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妹だから、兄だから

 馬車の扉が開くと、そこには使用人達が整列していた。


 少し驚いたが、この馬車に乗っているのは王子二人。

 それもオレイユ訪問を控えた重要な立場だ。

 賓客として出迎えるのは当然とも言える。


 ジェロームとクロードに続いて馬車からおりると、そこにはフィリップとその妻となったサビーナの姿が見えた。


「少しの間だが、世話になる。……バルテ侯爵の姿が見えないが?」

「申し訳ございません。父は病がちで臥せっておりまして」


 領主であるバルテ侯爵がいないのならば、ここで代表として返答するべきは次期当主となるフィリップのはず。

 娘のサビーナが答えるのが駄目というわけではないが、何故かフィリップはこちらを見てニヤニヤしている。

 どう見ても話を聞いていないけれど、大丈夫なのだろうか。


「無理する必要はない。体を大切にするよう、伝えてくれ」

「ご配慮、ありがとうございます」

 サビーナが頭を下げるのにも気付いていないのか、やはりフィリップはニヤニヤしたままだ。



「久しぶりだろう。挨拶くらいしたらどうなんだ、アニエス」

 その高圧的な物言いは確かに懐かしいが、いくら何でもこの場でそれはおかしいと何故気付かない。


 今は、国の代表として他国に赴く王子の出迎えの場。

 バルテ侯爵に変わってジェロームに挨拶するどころか無視した上に、アニエスに文句を言うとは何事だ。


 怖くはないが昔を思い出してモヤモヤするし、あまりにも浅はかな対応に呆れてしまう。


「アニエス嬢は、王位継承権第二位のクロードの正式な婚約者。陛下直々に、既に王族の一員として認めている。この意味がわかっているのか、フィリップ」


「おまえはもう王族ではない。バルテ侯爵令嬢の夫であり、ドラン伯爵だ。身分はアニエスの方が上。少しは態度を改めたらどうだ」


「それは、その」

 王子二人に睨まれたフィリップは不満そうだが、長いものに巻かれるへなちょこ野郎に反論する気概などない。

 そもそも二人が言っているのは正論なので、言い返すこともできないだろう。


 それにしても、クロード達を睨み返せないのはわかるが、アニエスをじっと見るのはやめてほしい。

 その帽子の下の頭皮は復活したのか気になってくるので、本当にやめてほしい。


 すると願いが天に届いたのか、ポンという破裂音と共にフィリップの腕に黄褐色の傘のキノコが生えた。

 カラハツターケに気付いたフィリップは慌ててむしって放り投げるが、それをサビーナが怪訝な目で見ている。


 サビーナからすれば、王子に注意されたフィリップが突然キノコを取り出して投げているのだから、意味がわからないことだろう。


 更に落ちたキノコをクロードが拾うものだから、サビーナの眉間にはどんどん皺が寄っている。

 わざとではないが、何だか申し訳ない。


「ゆ、夕食は一緒に」

 キノコに怯えながらの提案に、呆れた様子の王子二人は肩をすくめながらうなずいた。




「あれは、まだ未練がありそうだな。気をつけろよ、クロード」

「言われずとも」

 案内された部屋で紅茶を飲んで一息つくと、王子二人がうなずき合う。


「アニエス嬢はフィリップよりも身分が上なんだから、遠慮しなくていいぞ」

「はい」


「それから、俺にもそんなに緊張しなくていい」

「は、はい」

 まだ慣れないせいで勢いよく返事をするアニエスに、クロードとジェロームが顔を見合わせる。


「その。俺は愛想がいいわけでもないし、うちは男兄弟だろう? 女性に慣れないというか」

「下心が見え見えの御令嬢をあしらうのは上手ですけどね」

 王族が御令嬢に転がされても困るのでいいのかもしれないが、クロードの合いの手はどうかと思う。


「だが、アニエス嬢は……妹だからな!」

 決め台詞のように言われたが、結局何のことかわからない。

 困ってジェロームの隣に視線を向けるが、クロードは何だか楽しそうだ。


「つまり、兄上はアニエスと仲良くしたいんだよ」

