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忘れえぬ絆  作者: rourou
三章 別れと再会
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07話 悪戯

 グレキオスの笑顔を見て、ケイスは眉をしかめて何事か言おうとした。

 が、それを止めて。


「ん?」


 ケイスは背後を振り向いた。


 そこにはリエラが居た。

 リエラを先頭にして、真っ青な顔のダレクが。

 ダレクに肩を貸していて、しかし服を自らの血で汚しているシトラスが。

 その二人を支える様にして、サテナが。


 セラの攻撃が止んだことで接近出来たのだろう。

 しかし、ダレク達は余程の痛撃を受けたのだろうか。

 ケイスの目から見ても、ダレクはそのまま病院に搬送されていてもおかしくない状態に見える。

 シトラスも同様だ。ダレク程ではないが、顔が白い。付着する血を見るに、かなりの量の血を失っているのだろう。

 サテナは二人に庇われた様だが、それでも多少出血はしたのだろう、疲労が顔に張り付いている。


 ダレクは青白い顔を激しく振って、一度ぐらりとバランスを崩した。

 シトラスに支えられて何とか持ち直して、しかし、激しく言い募った。


「ケイス……ケイス。何故!戻ってきたんだ!?」


 ケイスは表情をピクリとも動かなさなかった。

 だがダレクは構わず。


「あのまま居なくなっていれば、お前は!お前を!!」


 ケイスが記憶から消えてなくなり。

 そして姿をくらませた。

 なるほど、そのままならばダレクはケイスと戦わずに済んだだろう。

 殺さずに済んだだろう。


 だが今、記憶は戻り。

 そして、ケイスはダレク達の前に立っている。


 ダレクの叫びを、しかしケイスは切って捨てた。


「知るか。悲劇ぶるなよ。うざってぇ」


 殺そうとしたのはそちらだ。被害者はこちらなのだ。

 なのに、何故そんな顔をしているのだと。


 ダレクはかぶりを振った。

 そして周囲の惨状を指示して、叫ぶ。


「こんな!こんなことがあって、どうするつもりなんだ!?もう何人も――」


 ケイスも周囲を見回して、少なくとも街の一角から建物が消えていることを理解した。

 だけども、それはケイスにはどうだっていいことだった。

 先に斬り捨てたのは、あちらなのだから。


「いつもそっち(・・・)が先にやってたんだ。たまたまこっち(・・・)が先にやっただけだろ」


 ダレクは目を剥き、歯を食いしばり。

 何かを言おうとして。


「いいから黙ってろよ。あんたらの言葉は聞こえないんだ(・・・・・・・)


