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精霊の加護

「……それ、姉さんに好意があるんじゃないの?」

 ケヴィンの予想外の言葉に、アニエスは目を丸くした。

「まさか。相手はキノコの変態です。冗談でも言って良い事と悪い事がありますよ」


 一緒に紅茶を飲みながら、弟の発言をたしなめる。

 すると、アニエスに同調するようにケヴィンの手の甲にキノコが生えた。

 帯灰褐色の傘に太い柄の、ウラベニホテイシメージだ。

 食べ応えのある食用キノコなので、後で厨房に届けよう。


「だってさ。婚約破棄のフォローでも、女性除けでもないんだろう? うちは親しくしたからといって利益があるような家でもないし。それなのに身持ちの固い殿下が、毎日花を贈って、ドレスも贈って、舞踏会のパートナーになってほしいって。……これが好意じゃないなら、何が好意なんだよ」


 ケヴィンは久しぶりに生えたキノコをむしり取ると、ティーポットに立てかけるようにして置く。

 こうして並んでいると、ちょっとしたオブジェに見えなくもない。

 アニエスはため息をつくと、ティーカップをそっと置いた。

 しっかりしてきたとはいえ、やはりケヴィンはまだ子供だ。


「いいですか? 殿下の身になって考えてください。私は従弟が浮気の末に捨てた婚約者で、大した身分も容姿もなく、嫌厭される桃花色の髪を持っていて、キノコを生やすんです。……これはつまり、女性を避けつつキノコを採集できるという、まさに一石二鳥の便利物件なわけですよ。都合の良い道具であって、好意とは別物です」

 姉として優しく事実を諭すが、ケヴィンは眉間に皺を寄せるばかりだ。


「ああもう。本当にフィリップ様の負の影響が凄いな。ろくな事をしないよ、あのへなちょこ王族。ついでにクロード殿下もややこしいし」

「この間からフィリップ様をへなちょこ王族呼ばわりしていますが、事実とはいえ人前で言っては駄目ですよ。あれでも一応、王族の端くれなのですから」


「そのあたりはちゃんと認識できているのにな。髪と精霊の加護と容姿については散々フィリップ様に聞かされたせいで、刷り込まれちゃって」

 ケヴィンの眼差しが、完全にかわいそうなものを見る目なのだが、どういうことだろう。



「一応聞くけれど。姉さんはフィリップ様との婚約に未練はあるの?」

「欠片もありません」

 へなちょこ浮気野郎など、こちらから願い下げである。

 即答するアニエスを見て、ケヴィンは困ったように笑った。


「そのあたりだけは、刷り込みを免れたみたいで良かったよ。……ねえ、姉さん。世の中には色んな考えや嗜好の人がいるんだ。キノコは……まあ置いておいて。その髪や精霊の加護にだって理解ある人がいるよ、きっと」

「……キノコの変態が、それですか?」

「何か違う気もするけれど。まあ、無条件に嫌うよりは良いだろう?」


 なるほど、確かに一理ある。

 変態部分にばかり目が行っていたが、確かにクロードはアニエスの髪を気にする様子はなかった。

 正確に言えばキノコ以外眼中にないという感じではあるが、あれも髪に対する偏見はないと表現すれば、何とも公平な王子に見えてきた。


「そうですね。殿下ならば私が美人でなくても桃花色の髪でも、気にしません。キノコさえあれば良いわけですから」

 腑に落ちて納得したアニエスとは対照的に、ケヴィンの表情は曇っている。


「……なるほど。こんな感じで、肝心のところはフィリップ様の悪影響を逃れたのか。身分と容姿と精霊の加護で卑屈にさせたが故の、好意に対する知覚鈍麻。あのへなちょこ王族、本当にろくな事をしないな。……でもまあ、完全に洗脳されなかったのは幸運か」

 ぶつぶつと何やら呟いているが、よく聞き取れない。


「ケヴィン? どうかしましたか?」

「何でもないよ。少し殿下がかわいそうだなと思っただけ」

 ケヴィンが指でつつくと、ウラベニホテイシメージはティーポットの横にぱたりと倒れた。




 最近のアニエスは、髪をおろして明るい色のワンピースを着ている。

 きつくまとめていないので頭が軽いし、何だか楽しい。


 髪をまとめること自体は嫌いではないが、フィリップに文句を言われないようにという理由がよろしくなかったのだろう。

 自分の意思で髪型を自由にできるというのは、思った以上に気分が晴れる。

 すっかり御機嫌になったアニエスは、青空に誘われて久しぶりに庭を散策していた。


 アニエスは桃花色の髪以外に、もう一つ隣国の血による特殊なものを持っている。

 それが、精霊の加護だ。

 精霊を感じ取れるし、何となく気持ちもわかる。


 見えるといっても光の玉の姿だし、気持ちがわかると言っても何となく喜んでるな、くらいのものだが。

 それでもヴィザージュ王国にはそんな能力を持つ人はほとんど存在しない。

 しかも、精霊に語りかけることで祝福を分けてもらうこともできる。


 実はキノコもその一環で、アニエスの感情に反応しているらしいのだ。

 加護というよりは若干呪いじみているが、何故キノコが生えるのかという理由は謎である。



 以前は庭の草花に語りかけては精霊を感じていたが、ある日それを見かけたフィリップに気味が悪いと叱られ、やめるように言われた。

 フィリップに怒られても怖くはないが、いちいち文句を言われるのも面倒だった。

 それに、その頃は貴族としておかしくないようにと気を張っていたので、言われた通りにしたのだ。


 そのまま月日は流れ。

 すっかり精霊を感じ取ろうとすることも、語りかけることもなくなってかなり経つ。

 もしかすると、もう加護も弱まっているかもしれない。

 ……キノコは変わらず生えているが。

 というか、キノコの感度は寧ろ上がっている気さえするが。


 アニエスは立ち止まると、足元の花の蕾を見た。


【今日のキノコ】

ウラベニホテイシメジ(裏紅布袋占地)

帯灰褐色の傘に太い柄を持った食用キノコ。

苦みがあるので、茹でこぼすか焼く処理が必要。

更に、毒キノコのクサウラベニタケやイッポンシメジと似ているので、十分な注意が必要。

ケヴィンに色々注意を促すためにやって来た、世話焼きシメジ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 草花にも存在を感じ取れていたということは、精霊は別段キノコ専属でもなかったのですねぇ。ホッとしたような残念なような、複雑な気持ちです。 パタリンコする世話焼きシメジと、それを指でツンツンす…
[一言] 身内なら美味しいキノコが生えるんですね~
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