06話 諸共
夜が更けた。
周囲から人影が消えていた。
それもそのはず。莫大な威力の魔法が激しく飛びかい、更には竜巻がありとあらゆるものを地面から引っこ抜いて暴れていたのだから。
街を防ぐために控えていた人たちは、防ぐことすら諦めて離脱したのだ。
そんな中、四人だけが暗闇の中に居た。
そしてディールとケイスは、互いに肩で息をしていた。
「だから――ッ、ゲフッ!ガフッ!」
何事か怒鳴りかけたディールが、唐突に咳き込んだ。
一度咳が出始めると止まらない。喉を酷使しすぎたのだ。
吐血しそうなくらいの勢いで咳き込むディールに、魔法は飛んでこなかった。
ディールはふと気配を感じた。
苦しい呼吸の中、無理矢理顔を持ち上げると。
涙で滲む視界に、不敵に頬を吊り上げたケイスが映った。
「引きこもってるからだぜ?」
ケイスもしわがれた声で、しかし得意気に笑う。
そして拳を振り上げて、ディールの脳天に落とした。
「ぐぅっ!あ……!!」
ゴンッ!!と鈍い音が響いた。
一瞬光が見えたと、そう思える程の衝撃だった。
ディールは頭を抱えて倒れ込んだ。
「っし。気は晴れた」
ゲンコツを落とした当の本人も、痛そうに右手を振りながら、晴れやかに言った。
ケイスは頭を抱えて悶絶するディールをチラリと見た後、セラの方に視線を向ける。
夢中で喧嘩しすぎていて、どうなったのかを確認していなかった。
「あーあ……」
見た瞬間、ケイスは同情の視線をグレキオスに向けた。
八つ当たりは終わっていた。
双方ともに無傷ではあった。
が、グレキオスは大の字に横たわり、ヒューッ、ヒューッと、か細い呼吸を行っていた。
見るからに、精も根も尽き果てている様子だ。
そして、それを行ったセラはと言うと。
「あら、終わった?」
実に清々しい顔をしていた。
「……ああ」
ケイスは、決してセラを怒らすまいと心に決めた。
「じゃあ私も」
セラはスキップでもしそうな足取りでディールに歩み寄り、
ぺちん、と軽く頭を叩いた。
「これで勘弁してあげる」
流石に悶絶している友人に痛撃を与えることまではしなかった。
強く殴り過ぎたと少しばかり心配していたケイスは、微かに胸を撫で下ろした。
「で、どうするんだディール?まだ死ぬ気か?」
そして、ディールに問う。
「……」
ディールはピタリと震えを止めた。
顔はあげなかった。しかし沈黙と、硬い覚悟は伝わって来た。
「そうか」
ケイスは、透明な声で呟いた。
「セラ、悪いんだが」
ケイスは、心底申し訳なさそうに、セラに言った。
「仕方ないわねぇ」
セラは溜め息を吐いた。
「やることは全部やったしね。別に良いわよ」
そして肩を竦めて言った。
「悪いな」
ケイスは苦笑を浮かべて、再びディールに視線を向ける。
「いいのよ。友達だもの」
セラも、ディールに視線を向けた。
ディールは何故か、嫌な予感がした。
ろくでもないことが起きると、本能で感じた。
何故なら、軽い調子で会話をしている友人たちの声に、硬い覚悟を感じたから。
「んじゃま、一緒に死ぬか」
ケイスは言った。
仕方がないからと、そんな声色で。
「ッ?!」
ディールは顔を跳ねあげた。
ありありと、両目の動揺を宿して。
そして見たケイスとセラの顔は、苦笑だった。
「仕方ねぇだろ。俺は友達はお前しか居ないんだ。……お前を無くしたらどうなるかは、想像できるだろ?」
ディールは想像していなかった。
まったく、これっぽっちも。
だから一瞬呆然として、考えた。
もしケイスが自殺したら。セラが自殺をしたら。
自分は、どうするだろうかと。
「…………」
恐ろしい考えだった。
この二人はそんなことをしないと、そう思っていた。
だって自分と違って、希望があるではないか。
でも、もし二人を失ったら。
自分は、暴れることが出来るだろうか。
例えば誰かに殺されたなら、確実に復讐に走るだろう。
でも自殺ならば。抱いた怒りはどこに向ければいいのだろうか?