 ケイスの冷めた目を見て、何も言えなくなった。

 それは赤の他人を、どころではなく。

 通りすがりにあった邪魔な障害物を見るような目だった。


 ケイスは割り切っていた。

 どうしても守りたいものは、この場に於いてはディールだ。

 当然ながら勇者達ではないのだ。


「兄さん」


 だがしかし、リエラだけはあちら側(・・・・)から、構わず絡んで来た。


「あー……」


 途端にケイスは困り顔になった。

 正直に言えば、リエラへの対応を決めかねているのだ。

 昔から、距離を取っても構わず擦り寄って来る妹。

 勿論そのせいで散々苦労して来てはいるが、彼女自身に罪があるかと言えば、そうではない。

 だから嫌いでは無く、苦手。しかも、恐らく命も救われている。


「またどこかに行く気ですね?」


 リエラは据わった目をしていた。

 疑問口調だが、確信している声色だった。


「……」


 ケイスが困り顔のまま頭を掻き、何を言おうか悩み始めると。

 それをどう受け取ったのか、


「私も行きます!」


 リエラは叫んだ。


「はあ?」


 ケイスは目をまん丸に見開いた。

 ケイスだけではない。ダレク達も、セラ達もだ。

 驚愕の視線を一身に受けるリエラは、全く怯む様子も見せなかった。


「一緒に連れて行ってください!」


 真っ赤な顔で叫び続ける。

 そのまま、こちらに向けてズンズンと足を踏み出し始めた。


「ま、待――ッ!!」


 ダレク達が慌ててリエラの肩を掴んで止める。

 娘を敵のど真ん中に送りたくはない、娘も失いたくはない、などと色々と理由があるだろう。

 しかし、リエラは頭に血が上りきっていた。すぐ様こちらをそっちのけで揉め始めた。

 流石にダレク達はこちらを気にしている様だが、それでは頭に血が上って、理性など捨て去っているリエラを説得できるわけも無い。

 それを見て、ケイスは頭抱えて「めんどくせぇ」と呻いた。

 そしてセラに助力を乞うため、視線を向ける。


 するとセラは、「はいはい」と言う顔をして魔法を発動させた。

 頭に血が上っているリエラも、ダレク達も反応できなかった。


「あ?!兄さ――」


 気付いて対抗しようとした瞬間には、四人纏めて風の膜に覆われた。そして一瞬で、明後日の方向に吹っ飛んで行った。

 街の反対側にでも着弾したことだろう。


 それを見送って、ケイスは「ふーっ」と溜め息を吐いた。


「悪い悪い。んで、どうするんだ?」


 そして改めてグレキオスに質問し直した。


「そうですね……」


 グレキオスは今の間に答えを出していた。


「もうちょっとだけ。もう少しだけ早くに、貴方たちに出会えていたら。そうしたら良かったのですが」


 手遅れだった、と。


「おい」


 ケイスが眉を歪める。

 グレキオスはだが、ゆっくり首を横に振った。


「もう遅いんです。遅かったんですよ。御覧なさい。私はここまでのことをした。ここに来る前も、たくさん殺した。だから、もう遅いんです」


 この体になってからですら、何人殺したかも覚えていないのだ。


 魔力を失っていた時も、あの国跡に誘い込んで。

 魔力が戻ったら、すぐに街に出て暴れた。

 勇者たちに邪魔をされたが、まさか死傷者が居ないはずがないのだ。


「だから」


 それだけではない。

 例え、あの魔法を使って記憶を消そうとも。

 ここまでのことをしたのだ。

 確かにグレキオスのことは、ディールのことは、ケイスのことは忘れるだろう。


 だけど必ず恐怖は残る。

 そうして、恐怖に駆られた人間は、きっと何の関係のない人間を殺すことになるだろう。

 犯人が居ないと言う恐怖に耐えかねて。

 かつて魔王を造り上げた時の様に。

 自分を狂わせたあの出来事を、見知らぬ誰かに押し付けることになるのだろう。


 それを知りながら、幸せに過ごせる訳がない。狂っていた心は、つい先ほど癒されてしまったのだから。


「だから私はこうするのです」


 グレキオスは、自分で作り出した槍で、自分の腹を貫いた。


「なっ!?」


 目を剥き、駆け寄ろうとするケイスを、ディールを手で制し。


「……ディール君。君はまだ手遅れではないのです。だから行って下さい」


 血を吐きながら、微笑んだ。

 ディールは、まだ誰も殺していないのだから。


「グレイス!」


 ディールは悲痛を顔に張り付けて、静止も構わず駆け寄ろうとして。


「お友達と、お幸せに」


 羨む様な、励ますような視線を、グレキオスから向けられた。

 そしてグレキオスは、その穏やかな表情とは真反対に、全身から濃密な魔力を立ち昇らせた。


「――セラさん!!」


 グレキオスがセラの名を呼ぶ。次の瞬間、ディールは上空に打ち上げられた。

 ディールだけではない。ケイスも同様に、セラごと纏めて空中に退避させられた。


 次の瞬間だった。

 グレキオスを中心に、大地が爆発した。

 既に平らになっていた大地が、大きく窪んでいく。

 どんどん、どんどん爆発は広がっていき。


「―――――ッ!!」


 セラはそれを見て目を剥き、全力で範囲外に離脱した。

 それを爆発の中心地から、グレキオスが見上げていた。

 視界から消え去るまで眩しそうに見送り、


「もし、私にまた来世と言うものがあれば……。その時は、手遅れになる前に、お願いします」


 急速に顔を白くしながら、呟いた。

 爆発は、新たな建物を壊す前に消滅した。


 グレキオスは今なお血を失い、魔力も今、限界以上に振り絞った。

 後は死ぬだけだった。


 例え記憶を消せても恐怖は残る。

 その恐怖が、赤の他人を襲うことに我慢できなくなってしまったグレキオスには。

 見知らぬ誰かを救うことを選ぶしかできなかった。


 その方法は簡単だ。

