第二章 (3)
商売というのはやったもの勝ちの世界だと、シャーロは言う。
ものを仕入れて売るという行為は、売れなければ赤字が出るわけで、そこには必ず博打的な要素が存在する。
農業を営む場合でも、その年の天候によって収穫量が増減することはあるが、基本的には黒字である。大凶作と呼ばれる状況が発生するのは、数十年に一度の確率。そのときには農業を営む全員が不遇をこうむることになるのだが、自分の責任というわけではない。まだしも諦めがつくというものだろう。
しかし商売は、失敗の原因が直接、自分自身に跳ね返ってくる。
みなが怖がって、簡単に手を出そうとはしない。
だからこそチャンスがあるわけで、失敗を恐れず、まずはやってみることが肝要なのである。
ここで問題になってくるのが、どのような商品を扱ったらよいか、ということだ。
職人が作った製品を売る商売は、元手がかかるし、伝手が必要だし、いわゆる“老舗”と呼ばれる商売敵が存在する。
日常生活で必要になる消耗品、たとえば薪や紙や油といったものを扱う場合も同様である。大量に仕入れなければ、原価を抑えることはできない。それでは“大手”と呼ばれる店に勝つことはできず、結局のところじり貧で終わってしまうだろう。
では、何を商品として売るべきか。
大切なことは、日ごろから考え続けることだと、シャーロは言う。
ユニエの森にあって、チムニ村にないものはないだろうか。
チムニ村にあって、ハルムーニの街にないものはないだろうか。
みんなが面倒くさがって、できればお金で解決したいと思うものはなんだろうか。
「たとえば、この“カラシバ薬茶”」
店頭に陳列された商品のひとつ、薄紫色の粉である。
「どういう効能があるか、知ってるかい?」
「カラシバの葉ですね。滋養強壮の効果があるって、ペイお婆さんが教えてくれました。眠れなくなるから、子どもは夜に飲んではいけないよって」
チムニ村で最年長の老婆だが、今だに畑に出られるほど達者である。
「そう。まあ、実際に飲んでみると分かるんだけど、一気に血の巡りがよくなる感じ。体温が高くなって、気分が高揚し、疲れを忘れさせる。だけどこの薬草、チムニ村以外ではほとんど知られていないんだ。この街の薬屋を何件か覗いてみたけれど、どこも取り扱ってなかった」
カラシバは沼地に葉を浮かべる植物だ。毎年夏になると水面を覆い尽すほど生い茂るのだが、それほど需要はないので、村人たちは岸辺から手を伸ばし、自分たちが飲む分だけをとっている。
加工するのは比較的簡単だ。よく水洗いして、天日干しで乾燥させ、石臼で粉にするだけ。
お湯に溶いて飲むと、独特の辛味がある。チムニ村でも愛飲するひとは少ない。
シャーロは縄の先に釣り針のようなフックをつけた道具を考案し、岸辺からそれを投げ入れ引っ張り込むことで、大量のカラシバを収穫することに成功した。
カラシバの葉は、少し煮立てて灰汁を抜いてから乾燥させると、辛味を抑えられることも分かった。とろみが出るので、生姜や砂糖を混ぜて飲むと、意外と美味しかったりする。
シャーロはこれを“カラシバ薬茶”と名づけて、自由市場で売る商品にしたのだ。
「でも、誰も知らない怪しげな薬なんて、買う気にはならないだろう? だから、前回の自由市場では、“カラシバ薬茶”の飲み方、使用上の注意、得られる効能なんかを記したビラをつけて、捨て値で販売したんだ。これは、とある村で昔からよく飲まれている薬草です。薬というよりは、お茶のようなものです。とても貴重なものですが、今回に限り特別価格でご提供します。効果は保障しますので、ぜひ一度お試しください、ってね」
「それで、去年の夏にみんなでいっぱい作ったんですね」
「うん。結局は、ビラ作りが一番大変だったかな。カラシバそのものは元手がかからないからね。失敗したとしても、損害は小さい」
そういう商品は大好きだと、シャーロは真顔で言った。
「前回購入してくれたひとが覚えてくれていたなら、また買いにきてくれるかもしれない。多少は値段を上げたけれど……」
売上げが芳しくなければ、様子見。もう一度宣伝に努める。
評判がよければ、次回以降も継続販売する。
「――さて。今回は、どうなるだろうね」




