可愛いです、では伝わらない
馬車からおりたジェロームは設定通りに振る舞い、マントをかぶった怪しいアニエスを連れて王宮内の部屋に案内させた。
手違いがあったようだが、第四王子と婚約者も滞在する。
疲れたので国王との謁見は後日にし、今夜の歓迎の宴も欠席。
蒼白になる担当者にそう告げたジェロームは、ソファーに座ると大きなため息をついた。
「あの……いいのでしょうか」
ソファーの向かい側に腰を下ろしたアニエスは、マントを握りしめたまま困惑する。
「もとはと言えば、あっちのせいだからな」
「ですが、もしも王族が関係なかったとしたら」
サビーナの発言から王族が関わっているとは思うのだが、万が一違っていたら。
訪問のお礼に来たはずが、とんでもない失礼な対応をしていることになる。
「その時はその時だ。今はとにかくアニエス嬢の安全と、さっさとクロードに会わせることが最優先。女性騎士がいて良かったよ。王宮内の使用人じゃ、信用できないからな」
そう言って向けられた視線の先には、女性が二人立っている。
「王宮内では俺の隣の部屋にしてもらった。嫌だろうが、何かあるといけないからな。もちろん女性騎士は同室で護衛する」
「ですが」
騎士達は本来ジェロームの護衛なのだろうし、いくらなんでもアニエス中心にしすぎではないだろうか。
「あのな。アニエス嬢に何かあったら……いや、もう攫われているが。とにかく、クロードはアニエス嬢のためなら王宮を潰す。これは戦争回避の為に必要な措置だ。今は従ってもらう」
「は、はい」
何だか怖い単語が並んでいるし、アニエスに拒否権などないということだろう。
「宴の予定がなくなって暇だ。あとで茶でも付き合ってくれ」
「は、はい。あの」
立ち上がったジェロームに続いて慌ててアニエスも立つと、少し嫌そうに眉を顰められる。
「まだ何かあるのか?」
「助けていただいて、ありがとうございます」
アニエス一人でヴィザージュに帰るつもりではあったが、上手くいったとしても数日では到底叶わない。
その間ずっとクロードに心配をかけるところだったものを、連絡してもらった上にこうして気を配ってもらっている。
迷惑をかける負い目はあるが、それ以上に感謝でいっぱいだった。
深く頭を下げてから顔を上げると、ジェロームは穏やかな笑みを浮かべている。
「ああ、気にするな。アニエスは、俺の妹だからな!」
何故か上機嫌の様子でそう言うと、そのまま部屋から出て行った。
「……どういう、意味でしょうか」
ずっとアニエス嬢と呼んでいたのに、何が変わったのだろう。
もちろんどちらでも構わないのだが、少し気になった。
「僭越ながら申し上げますと、殿下のお言葉通り。アニエス様を妹として大切に思っていらっしゃるのでしょう」
騎士はそう言って微笑むと、アニエスに一礼する。
「この度、アニエス様の護衛兼身の回りのお世話をさせていただきます。私はテニエ。こちらはジョナです」
黒髪と茶髪の二人はまだ若いが、第二王子の他国訪問に護衛としてついているのだから、相応の実力者なのだろう。
「さあ、着替え……の前に、まずは入浴ですね」
テニエは素早く腕まくりをすると、アニエスが纏っていたマントを引き剥がす。
「え、あの?」
この格好で王宮内にいるわけにはいかないのは、わかる。
ついでにお風呂に入れたいのも、まあわかる。
だが何故、二人は獲物を見るような視線をアニエスに向けているのだ。
「女性騎士はその立場上、貴人女性の護衛と身の回りの世話をする機会が多いです。本職にはさすがに負けますが、ヘアアレンジには自信があります。お任せください」
ジョナはにこりと微笑むが、騎士の仕事にヘアアレンジは含まれないと思うのだが。
「ですが、着替えもないので。そんなに急がなくても」
「既に手配済みですので、ご心配なく」
テニエもまた微笑んでいるが、「腕が鳴る」とか言っているのは気のせいだろうか。
そのまま入浴する羽目になったアニエスは、抵抗空しく二人に磨き上げられる。
着替えたのは水色の可愛らしいワンピース。
装飾は決して派手ではないが、繊細なレースとリボンがとても可愛らしい。
そう――とても、可愛らしい。
「何か問題がありましたか?」
ジョナが髪を梳かす間にテニエに問われたアニエスは、思い切って胸の内を伝えることにした。
「可愛いです」
「はい。可愛いですね」
「とても、可愛いです」
「そうですね。とてもお似合いです」
二人の笑顔の返答に、アニエスは成す術がない。
どうにも伝わらないが、嫌なわけではないし、申し訳なくて「もう少し地味にしてください」とは言えない。
これもまた、精神鍛錬の一環だと思うしかないか。
諦めてキノコの指輪をはめると、きらりと宝石が輝く。
こうしてみると、クロードは本当にアニエスの気持ちを汲んでくれていたのだと痛感する。
可愛い服を贈っても渋る相手だなんてつまらないだろうに、それでもアニエスのペースに合わせてくれていたのだ。
優しいけれど、ただ甘やかすだけではなく、本来のアニエスを取り戻そうと尽力してくれる人。
アニエスをキノコごと受け入れて、魂の伴侶だと言ってくれる人。
……クロードに、会いたい。
こんな風にクロードのことを考えるのは、ジェロームと合流して一人ではなくなったと安心しているからだろう。
気を緩めず、迷惑をかけないようにしなければ。
ここは、オレイユの王宮。
アニエスを攫った者の目的は、未だ不明なのだから。
ジョナ渾身の編み込みが完成したところで、アニエス達はジェロームの待つ部屋へと向かった。
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何と本日、ノー・キノコデー。
きっとキノコ達もアニエスを守る同士が増えて安心していることでしょう。
でも生える。
それがキノコ。








