まるでキノコの女神様
「いやあ。相変わらず、美男美女でキノコだねえ……おや?」
店主は何かに気付いたらしく近付いてくると、じっとアニエスの手を見ている。
「指輪が、キノコ」
確かにアニエスの左手の薬指には、クロードからもらったキノコの指輪が輝いている。
これはあくまで婚約の証なのだが、今日のアニエスはキノコブローチにキノコネックレスまで装備したキノコ女子。
ただのキノコ好きとして認識されるのだろうが、とんだ濡れ衣ならぬ濡れキノコである。
「あの、これは」
「言わなくてもわかるよ、大丈夫。それにしても婚約? 結婚かな? どちらにしてもめでたいな。二人のおかげでキノコ関連商品もよく売れているし、お礼とお祝いをしないと」
アニエスの言いたいことは伝わっていないような気もするが、それよりも店頭で何かを凝視しているクロードの方が気になる。
「キノコの髪飾り、ですか?」
「おお! さすが目が高いね。それは銀製だよ」
クロードが手に取ったそれは銀色の髪飾りで、大きなキノコの横に数本の小さなキノコが寄り添った形をしている。
「これを髪につけたら、アニエスから輝くキノコが生えているみたいだろう?」
瞳を輝かせて訴える様子は麗しいが、言っている内容がおかしい。
大体、婚約者が頭にキノコを生やして歩くなんて……喜ぶのか。
本当にキノコの変態は理解を超える。
だが、あまりにも楽しそうな笑顔に水を差すこともできない。
結局、笑顔の店主とクロードに勧められ、桃花色の髪に銀のキノコを生やした状態のアニエスはお店の前を立ち去った。
「これ、ピンクの化身よりもヤバくありませんか? 人として大丈夫ですか?」
ゆっくりとルフォール邸に向かって歩きながら、アニエスは呟く。
ネックレスやブローチならあくまでも装飾品だと言い張れるが、これだけ自己主張の強いキノコはとても隠し切れない。
どう考えてもアニエスがキノコの変態にしか見えないのは、納得がいかないのだが。
「大丈夫だよ。桃花色と銀色が互いに引き立て合って、まるでキノコの女神様のように美しいから」
「駄目ですよね、それ。人としては終わっていますよね」
「アニエスはどんなキノコを生やしても可愛いから、安心して」
何ひとつ安心できないことを、誰もが見惚れる微笑みで語るのはやめてほしい。
美貌と変態とキノコの間で、アニエスの情緒は大混乱である。
するとアニエスに同意するかのようなタイミングで、破裂音があたりに響く。
クロードの腕に生えたキノコは、白い傘が薄い膜状の波を打っていて、フリルの塊に見える。
ハナビラターケをむしってポケットに入れながら、ふとクロードが首を傾げた。
「あれ? そういえば、アニエスにキノコは生えないね」
そう言われてみれば、確かにアニエス自身に生えたことは今まで一度もない。
キノコの呪い状態なのに、呪われた本人に生えないとは謎である。
「まあ、生えなくていいですけれど」
「そうだね。アニエスはキノコが生えてもきっと似合うけれど……むしって痛そうなのは嫌かな」
キノコの変態がキノコに関して消極的とは珍しいと思ったが、最後の一言は聞き逃せない。
「キノコって、むしると痛いのですか⁉」
今まで数えきれないほどのキノコを生やしてはむしっていたのに、まさかの苦行だったとは。
衝撃で思わずクロードの腕を掴むと、ハマグリ型のこぶのようなキノコが生える。
ヒトクチターケをむしったクロードは、穏やかな笑みのまま握りしめたキノコを見つめた。
「全然痛くないから、安心して。キノコ達がどうやって生えているのかはわからないけれど、本当にただそこに現れているだけ。俺を害することはないし……まるで、アニエスに会いに来ているみたいだね」
とりあえず、キノコをむしるたびに苦痛に耐える被虐趣味のキノコの変態ではないようだ。
ほっと息をついて腕を放すと、クロードは手にしていたキノコをポケットにしまった。
「もともとは、負の感情に反応して生えていたんだろう? アニエスの感情次第では、もしかしたら痛い生え方をするのかもしれないね」
そう言われてみれば、フィリップには結構な面子のキノコが生えた。
果たしてむしる時に痛かったのかどうかはわからないが、問答無用で皮膚から毒が吸収されるキノコも生えていたし、無害でないことは確かである。
「ちょっと、怖いですね」
キノコの変態がキノコで喜んでいるぶんには平和だが、アニエスのせいで苦痛を味わう人がいるかもしれないというのは何だか嫌だ。
「大丈夫。キノコ達はアニエスのことが好きだよ。むやみに君の周りの人間を傷つけるようなことはしない」
「何故、わかるのですか?」
「キノコは素晴らしい生き物だからね!」
クロードの言葉に賛同するように、破裂音と共に白い傘のキノコが生える。
ヤコウターケをむしって楽しそうに眺めるクロードを見て、アニエスは肩をすくめた。
キノコと意思疎通を図ったのかと思ってしまったが、さすがのキノコの変態でもそれはないか。
ひと安心のような、無条件でキノコに篤い信頼を寄せる変態がちょっと怖いような、複雑な気持ちだ。
引いてしまうことも多いが、それでも嫌ではないのだから、アニエスもだいぶキノコの変態に毒されているのかもしれない。
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【今日のキノコ】
ハナビラタケ(花弁茸)
白い傘が薄い膜状の波を打っていて、フリルの塊に見えるキノコ。
食用で、歯切れの良さが特徴。
『木材腐朽菌倶楽部』の一員。
菌糸を心材に進入し、木を腐らせて土に返す仕事も請け負っている働き者。
「アニエスの桃花色の髪を飾るのは、私!」と気合いを入れて生えたが、あっという間にクロードにむしられた。
「こうなったらポケットからちらりと覗くイケてるキノコになるしかない」と路線を変えることにした、現実を見るキノコ。
ヒトクチタケ(一口茸)
樹木の側面に沿ったハマグリ型で、下部はクリーム色、上部は褐色で光沢があるキノコ。
木にめり込んだ栗饅頭という感じ。
美味しそうな名前に、美味しそうな見た目だが、美味しくないらしい。
隙あらば撫でられたい、ちゃっかりキノコ。
「アニエスにむしられるチャンス!」と慌てて生えてきたが、結局クロードにむしられた。
アニエスに触ってはもらえなかったが、何だかじっくりと見つめられたので満足。
ヤコウタケ(夜光茸)
日中は白い傘だが暗闇で緑色に光る神秘的なキノコで、世界一といわれる光の強さを誇る。
雨上がりや梅雨時に生え、寿命は三日ほどの生き急ぎ系キノコ。
無毒で食べられなくもないが、水っぽくてカビ臭い……何故そこまでして食べたのだ、勇者よ。
キノコは素晴らしいというクロードの主張に「よくわかっているな! キノコは暗闇で光ることもできるぞ!」と誇らしげに生えてきたが、昼間なので光っていなかった。
「まだトレーニングが足りないのか」と筋トレ……菌トレを再開した。








