指輪と精霊の契約
ポンという破裂音と共に、鏡に暗褐色の傘のキノコが生える。
傘裏のヒダが同心円状なのは、ウズターケだろう。
クロードが「ウズターケのようにフリルが沢山のドレスもいいね」と言っていたが、今のアニエスはまさにその通りの装いだった。
濃い青と水色の生地を使ったドレスは、水流のように滑らかに流れるデザイン。
スカート部分は二色の生地でフリルの花が咲き乱れ、上に行くにしたがって小ぶりになり、腰回りには可愛らしい白い小花が散らされている。
胸元や髪も同様の小花で飾り、全体に透明のビーズと真珠が散らされて、まるで水飛沫のように輝いていた。
「可愛らしいのに、美しく上品。納得の出来です」
「アニエス様の清楚な魅力が存分に引き出されていますね。これで間違いなく骨抜きです」
騎士という名の侍女状態の二人は満足そうなので、笑みを返すことしかできない。
まだ骨抜きとか言っているが、対象が謎なのでむしろ恐怖だ。
こうしてみると、クロードが今までどれだけアニエスを気遣ってくれていたのかが、よくわかる。
可愛いは正義であり、それに逆らうことは罪。
二人は、貴族令嬢として王族の婚約者として、当然の装いにしてくれただけだ。
それはアニエスのためであり、クロードためであり、ヴィザージュのためでもある。
抵抗などできないし、してはいけない。
可愛いものは嫌いではないのだから、いける……はずだ。
いや、いかねばならない。
闘志を燃やしながらジェロームとナタンと合流すると、案内されたのは王宮を出てすぐ隣にある立派な建物だ。
白い壁と丸みを帯びた屋根が印象的な聖堂に入ると、高い天井と美しいステンドグラスが目を引く。
色とりどりの光を浴びたモザイクタイルの床を進むと、そこには既にオレイユ国王が待っていた。
聖堂中央に立つ国王の前に、アニエス達三人が並ぶ。
騎士はおろか使用人すら誰もいないのは、ナタンの進言によるものか。
あるいは、これから話す内容が公にできないものだからかもしれない。
アニエス達が挨拶をすると、国王は堂々とした態度でそれを受け入れた。
「まず、手荒な招待になってしまったことを詫びよう。すまなかったな」
やはり、アニエス誘拐に国王が関わっていたらしい。
だがまさか開口一番に謝罪されるとは思わず、まじまじと国王を見つめてしまう。
これは、ナタンが事前に話をして反省したととらえればいいのだろうか。
誘拐や脅迫はどうかと思うが、一国の王を糾弾する術などアニエスにはないし、今後の安全が保障されれば問題ない。
「何故、私をオレイユに連れてこようとなさったのですか?」
一番知りたいのは、そこだ。
キノコが生えるのは珍しいとしても、用件があるのならば普通に招待すればいいだけ。
それなのに誘拐という手段を取った理由が、アニエスにはわからない。
「オレイユでは精霊の加護を四つに分ける。そこまでは聞いたかな」
「はい」
花、葉、根、キノコの四つについては、ナタンに教えてもらったので把握している。
「それぞれの加護の代表であり頂点である王に、受け継がれている指輪がある。私の指輪が『花の王』の『花弁の指輪』だ」
そう言って向けられた右手には、赤い色の石がついた指輪がはめられている。
「キノコの指輪を手に入れれば、私もキノコの加護が得られると思ったのだ」
キノコの指輪と言えば、思い当たるのはたった一つ。
アニエスは左手の指に輝く、水玉模様のキノコ付き指輪に視線を落とした。
「……まさか、クロード様がくれたこの指輪にそんな力が」
キノコの変態のキノコへの執念が、実を結んでいたとは。
王子が婚約者に贈った指輪をくださいとは言えないだろうし、直談判しようと思いあまって誘拐したということか。
理解も共感もできないが、とりあえず理由がわかって少しスッキリする。
「違う。それはただのキノコ型の指輪……というか、凄い形だな」
「私の趣味ではありません」
明らかに国王が引いているが、酷い濡れ衣だ。
慌てて否定するが、指輪がキノコ型なのは紛れもない事実。
いまいち納得していない様子の国王は、咳払いをすると話を続けた。
「それぞれの加護の王の指輪は、精霊との契約の証。指輪自体はあくまでも形代でしかないが、それでも魔力が込められている」
「クロード様は、精霊と契約していたのですね」
キノコの変態のキノコ愛が、想像を遥かに超えている。
一体いつの間にそんなことになっていたのかはわからないが、クロードはキノコのためなら何でもできるのだろう。
「だから違う。大体、それはただのキノコ型の指輪だろう。私が言っているのはオレイユ王族に伝わる指輪だ」
クロードのキノコ契約疑惑はどうやら勘違いだったようだが、それでも国王の話は腑に落ちない。
「ですが、キノコの加護を持つ王族は二十年ほど前に亡くなった、とナタン殿下に教わりました」
「これを見るといい」
そう言って国王が掲げたのは左手だ。
緑青色の石が美しい指輪だが、何となくジョスが持っていた物に似ている気がする。
「アニエス。君の実の父親の名前は?」
「……ジョス・ミュール、です」
その言葉に、ナタンがぴくりと眉を動かす。
「ミュールは、オレイユ貴族に存在します。ミュール家からは先々代の側妃が出ていて……」
ナタンはそこまで話すと、はっと息をのんだ。
「君の父親の本当の名前は、ジョスラン・オレイユ。――キノコの加護を持つ、王族だ」
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もちろん、「今日のキノコ」もありますよ。
(/ω\)キャッ、キノコたっぷり☆
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【今日のキノコ】
ウズタケ(渦茸)
傘裏のヒダが同心円状という、まさかのぐるぐるキノコ。
暗褐色と地味色ではあるが、フリフリドレスのペチコートだと思えばエレガント。
ぐるぐるには気苦労も絶えず、一部網目状になる子も多い。
傘の表に剛毛を生やすこともあるが、中国名の「肉桂色集毛菌」という名前には納得いかないおしゃれキノコ。
「アニエスとお揃いのフリフリ!」と喜んでおり、あとで皆に自慢しようと思っている。








