四つの加護の王
告げられた内容も衝撃だが、わざわざそれを言いに来る理由がわからない。
すると、ナタンが困ったように微笑んだ。
「アニエスさんには以前にお伝えしましたが、陛下は重度のキノココンプレックスです」
「キノコ……?」
初めて聞いたであろう謎の言葉にジェロームが怪訝な顔をしているが、二度目のアニエスでもよくわからないので当然だと思う。
「様子がおかしいのでヴィザージュに同行しましたが、まさかこんな馬鹿なことをするとは」
ナタンは深いため息をつくと、紅茶を一口飲み込んだ。
「オレイユは精霊の加護の篤い国ですが、その力の質によって四つに分類されています」
「ちょっと待て。それは言ってもいいことなのか?」
慌てるジェロームとは対照的に、ナタンに気にする様子はない。
「良くはありませんが、死守するようなものでもない。ジェローム殿下もご存知でしょう?」
「まあ。ヴィザージュは竜、オレイユは精霊の力で国を守っているのは、王族なら周知の事実だが」
「その力に差があるのもしかり。国民ですら大まかには把握している。最重要事項以外は、漏れても問題はない……ですよね?」
確かに、ヴィザージュでも王族は竜の血を引いているというのは当然の認識だった。
番というものもあるらしいと知られていたし、オレイユでも似たような感じなのだろう。
「オレイユでは王族を二つ名で呼ぶことがあります。今の国王は『花の王』ですが、聞いたことがあるでしょう?」
「先代が『根の王』というのは聞いている。その王が国外に出なかったということは、ヴィザージュで言うところの竜の力を持つ者と同じ扱いなのだろう」
「そうですね。先程も言いましたが、力の質で四つに分類されています。一番多いのが花の加護を持つ者で、その頂点が『花の王』。現在の国王陛下がこれに該当します。次に葉と花の加護持ち。私はここに当てはまり、『葉の王』とも呼ばれます。そして根と葉と花の加護を持つ『根の王』が先代ですね」
つまりオレイユの王族は何らかの加護を持っていて、それが花・葉・根に分かれる。
更にその代表的な立場を、それぞれ王として呼ぶということか。
「『根の王』は基本的に国外に出ません。その理由はヴィザージュでも同じでしょう。大体王族の半分以上が花の加護持ち、残りは葉と根で二分割くらいの割合だと思ってください」
「それだと三つだろう。もう一つはどうしたんだ?」
そう言われてみれば、確かに花・葉・根では三つだ。
ナタンは四つに分かれると言っていたのだから、数が合わない。
「あまりにも稀なので、存在自体をほとんど知られていませんが。キノコの加護、があります」
「キノコ」
アニエスとジェロームの声が重なり、ナタンが困ったように笑った。
「花・葉・根に加えてキノコの加護を持つ者です。特に精霊の加護が篤いと言われる王族ですら、滅多に現れません。だからこそ手元に置きたいのでしょう。陛下は『花の王』。稀な力に対して、とても強い劣等感を持っていますから」
ナタンの説明によると加護持ちのほとんどが花の加護だというから、希少性という意味では『花の王』は確かに低いのかもしれない。
「キノコを生やす人を一人しか知らない、と言ったのを憶えていますか? 私の叔父なのですが、とても優しい人で、小さなキノコを生やして見せてくれました」
ナタンの表情は穏やかで、その人物との思い出はいいものなのだろうと察することができる。
同じキノコを生やす者として、そういう存在であるというのは少し羨ましい。
「もう二十年ほど前に亡くなっていますが」
「そうですか」
できれば一度会ってみたかったが、残念だ。
「陛下と叔父は異母兄弟なのですが、叔父がキノコの加護を持っていたのがきっかけでキノコをこじらせたようです。先代の即位の際に『キノコの王』を望む声も多かったそうで。その影響もあるのでしょう」
『キノコの王』とは、また何とも言えない破壊力のある言葉だ。
クロードが喜びそうではあるが、今はそんな話をしている場合ではない。
「その方は、何故即位しなかったのですか?」
「先代と陛下が王妃の子、叔父は側妃の子。先代は『根の王』で十分な加護を持っていたというのもあります。何より、叔父は加護の性質は希少でも、魔力量には恵まれなかったらしくて。それでも七年前に先代が亡くなった際には、叔父が生きていれば『キノコの王』だったのにと言う者がいたようです」
もともと花の加護持ちで希少な加護に劣等感があったものを、更にそこでこじらせたわけか。
「仮に平民にキノコの加護持ちが現れたとしたら、王宮に招いて相応の地位を与えることでしょう。ですが、それはオレイユ国内の事情。他国の、それも王族の婚約者に対して、あまりにも失礼です」
ナタンがわざわざ訪ねてきた上にこんな話をしているのだから、アニエス誘拐にオレイユ国王が関わっているのは間違いないのだろう。
キノココンプレックスとやらはよくわからないが、とにかく長年こじれているらしいということだけはよくわかった。
「明日、陛下との謁見が予定されていますよね?」
「ああ。本来は今日、到着の挨拶の予定だったが、延期してもらったからな」
「その場に、私も同行します。場所も人目が少ないように王宮の謁見の間ではなく、隣の聖堂にしてもらいました。そこでアニエスさんに手を出さないようお願いするつもりです。……アニエスさんが王宮仕えを望むのならば、話は別ですが」
「それは困ります」
そんなことになったらヴィザージュを離れなければいけないし、誘拐するような国王に仕える気はない。
「ですよね」
笑っているところを見ると、アニエスがその道を選ばないとわかった上で言ったようだ。
以前の忠告といい、国王相手でも道理を曲げない対応をしてくれる公正な人で良かった。
あるいは優しかったというキノコの叔父を思い出して、懐かしんでいるのかもしれない。
「そういえば、ヴィザージュの王族で私が作ったものをキラキラしている、という方がいまして。どういうことか、わかりますか?」
竜の力が強いから見えるというのなら、クロードも見えるはずだし、基準がよくわからない。
「恐らくは精霊の加護の欠片のようなものが見えているのでしょう。見る適性の問題です。私も、叔父が力を使った後に見たことがあります。強い加護の力が使われた証とも言えますね」
「そうなのですね」
単純に力の強弱ではなくて、その性質によるということか。
シャルルは見るのが得意と言っていたし、竜の力にも色々あるのだろう。
「それで、あの……アニエスさんに、ひとつお願いがあるのですが」
「何でしょう」
アニエスに不利なことを提案するようには見えないが、想像がつかない。
「キノコを、生やしてもらえませんか? 子供の頃に叔父に見せてもらった光景が、忘れられなくて」
麗しい王子が照れながら頼んでくる内容としては何だかおかしいが、ナタンは真剣なので笑うわけにもいかない。
「キノコは勝手に生えるので、今できるかどうかは」
「精霊に呼びかけてみては?」
平然と告げられた死刑宣告に、アニエスの頬が引きつった。
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