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トクソウ最前線  作者: 春野きいろ
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 土曜日に作業着を干していたら、休みの日に珍しく由美さんからSNSにメッセージが入った。虎太郎君のサッカーの試合で近所に来ているから、昼ごはんでも食べないかと言う。予定はないので大喜びで出ることにして、ファミリーレストランで待ち合わせた。最近少々活動的になった娘を、母親は片眼を閉じて見ているようだ。和香には七歳下の弟がいるのだが、和香よりも余程活動的で予定が多い。和香が中学生のときは部活が終わったらまっすぐ家に帰っていたが、弟はそのあと公園なんかで遊んでいて、なかなか帰ってこない。

「おひる、会社の人と食べに行ってくる」

 家を出ようとした和香に、母が窺うように返事する。

「男の人?」

「女の人と、そこの子供。じゃ、行ってくるね」

 同級生が彼氏だの結婚だのと言いはじめた中、休みの日に予定なさ気な娘を心配してくれるのは、有難いって言えば有難い。けれどももう少し、放っておいて欲しい。今、何か見つけられそうな気がしているのだから。


 ファミリーレストランに到着すると、もう席に着いている由美さんと虎太郎君が手を振っていた。

「今日は勝ったから、アイス食べていいんだよね?」

「ごはんが終わったら、だよ」

 親子の会話が楽しくて、和香もニコニコする。

「オレね、ハンバーグとエビフライ!」

「食べきれなかったら、アイス頼めないよ? ドリアとかにしといたら?」

「食べられるもん!」

 由美さんは笑いながら自分用を軽いメニューに決めて、和香のオーダーを確認してから呼び出しボタンを押した。普段見られない顔は、相手が男でも女でも、なかなか興味深い。

「私さ、仕事終わるととっとと帰っちゃうし、あんまり和香ちゃんとペアにもならないから、一回一緒にごはんしたかったんだよね。オマケ付きで申し訳ないけど、許して」

「誘ってくれて嬉しいです。休みの日って、ゴロゴロしてるうちに終わっちゃうから」

 そんな会話ではじまって、インコカフェはどうだったかなんて話になる。インコは可愛かったけどお茶だけで終わっちゃった、と返事をして、次の約束を取り付けないで帰しちゃダメだと叱られた。


「あ、でも、明日また会うんです。一緒に花の種買いに行くの」

「花の種? なんで? まさか新居のベランダとか言わないでしょうね」

 運ばれてきたハンバーグとエビフライをナイフで切って虎太郎君に渡した由美さんは、自分の分のパスタをフォークで掬った。

「新居って、誰の。理科の教材です」

「え、相手は教師? まさか仕事中に声かけられたって話?」

 そうか、相手は言っていなかったなと、舘岡中から転任して経谷中で再会したのだと説明した。必要かなと、鳥の展示会に誘われたことも言った。そして翌日のホームセンターの件。

「いいじゃん、公務員! 和香ちゃんみたいな子なら、そうやって安定してる相手がいいよ。ガンバレ!」

 頑張れと言われたって、何を頑張れというのだ。和香の困った顔を、由美さんはニヤニヤして見ている。

「もう食べられないー」

 ハンバーグとエビフライだけを食べてつけ合わせとごはんを残した虎太郎君を叱りつけ、由美さんは食べ残しを口に運ぶ。

「お母さんって、逞しい……」

 ついこぼれてしまった感想に、和香ちゃんもそうなるよと笑われる。こんなに楽しくランチができるのは、とても久しぶりだ。


 食後のデザートを頼んだあと(満腹のはずの虎太郎君は、パフェを頼んだ)、仕事の話になった。

「経験者の男の子でも入ってこないと、次のリーダーは和香ちゃんになるね。私は虎太郎が小学生の間は、リーダーなんてできないし」

 頭のなかにクエスチョンマークが並ぶ。

「次の、って。竹田さんがいるじゃないですか」

「竹田ちゃん、今年は解決するんじゃないかなあ。お父さんが施設に入れそうだって言ってた。元の会社が待っててくれてるらしいし」

 聞いてない。竹田さんはいなくなる人なの? だってトクソウは竹田さんのための部署だって言ってたじゃない。

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