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噂なんて、そんなものです

「何だ?」

 怒られはしないだろうとわかっていても、何となく聞きづらい。

 だが、これを逃せば聞く機会などないのだろうと、意を決して尋ねる。


「……火。火を噴いたり、とか」

「しない」


「竜の姿になったりは」

「しない」


「そ、そうなんですね」

「竜の血を引いていても、人間には違いないからな」


 アニエスの中で竜と言えば、絵本の中の存在だ。

 鱗に覆われた大きな体で火を噴いていた絵が思い浮かんだが、あれはやはり絵本の中の話らしい。


 王家が竜の血を引くという話自体は有名なので、絵本の様に火を噴くはずだなどという冗談半分の噂も聞いたことがある。

 噂でしかないとわかってはいたが、まったく期待しなかったと言えば嘘になる。



「がっかりした?」

 どうやら顔に出ていたらしく、クロードが楽しそうに笑みを浮かべている。

「いいえ。巷の噂では、そういう話があるもので。やっぱり、噂は噂なのですね。……『精霊の加護があるものは、息をするように魔法を使う』なんて噂のせいで、私も魔女のようだと言われていました」


 この場合の魔女とは、魔法を使う女性ではない。

 それこそ絵本に出てくる、悪い存在のことだろう。

 髪色だけではなくそんな噂もあったせいで、アニエスへの視線はあまり優しいものではなかった。


「……まあ、男の子をキノコまみれにしたせいもありますが」

「何だと、羨ましい!」

 キノコの変態が食いついたが、ここは聞こえなかったことにしよう。

 アニエスの冷ややかな視線に気づいたのか、クロードは気まずそうに咳ばらいをする。


「体が頑丈なのと魔法の耐性が高いのはあるが、竜になったり火を噴くというのは俺の知る限りないな」

「私も隣国の血を引いていますが、息をするように魔法を使うなんてことはありません。思った以上にキノコは生えますけれど」

「それは、素晴らしい話だな」


 クロードは笑顔だが、キノコの変態的にはいい話でも、アニエスにとっては悩みの種だ。

 いっそクロードにこのキノコの呪い的な加護があれば、平和解決するのに。

 世の中はままならないものだ。



「以前にご覧になった通り、私は精霊と意思の疎通を図ることができます。なので、あんまり酷い扱いをしてくる相手には、精霊にお願いしていたずらをしてもらいました」

「いたずら?」


「その子の家のお庭の草を背丈ほども伸ばしてもらったり。夜に部屋の中に光の玉を飛ばしてもらったり」

「……それはまた、可愛らしいいたずらだな」

「でも、効果はありましたよ」


 原因がわかっているアニエスからすれば、何てことのない精霊のいたずらだ。

 だが何も知らず、精霊の姿も見えない以上は、ただの怪奇現象だっただろう。

 散々アニエスを追いかけ回して嫌味を言っていた男の子達が、一斉に静かになったのだから、かなりの効果だと思う。


 当時を思い出したアニエスは、こらえきれずにくすくすと笑う。

 それを見たクロードは目を瞠り、次いで柔らかい微笑みを浮かべた。


「今も、そんなことを?」

「あ、いえ……。フィリップ様と婚約した後にこのことをお伝えしたら、気味が悪いし外聞も良くないからやめた方がいい、と叱られまして」

「……またか」

 舌打ちと共に、クロードは小さくため息をつく。


「ただでさえ髪と生まれで家に迷惑をかけているので、もうやめようと思ったんです。その頃から、精霊の気持ちもよくわからなくなりました」

「フィリップに随分と抑圧されていたんだな」


「そうかもしれません。でも、言いなりだったわけではありませんよ? お勉強をさぼるフィリップ様を窘めたり、マナーが悪い時にも窘めたり、結構口を出していました。……だから、嫌になったのでしょうね」


