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トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
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 和香の作成した資料で、研修会がはじまった。テキストを開きながらスライドの画像で説明していく形は思ったよりも効果があり、言葉だけだと飽きてうつらうつらしてしまう用務員さんたちが、熱心に前を向く。言葉で説明する由美さんを感心しながら見ていたら、いきなり話が振られたりするので、和香もまったく気が抜けない。

「そんなわけで、最近熱中症になりかけた榎本さんに、体験談をお願いしましょう」

「えーっ! ちょっと待って!」

 大勢の前で発言するための心の準備ができなくて、声を上げる。

「大丈夫大丈夫、どうなったのか言えばいいだけなんだから」

 頬を押さえて立ち上がると、頑張れと参加者から声援がある。

「ご、ごめんなさい。喋るのが上手じゃないので、わかり難いかと思いますが」

 つっかえつっかえの経験談に拍手をもらい、恐縮して席に戻る。なんだかとても清々しいが、反省しきりでもある。


 この仕事を掃除したり花を育てたりするだけって表現するなんて、もったいない話だ。日常的に目にする仕事にだって、まだまだ覚えることも新しい情報もある。そんなことは知らないけれど学びの少ない仕事だと思っている人なんて、もともと和香の環境に興味なんてないのだ。

 水木先生と、恋愛できるかも知れないと思っていた。自分よりも知識をたくさん持っていて、生徒たちにもそれなりに人気があって、声を荒らげたところなんて想像もできない人で。けれど和香に関心のない人に心を傾けるほど、和香は水木先生に関心は持てない。このまま無意味に観察しあうことに、意味は見いだせない。

 短い恋愛モドキだったなとは思うけれど、次に誘いがあったとすれば断ろうと思う。先日の和香の反発に水木先生がどう思ったのかは知らないけれど、あれは言って良いことだった。


「はい、では雑談に入ります。それぞれの学校で、何かトピックスはありますか」

 副社長の司会で我に返り、用務員さんたちの話に耳を傾ける。現場の話は笑いあり困りごとありで、面白いのだ

「榎本さんの提案で、校庭の果実を職員室に届けるようになりました。とても喜んでいただいているので、他の学校でもそうしたら良いかも知れません」

 舘岡中の番になって、唐突に自分の名前が出る。学校によっては舘岡中のアンズだけでなく、ウメやカキやビワなどが植えられている場所も多いので、自分が考えているよりも多くの同意が来た。妙に嬉しくなって、立ち上がって会釈した。目立たないように虐められないように、なんて考えもしなかった。それよりも、認めてもらった嬉しさが上だ。


 閉会になってランチの宴会場に移るとき、植田さんが隣に並んだ。

「良い研修会になったね。和香ちゃんが一生懸命資料作ってくれたから」

「由美さんの説明が良かったんだと思います。私は会議の内容をまとめただけだし」

「いやいや、俺なんかあんな資料作れないからね。和香ちゃんがいて助かったよ」

 パソコンなんてたくさんの人が使えるし、画像を検索することなんてもっと簡単だ。それでもトクソウ部にとっては特殊技能で、和香が必要とされていると思うには、充分。良かったなと噛み締めていると、隣にもうひとり並んだ。

「おまえ、質疑応答のときに目ぇ開いて寝てたろ」

「寝てないってば!」

「じゃあどんな質問があったか、言ってみろ」

 答えられません。その時確かに、水木先生とのやりとりを思い出してました。竹田さんは本当に、案外と他人を見ている。

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