

乳白色の傘を持つ、小さくて可愛らしいキノコ。

酢の物、和え物などにされるが、くせがなくて食べやすい。

乙女な気配を感じると逃すことなく生えてくる、恋バナ大好きな野次馬キノコ。

クロードの直球な告白に大興奮で揺れている。

アニエスの方が好きだという点で、クロードと意見が一致した。

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