キノコの道標
まさかのキノコに驚くが、屋根の上のキノコには誰も気付いていないらしく、歓声だけがあたりを包んでいる。
変な騒ぎにならなくて良かったと安堵した瞬間、ゆっくりと走っていた馬車の扉が勢いよく開いた。
中から身を乗り出すように姿を現したのは、山吹色の髪の美青年――ジェロームだ。
突然のことに集まった人々がわっと歓声を上げるよりも早く破裂音が響き、馬車からアニエスまで一直線に赤い傘のキノコが整列して生えた。
タマゴターケを頭頂部に生やした人を視線でたどると、行き着いた先に立っているのはフードをかぶったアニエスだ。
桃花色の髪は見えていないはずだが、ここまで露骨なキノコの道標があればさすがに気付いたのだろう。
すぐに騎士がやってきて案内され、馬車の中に乗り込む。
「アニエス嬢で間違いないな?」
「は、はい」
フードで髪も顔も見えない上に、地味の極みの格好だ。
立派な馬車に座るのも汚してしまいそうで申し訳ないが、今は聞かれたことに答えるのが先決だろう。
フードを脱いで顔を出すと、ジェロームの表情に安堵の色が見えた。
「すぐにクロードに連絡するよう手配しろ。一刻も早く、だ」
ジェロームの指示に騎士はうなずき、扉が締められるとほどなくして馬車が動き出した。
「まず、無事か?」
「は、はい。手首を縛られていたくらいですので、怪我はありません」
「それは怪我に入る。あとで手当てさせよう。それで、その……それ以外は」
あっさりアニエスの意見を却下したかと思うと、何やら歯切れが悪い。
「いや、女性が攫われたわけだし……言いづらいとは思うが」
「ああ、もしかして貞操的なことですか? やはり、攫われた相手では王族に相応しくないので、婚約解消でしょうか」
「何かされたのか⁉」
険しい顔で身を乗り出すジェロームに、アニエスはゆっくりと首を振る。
「いいえ。そういう意味では問題ありません。大丈夫です」
「そうか。良かった」
深いため息と共に椅子にもたれる様子からはアニエスを心配してくれたのだとわかり、何だか嬉しい。
「何かあれば対応が変わるだけのことだ。婚約が解消されることは絶対にない。……とにかく虐殺だけは防がないと、戦争になる」
婚約の話をしていたのに急に物騒な話題が出てきたが、よく意味がわからない。
「それで、何があったんだ?」
促されるまま事の次第を説明すると、ジェロームは忌々しいとばかりに舌打ちをした。
「俺が知らせを受けたのは国境の町だ。お茶を飲んでいるところに賊が侵入。伯爵夫人は負傷し、アニエス嬢は攫われたと聞いた。バルテの邸から攫われたのに足取りがつかめないのはおかしいと思っていたが、そういうことか。……クズ共が」
ということは、クロードもそういう認識でアニエスを探しているのだろう。
サビーナの怪我とやらは自作自演だとは思うが、効果はあったというわけだ。
「本来ならばすぐにクロードのところに戻したいが、今アニエス嬢を一人で帰そうとしてもきっとまた襲われるだろうな」
それは、恐らくそうだと思う。
ここまで手間暇かけてアニエスを連れてきたのだから、逃げ出したくらいのことで諦めるとも思えない。
大勢の人の目がある中でこの馬車に乗ったので、オレイユ側もアニエスの居所を把握したはずだ。
「こうなると、俺と一緒の方がまだ安全だろう。さすがに訪問中の王族の連れに手を出すほど馬鹿ではないはずだ。しばらくは行動を共にしてもらうぞ」
「ご迷惑をおかけして、すみません」
アニエスが頭を下げると、ジェロームは首を振る。
その鈍色の瞳にクロードを思い出し、少し心が落ち着くのがわかった。
「気にするな。あいつが暴れるよりましだ。できるだけ早く連絡するよう命じたし、クロードも調査しているだろうから、もうこちらに向かっているかもしれない。本当はオレイユに入るのはあれだが……来ないわけがないからな」
竜紋の力は、ヴィザージュを出ると弱くなる。
バルテの泉で空気が薄いようなものだと言っていたのだから、ヴィザージュを出たらどれだけつらいのだろう。
心配なので来てほしくないが、もう使いは出したのだし、クロードは恐らく来る。
「せめて、つらくないといいのですが」
ぽつりとこぼれた呟きに、ジェロームも小さくうなずいた。
しばらくすると王宮に到着したらしく、馬車がとまる。
するとジェロームは傍らに置いてあったマントを手に取り、アニエスの頭からかぶせた。
「アニエス嬢は第四王子の婚約者として同行するんだ。その格好はさすがにおかしいから、隠しておけ」
確かに今のアニエスは平民の中でも地味かつボロボロの服装なので、違和感というよりも不信感しかないだろう。
「ですが、第二王子と一緒にいるのもおかしくありませんか? それに、もともとジェローム殿下お一人と連絡してありますよね?」
「クロードは遅れたことにする。連絡には手違いがつきもの。オレイユ側の用意が間に合わなくても、寛大な心で許すつもりだ」
堂々と無茶をいうあたりは、さすが王族。
感心するアニエスに、ジェロームはにやりと笑みを返した。
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【今日のキノコ】
タマゴタケ(卵茸)
卵型、饅頭型、平らな形に変化する、赤いキノコ。
似ている毒キノコも多く、安易に食べてはいけないが、食べたら美味しい。
「湯上り卵肌」という言葉は自分のことだと思って茹でられてみたところ、美味しく食べられてしまったことがある、うっかりキノコ。
「ここにアニエスがいるよ!」と自慢の赤い傘を震わせてアピールした道標キノコ。
アニエスにむしられて一緒に馬車に乗る予定だったが、うっかり民衆の頭に取り残されて少し切ない。