 髪と生まれで厭われている上に可愛げもないのだから、浮気したくなるのも仕方ないのかもしれない。

 こうして振り返ると自分が情けなくなり、アニエスはしょんぼりと肩を落とす。



「――フィリップの話は、もういい」

「え?」

 顔を上げると、クロードの眉間には深い皺が刻まれていた。


「あ、すみません。つまらない話でしたね」

 契約で一緒にいるだけのアニエスと、その元婚約者の話など、聞いていて面白いものではないだろう。


「違う、アニエスが謝ることじゃない。……俺は、君の髪を美しいと思う。精霊の気持ちがわかるなんて、凄いと思う。生まれが平民だとしても構わない。それを感じさせないほど努力した君は称賛に値する」

 突然何を言い出すのかと思えば、まさかの慰めにアニエスはぽかんとしてしまう。


「だから、もう我慢しないでいい。家のためとか、世間の噂とか、そんなものはいいから。アニエスの思うように、生きてほしい」

「あ、ありがとうございます」


 家族以外にそんなことを言われたのは初めてだ。

 混乱するアニエスの心に反応して、クロードの肩にキノコが現れた。

 橙がかった鮮やかな黄色の傘は、アンズターケだろう。

 即刻むしり取るのかと思ったのだが、何故かクロードは動かない。


「……そして、その隣に俺を置いてくれると、嬉しい」


 鈍色の瞳にまっすぐに見つめられ、アニエスの鼓動が跳ね、同時に小さな白いキノコと橙色の半円球のキノコが生えた。

 アンズターケに寄り添うように生えたのはオトメノカーサとヒイロターケだ。

 アニエスは謎の言葉に混乱するが、すぐにその意味を理解した。


「また、そういうことを。クロード様は契約に対して真面目に打ち込み過ぎです。そんな演技をしなくても、キノコは生えますから安心してください」


「そうなのか」

「そうですよ」


 クロードは肩に生えたアンズターケをむしると、その傘にそっと口づける。

 キノコにキスという常人ならば珍妙な光景も、美青年ならばそれなりに絵になるのだから恐ろしい。

 いや、確かクロードの香水はアンズターケが材料だったのだから、あれはただ香りを確認しているのかもしれない。


「俺は、俺が思ったことしか言っていないよ。……また、一緒に出掛けよう、アニエス」




 その後もクロードは足繁くルフォール邸に通って来た。

 加護付きの薬草も時々売りに行ったが、効きが良いと評判らしく、役に立てているのが嬉しかった。

 もちろんクロードかモーリスと一緒に行くように心がけたし、あれ以来特に問題なく過ごしている。


 クロードに生えるキノコの買取によって、お金も順調に貯まってきている。

 今度、一人暮らしをするのに必要な金額をしっかりと計算して、過不足を把握しなければいけない。

 そう思う反面、今の状態が心地良いと思っているのも確かだ。


 でも、勘違いしてはいけない。

 クロードが好きなのはキノコで、優しいのは契約で、その契約もじきに切れる。


 半年後だった王太子の婚姻の日は、もうすぐに迫っていた。


「キノコ姫」と「今日のキノコ」のスピンオフとして、「キノコのぼくと、お姫さま」というキノコが主人公のお話を書きました。


「キノコ姫シリーズ」を作成したので、よろしければそちらからご覧ください。



【今日のキノコ】

アンズタケ(「もはや、ただのキノコです」参照)

橙がかった鮮やかな黄色の傘を持ち、肉の部分は強い杏の様な香りがするキノコ。

クロード愛用の香水の材料。

アニエスのことを慰めてくれたお礼に、香水にされる覚悟で生えてきた。


オトメノカサ(「大切な人だから」参照)

小さな乳白色の傘を持つ、恋バナ大好き野次馬キノコ。

乙女な気配を感じる限り、何度でも現れる。

「隣にぃ!」とか「キスぅ!」と騒いでいるが、キノコなので伝わっていない。


ヒイロタケ(「もはや、ただのキノコです」参照)

半円球で扁平な、全身錆びついたサルノコシカケ的キノコ。

放って置くとどこまでも勝手に盛り上がるオトメノカサに、ブレーキをかける役割。

だが、あまりの盛り上がりぶりにどうしようもなく、ただ見守っている。


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― 新着の感想 ―
[一言] 恋バナ王「オトメノカサは滅びぬ!何度でも蘇るさ!」 そして美貌の王子にキスをされ香水と化す運命のアンズタケも本望なのでしょう。でも……そこはアニエスにキスぅ!
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