人に向けるか?その前にきっと、不甲斐ない自分に向くのではないだろうか。
友を助けられなかった、不甲斐ない自分に。
ゾッと、ディールは背筋を凍らせた。
次の瞬間だった。
幾つもの光の槍が、ケイス達に向けて飛んで来た。
「ッ!!」
ケイスのセラの背後から。ディールたちに向かって。
ケイス達には不意打ちだろう。
セラが居るならば問題ないとは理性では思うが、
ディールは咄嗟に防御魔法を使おうとして。
景色が歪むのを見て、動きを止めた。
あえて言うならば、ぐんにょりと。
突然、地面に張り付いている巨大な影がうねって、剥がれた。。
そしてそれは光の槍を全て飲み込んで、元の場所に戻った。
「な……?」
ディールは、そしてようやく動けるようになり始めたグレキオスは、呆然と目を見開いた。
誰も何もしていない。
なのに、影が蠢いたのだ。
ディールは呆然として、そしてすぐに気付いた。
「君は……」
ケイスに視線を向ける。
するとケイスはちらりとセラを見た後、肩を竦めた。
「ああ、精霊と契約させられてな。ちと頑張ってみたんだが、時間が足りなさそうだと思ってな。だから防御だけに専念した」
そう決めたら、セラに特訓させられた。
セラだけではない。
面白そうな顔をしたエルフ達に、代わる代わる的にされた。
ケイスは一瞬、遠い目をした。
エルフは思ったよりも、軽くて、滅茶苦茶だったのだ。
恐ろしい過去を、首を振って振り払い。
そしてケイスは背後を見る。
今魔法を撃っただろう人間たちが、視線を受けて一目散に逃げ出した。
ケイスは追撃もせずに、はん!と鼻を鳴らして嘲笑した。
「……はは」
ケイスの言い分から、セラに無茶をさせられたのだろう。
それで契約できるケイスもケイスなら、悪びれもせずに済ました顔をしているセラもセラだ。
だから笑い声が漏れた。
「でも、僕は、あいつらを許せない……」
そしてディールは、呪詛の様に呻いた。
背を向けて、一心に逃げているあの卑怯者共を、消し飛ばしてやりたいと。
だがケイスは首を振った。
「そうじゃねえ」と前置きして、
「外野はどうだっていいさ。死のうが生きようがな。俺にとって大事なのはお前だ。お前が死ぬのかどうかだけだ。許せねえなら付きあってやるよ。地獄の底までな」
ディールは俯いた。俯いて、歯を軋ませた。
そして大きく息を吸い、血の味がする喉を震わせて叫んだ。
「君は希望なんだ!僕たちが、やっと見つけた!!」
だから付きあってくれるなと。
綺麗なままで居てくれと。幸せなままで居てくれと。
そう、絶叫した。
「まあ、気持ちは分からんでもないけどよ。でも俺も変える気は無いぜ?」
だがケイスも譲らない。
酷い脅迫だ、とディールは思った。
ディールが暴れればケイスも付きあうと言う。
でも付き合ってほしくは無い。
人として、ケイスが幸せな人生を送ることこそが自分たちの復讐になると、そう理解してるから。
どうしようもなくなって、ディールは押し黙った。
しばらくディールの回答を待っていたケイスは、ディールが深く悩んでいるのを見て、しばらく返事は無いと判断した。
「で、あんたはどうすんだ?」
その為、グレキオスに問いかけた。
「…………」
まさかこの流れで、自分に話題が来るとは考えていなかったグレキオスは咄嗟に反応できなかった。
目を丸くするグレキオスを見て、ケイスは頭を掻いた。
「まあなんだ、あんたとも、友達になれるんじゃないかと思うんだが」
グレキオスは、本心から微笑みを浮かべた。
「かもしれませんねぇ」
想像してみる。
前回は僅か一日の付き合いで、よそよそしかった。
でも今回、ディールと言う友人相手にケイス達は無茶苦茶なことを要求している。
もし、自分も彼等と友人だったら。
「貴方たちは無茶苦茶だ。きっと、楽しいでしょうねぇ」
楽しそうだと。グレキオスは、久々に思えた。
きっと滅茶苦茶に巻き込まれて、目を白黒させるのだ。
たまには、ああして喧嘩をすることもあるかもしれない。
でも信頼は崩れない。
それは何て、何て素敵なことなのだろうか。
涙が出てきそうだった。人の優しさと言うものを、グレキオスは思い出した。
「まあ、暇することは無いんじゃないか」
ケイスはそう言って、ちらりとセラを見る。
「何よ?」
セラは半眼をケイスに向けて、ケイスはそっと視線を逸らす。
じっとりとセラがケイスを睨み、ケイスは素知らぬ顔だ。
だが頬に、汗が浮き始めている。
「はは」
グレキオスは笑った。
楽しくて、久しぶりに笑えた。
自分はまだ、心から笑えるのだと。そう思えた。




