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キノコの手紙が届きました

「これ、見てもいいの?」

「どうぞ」

 内容はあれだが、別にアニエスに宛てられた内容ではないので構わない。

 だが見たいと言ったのは自分なのに、ケヴィンの表情が曇った。


「……せっかく書いた手紙を弟に読まれていると知ったら、殿下もショックじゃない?」

「ショックなのはこちらです。いいから読んでみてください」



 ========


 こんにちは、アニエス。

 君に会った舞踏会から、もう何日経っただろう。

 公務で次の夜会まで会えないのが寂しいけれど、君が生やしたキノコを眺めて過ごしているよ。

 黄色のキソウメンターケを眺めていると、君のドレス姿を思い出す。


 ========



「……何これ」

「キノコへの手紙です」


 一応申し訳程度にアニエスの名前は入っているが、手紙の相手はどう考えてもキノコだ。

 キソウメンターケのついでにアニエスのドレスを思い出したという、キノコ話だ。


「待って、続きを読んでみるから」



 ========


 桃花色の髪と黄色のドレスの組み合わせはとても美しくて、会場でも人目を引いていた。

 もちろん、俺も惹かれた内の一人だ。

 君の隣に立てる俺は幸せ者だ。

 キノコについてはきちんと対応するつもりだから、心配しないでどんどん生やしてくれ。

 また会う日を楽しみにしている。


 クロード・ヴィザージュ


 ========



「良かった。後半は姉さんを褒めているじゃない」

「でもトリはキノコです。『ひとめぼれで首ったけ』の相手に、ほぼキノコな手紙を送りますか? もうこれ、私という存在が、必要ですか? ただのキノコの催促ですよね?」

 ケヴィンはもう一度手紙に目を通すと、肩を落とした。


「殿下は浮いた噂一つない、と聞いたことがあるけれど。本当みたいだね」

 確かに、これは間違っても女性を口説く内容ではない気がする。

 もちろん、アニエスはそんな手紙を貰ったことはない。

 婚約者だったフィリップがくれる手紙は地味な装いを求める通達だったので、そういう意味では多少クロードの方がましではあるが。


「曲がりなりにも口説くという体で送る手紙が、ほぼキノコなんてことがありますか? ケヴィンはキノコな手紙を送ったことがありますか?」

「普通、ないと思うよ」

 あっさり否定され、ちょっと安心する。

 弟がキノコレターをしたためる男性だとしたら、かなりショックだ。


「ですよね! ……ケヴィン。これはやはり、そういうことですよね」

 ケヴィンは手紙を机に置くと、うなずく。

「そうだね。殿下は、意外と不器用――」

「――やはり、キノコの変態ですね!」

 食い気味に結論を言うと、ケヴィンが思い切り顔を顰めた。


「……何で、そうなったの?」

「だって、手紙では最初から最後までキノコですし。会った時もキノコに怯えることもなく、キノコあしらいも堂に入っていましたし。キノコに惚れたとか言いますし。これは、立派なキノコの変態です。――だから、あんな契約を持ち掛けてきたんですね」


 女性除けというのなら、もっと身分が高くて美しい女性の方が効果がある。

 それでもアニエスを選んだからには、ちゃんと理由があるはずだ。


「社交界広しと言えど、キノコを生やすのは私くらいで、髪色で嫌厭されています。こんなに便利な相手なら、興味も湧きますよね」

「キノコを生やすのは姉さんくらいだし、興味が湧いたという点は正しいだろうけれど。殿下の興味はキノコだけじゃないと思うよ」


「はい。この髪色は嫌厭されるので、そういう意味では女性除けにもちょうど良いのです。ただ、男性も除けるので、王子としては微妙な気がします」

 まあ、そのあたりはアニエスから離れれば良いだけなので、自分で上手く距離を取るだろう。

 ケヴィンは眉間に大きな皺を寄せると、がっくりとうなだれた。



「……ああもう。本当にフィリップ様の負の影響が酷い。あのへなちょこ王族、いい加減にしてほしいよ」

「フィリップ様がどうかしましたか?」


「いいかい、姉さん。何度も言っているけれど、姉さんの髪は綺麗なの。瞳はもちろん、顔立ちだってそこらの御令嬢には負けない美人なの。フィリップ様にはずっと否定されていただろうけれど、あれは」

「――わかっていますよ。フィリップ様はへなちょこ王族で、勘違い浮気野郎です」

「そう、そうだよ。だから」


「それでも、私が家族以外からどう見えるかを教えてくれました。その点だけは、感謝しています」

 地味色の装いもすべて、アニエスが悪目立ちしないようにと考えてくれたものだ。

 多少やりすぎな気もしたが、成果は上がっていたので、結局フィリップの言っていたことは間違っていなかったのだろう。


「――全然、わかっていないじゃないか。何で姉さんは、そこだけはフィリップ様を信じているのかな」

「だって、お父様もケヴィンも優しいから。私を貶めることは絶対に言わないでしょう?」

「そりゃあ、言わないよ。必要ないからね」

 きっぱりと断言するケヴィンに、アニエスは笑みを浮かべる。

「だから、真実を言ってくれたフィリップ様の言葉は、忘れていません」

 ケヴィンは何かを言いかけてやめると、大きなため息をついた。


「……この話を何度してもこうなるよね。結局、フィリップ様の呪縛が解けないことには、姉さんには伝わらない言葉があるんだ」

 ケヴィンは封筒を掴んで立ち上がるとアニエスに手渡し、代わりにススケヤマドリターケを手に取った。


「俺は、この契約も悪くないと思うよ。……殿下が姉さんを解放してくれるかもしれないしね」


【今日のキノコ】

キソウメンタケ(「キノコ愛が露骨です」参照)

地面から生えるフライドポテト的な黄色いキノコ。

でも、今日は生えていない。


ススケヤマドリタケ(「はやまったかもしれません」参照)

ビロードのような質感の暗褐色の傘を持つ食用キノコ。

ケヴィンに厨房に運ばれていくところ。

アニエスに「また会えるさ(晩御飯のおかず)」と言っているが、伝わっていない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎回キノコの呟きがツボに入ります。コロナ対策の笑いをいつも届けてくださってありがとうございます! [気になる点] アニエスとクロードがすれ違いすぎて不憫に思ったんですが、1番不憫なのはキノ…
[気になる点] 自己評価の低いアニエスに、 どうやって意識させる気なのか心配です。 このままではお互いのキノコ関連に理解のある文通相手になってしまう。
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