 魔王がこうした(・・・・)という事実。そして魔王は死んだという事実。


 それだけあれば、彼等は満足できるのだから。

 ケイスとディールは、セラがどうにかしてくれるだろう。

 二人が喧嘩している間、グレキオスもセラと話していたのだから。


 仏頂面で楽しそうに(・・・・・)喧嘩をするディールを見たから言えた。

 もし叶うならば。

 ディールだけでも、こんな馬鹿げたことから手を引かせてほしいと。

 馬鹿をやるのは自分一人で良いと。

 そう頼めたから。

 彼女の攻撃を防ぐことに必死過ぎて見えなかったけど、きっと彼女は頷いてくれたから。


「さあ来い人間よ!魔王はここだッ!!」


 だから死ぬのは、自分一人で良いのだ。

 グレキオスは、誰かのために死ぬことを選べた。




 少し経って、グレキオスは困った。

 最後の最後と格好をつけたのに、誰も寄って来ない。

 こちらは既に死にかけだと言うのに。


「これは、困りましたね……」


 誰かに致命傷を与えられていて、死んだ。そうしても良いのだが、それよりは誰かに討たれた方が格好いいだろう。

 さて、誰かに出会えるまで保つのだろうか。

 そう思い、重い足を引きずって歩き出そうとしたところで、


「おお……」


 一人の少女が、突っ走ってきた。

 遠目でも、見るからに必死の形相だ。

 リエラだった。

 その他には、人影は無い。

 勇者たちはあの体調でセラの無茶に巻き込まれたのだ。失神でもしているのだろうか。


 一心不乱に走るリエラはグレキオスに気付いて急停止して、


「――――?!」


 何故か目を見開いて、泣きそうな顔でグレキオスの周囲を視線で舐めていった。

 グレキオスは安堵した。

 ケイス達は魔法を発動したということだろう。

 セラが上手く説得してくれたのだ。


 無防備にも、敵を目の前にして激しく困惑しているリエラを見て、グレキオスは苦笑した。


「……誰か、お探しですかね」


 すると、リエラは慌ててグレキオスに焦点を合わせた。

 だがそうしながらも、何か納得がいかなさそうな顔をしている。

 グレキオスが居なかったら、頭を抱えて考え込んでいたかもしれない。


 だがリエラは何とかその誘惑を振り切ったようだ。


「……貴方が、これをした、のですよね」


 必死に緊張感を持って。

 そう問う。

 リエラにもその記憶はあったが、それ以外にも何か大事なことがあった気がするのだ。


「ええ、そうです。魔王ですから」


 グレキオスは、笑顔で頷いた。

 だがリエラは眉を顰めた。

 全部がおかしいと、そう思った。


 自らを魔王と名乗り、それにふさわしい力を持っているのは理解できる。

 なのに、なぜ死にかけているのだろうか、と。

 腹に穴をあけ、止血もせずに。

 何故満足そうに、寂しそうに笑っているのか。


 さっき見た時とは雰囲気が全然違うではないかと。

 警戒心が湧いてこない。恐怖など微塵も感じない。


 そもそも何故自分はここから離れたのか。

 一度は両親を、シトラスを救うためだった。だから仕方なく離れた。

 二度目はどうだった?そうだ、ルセラフィルさんに飛ばされて。

 では、この魔王と名乗る青年に致命傷を与えたのは彼女なのだろうか。


 記憶が、穴抜けパズルの様だった。

 でも思い出そうとしたら、その穴は何時の間にか埋まっている。

 何処に穴が空いていたのかも、もう分からない。


「一つ餞別をあげましょう」


 そして今もおかしい。

 何故彼は魔王と名乗りながらも攻撃してこないのか。

 何故彼は名案を思い付いた、と言わんばかりの顔をしているのか。


「まず約束してください。誰にも見せないと。――そうしたら、貴女は探し物を見つけることが出来る。かもしれない」


 ドキリと、胸の奥が鳴った。見透かされたのかと。

 でも抱いたのは、恐怖では無く期待だった。

 彼が嘘を言っていないと、あっさりと理解できた。

 彼は悪戯を思いついた様な、楽しそうな顔をしていたから。


 リエラはだから、頷いた。


 グレキオスは笑みを浮かべた。


 一人くらい、良いでしょう。彼女には八つ当たりをしかけてしまったし。

 ああ、でもその場面を見ることが出来ないのが残念だ。

 彼は、とても困るだろうな。


 そう思いながら、グレキオスはポケットから小さなメモ帳を取りだす。

 学者の真似をしていた時に入れて、そのままだったのだ。

 でも書くものは無かった。どこかで落としてしまったのだろう。

 グレキオスは少し考えて、


「……失礼」


 自分の血で、文字を描き始めた。

 指で書くから字が大きい。

 血で書くから、すぐ滲む。乾かない。

 グレキオスは、手帳を使い切る勢いで、文字を書き続けた。


 そしてそれが終わると、リエラに向かって放り投げた。

 咄嗟に受け取って、その中を見たリエラは眉を歪めた。


「……これは?」


 文字は読める。辛うじてと言うレベルだが。

 それよりも書かれている内容の意味が分からない。

 そもそも乾き始めた血でページがくっつきそうだ。


「貴女一人で、解きなさい。……そうしたら、全部、分かります……」


 だが期待する返事は無かった。

 リエラは気づいた。

 グレキオスの命が、尽きようとしているのだ。


 リエラはだから、力無く崩れ落ち始めた『魔王』に手を差し伸べようとして。


「ああ。では、これで……。もし、も、『お兄さん』に、会えたら、『すいません』と、伝言を、お願い、しま、す……」


 ビクリと身を震わせた。それでもリエラはグレキオスが倒れる前に抱き留めることが出来た。

 だがその時には。

 グレキオスはもう、死んでいた。

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