「……その言い方は、何とかならないのか」


「そういうことでしょう?」

 笑みを返すクロードを見ながら困ったように頭を掻いているが、これはもしかして照れているのだろうか。



「まあ、あれだ。怯えなくてもいいってこと。俺は、アニエス嬢の兄でもあるからな」


 クロードと結婚すれば、その兄であるジェロームは当然義兄になる。

 だが、これはそういう形式的なことをいっているのではなくて、アニエスを本当の妹のように思っているということだ。


 アニエスのことを認めると……家族の一員だと思っている、と。

 その言葉が嬉しくて、口も頬も一気に緩むのが自分でもわかった。


「はい!」

 心がほかほかと温かくなって幸せな気持ちでいると、何故か隣にクロードが座ってきた。


 この数日、馬車ではずっと正面に座っていたのに、どうしたのだろう。

 不思議になってじっと見ていると、それに気付いたクロードがにこりと微笑む。


「兄上と仲良くしてくれるのは嬉しいけれど、あんまり可愛い笑顔を振りまいたら駄目だよ」


 笑顔を振りまいてなんかいないし、可愛くなどないし、そんなことをしたらジェロームに迷惑だ。

 色々言いたいことはあるのだが、穏やかで美しい笑みに言葉が出てこない。


 今更ではあるが、このキノコの変態は本当に容姿が整っている。

 平たく言えば、格好いいので反論できない。



「わ、私は」

「アニエスは?」


 ここで否定の言葉を紡ぐのは労力がいる。

 それ以上に、クロードを悲しませてしまうのだろう。


「か……可愛い」

 最適解を求めた結果、以前に復唱させられた台詞が出てきた。


 事情を知らないジェロームからすれば、突然の『自分は可愛い』という宣言。

 呆れるというよりも心配されそうな事態だが、クロードは満足そうにうなずいている。


「アニエスは……?」

 これはもしかして、続きを言えと促されているのだろうか。


 既に十分恥ずかしいのに、何という仕打ち。

 キノコの変態のくせに、鬼だ。


「……できる」

 それでも笑顔の圧力に逆らうことはできず、しぶしぶ正解を出すアニエスにクロードはご満悦だ。


「はい。よく言えました。偉いね」


 そう言ってアニエスの髪を一筋すくい取ると、そっと唇を落とす。

 更なる羞恥の追い打ちに、もう震えることしかできない。



「おまえ達、変な遊びをしているんだな」

 呆れた様子で肩をすくめる気配がするが、恥ずかしくてジェロームと目を合わせることができない。


「愛情表現ですよ。あとは訓練」

「まあ、何でもいいさ。二人の仲が良ければ、それで安心だ。……できれば、フィリップの前で見せつけてやれ」

 まさかの追い打ち指示に慌てて顔を向けると、ジェロームが鈍色の瞳を輝かせて笑う。


「言われずとも」

 同意しているということは、フィリップの前で見せつけますという宣言と同じ。


 ……バルテ侯爵邸滞在は、苦難の連続かもしれない。

 アニエスは麗しい王子二人の笑みの中、そっとため息をついた。








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【今日のキノコ】

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消化器系の中毒症状を起こす毒キノコ。

強い辛味があるので、辛みを感じた場合は飲み込まないこと……その前に、よくわからないのに口に入れるのをやめればいいと思う。

「アニエスが減るから見るな! 口の中に生えるぞ、辛いぞ!」とフィリップを威嚇している。

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― 新着の感想 ―
[良い点] むしる、投げつける、拾う [一言] サビーナもかわいそうな気がなんとなく、しません
[一言] やっぱりフィリップは冬虫夏草に内蔵栄養にされるのが似合いだな
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