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第六章 (6)

 一時的にユニエの森の教会に住人がいなくなるため、ヤギと鶏を信頼のおける村人に預けてから、シャーロ、ダン、マルコがハルムーニへ向けて出発した。

 おもな目的はふたつ。

 “怠け箱”の二回目の納品と、シャーロとリーザの結婚式である。

 “怠け箱”については、注文を受けた五百台のうち、すでに四百台が完成していた。雪が降ると街道の往来が難しくなることもあり、残りの部品についてもハルムーニ支店へ持ち込んで、そこで組み立てることになった。

 また、地方軍からの緊急依頼である武具の作成を終えたパリィ親方も、納品のために倉庫に眠っていた荷馬車を引っ張り出して、ハルムーニへ向かうことになった。

 “怠け箱”とその部品を載せた馬車には、シャーロとマルコ。

 武具を乗せた馬車には、パリィ親方とダン。

 さらに、“森緑屋”ハルムーニ支店の見学と結婚式の参加という名目で、ベラ、サナ、モモ、クミの四人が、お金持ちであるベラの家の馬車で出発することになった。御者席に座って手綱を握っているのは、半月ほど運転の練習をしたモモである。

 十一歳であるクミの遠出に関しては、母親のカルラが難色を示したものの、本人の固い意思と、年長者三人の援護により、しぶしぶながら認められた。

 生真面目な少女が大はしゃぎである。


「いい、クミ? 街の中をひとりで出歩くんじゃないよ。迷子になったらすぐにさらわれちゃうからね。マルコ君か、サナちゃんとモモちゃんから、絶対に離れないこと」


 娘に忠告したカルラだが、最年長であるベラの名前を出さなかったのは、突発的な行動をとった“裸足のベラ”に対して、内心不安を感じていたからだろう。一度失った信頼を回復するのは、容易ではないという見本である。

 途中、整備不良だったパリィ親方の荷馬車が脱輪するという事故があったが、人手があったことが幸いした。全員で荷馬車を持ち上げ、ダンが応急措置をして、なんとかハルムーニにたどり着くことができた。

 春の自由市場、夏の自由市場、リーザの里帰り、ハルムーニ支店の修繕、秋の自由市場、“怠け箱”の一回目の納品、エルミナとメグの引越し、そして今回――数えてみれば、シャーロにとって今年八回目となる訪問である。

 もうこれ以上街道を往復する必要がないと密かに安堵したシャーロだったが、生まれて初めて都会を目にするクミは、目を丸くして大興奮である。それはサナとモモも同じで、もの珍しそうにレンガ造りの街並みを見物していた。

 ちなみにベラは、子どものころに何度か買い物に来たことがあるようだ。


「結婚式といえば、出会いの場所。しかも参加者は、結婚をすごく意識するもの。結婚適齢期同士の運命の出会いが――」

「ないと思いますよぉ」


 都合のよい妄想をざっくり切り捨てたのはモモである。


「だって、結婚式に招待されるのは、リーザさんのお友だちくらいでしょう」


 シャーロの知り合いは商売関係に限定される。そしてリーザの仕事場は女性ばかりなので、モモの推測は的外れのものではない。


「がーん」

「それに、庭先に神父さんを呼んで式を執り行うみたいですからね。招待客は限られた方だけじゃないですか?」

「シャーロさん、ひどいです」


 突然機嫌をわるくして、クミがむくれる。

 結婚式はあくまでも厳粛に、そして盛大にという強い信念をもつ少女であった。


「まあまあ、リーザちゃんと話し合った上で決めたことなんだから。他人が口を出すことじゃないよ。クミのときには、盛大にやればいいじゃない」


 そう言って、注意込みでなだめたのは、サナだ。


「分かりました。サナさんとダンさんのときには、期待していますから」

「ちょ、なに言ってんの、聞こえるじゃない!」


 思わぬ返し方をされて、サナはクミの口を押さえる。パリィ親方とダンの荷馬車は、少し前をよたよたと走っていた。

 “森緑屋”ハルムーニ支店の馬小屋には、二頭分のスペースしかないため、他の馬たちは倉庫で休ませることになった。


「みなさん、お疲れさまです」


 玄関で出迎えたのはリーザである。


「エルとメグはどうした?」

「その、近所の子どもたちと公園で遊んでるみたいで。もう夕方ですから、そろそろ帰ってくると思います」


 シャーロの問いに、少しぎこちない笑みで答えるリーザ。


「そうか」


 心の中で何かを決定したかのように、シャーロは頷いた。

 リビングに併設された調理場から、野菜をゆでたような甘い匂いが漂ってくる。

 今日、家族と客が来ることは知っているはず。おそらくエルミナがメグを連れ出したのだろう。最近姉の自覚が少しは出てきたと思ったら、これだ。夕食の手伝いもせずに遊び回るとは、説教とお仕置き確定である。


「さ、みなさんも、ゆっくりしていってくださいね」


 なんとなく兄の考えを察したのだろう。慌てて話題をそらすかのように、リーザがみなを案内した。

 リビングにはテーブルが増設されており、椅子も人数分用意されていた。事前に手紙で人数を伝えられていたのである。

 さすがにベッドの数は足りないので、女性は二人でひとつのベッドを使うことになった。それぞれの部屋を案内して、食事の準備ができるまで、自由にくつろいでもらう。

 リーザの手伝いをするために、シャーロ、マルコ、ダンがリビングに戻ろうとしたところで、エルミナとメグが帰ってきた。


「リザ姉、お願い。今から手伝うからさ。シャロ兄から守ってよ」

「シャロお兄ちゃんたち、来てるの?」

「――来てるよ」


 ひそひそと交渉しているところにシャーロが声をかけ、エルミナは驚きのあまり飛び上がった。


「あ、シャロお兄ちゃん。いらっしゃいませ!」


 きちんとお辞儀をするメグ。三人の兄たちに順番に抱きついて、それぞれに頭を撫でてもらう。


「シャ、シャロ兄……」

「心配しなくていいぞ、エル」


 シャーロは計算しつくされた笑顔で言った。


「お客さんの前で、怒ったりはしないからな」


 つまり、お客さんがいなくなったら――

 まるで死刑宣告を受けた咎人とがにんのように、エルミナは顔を青ざめた。

 実のところ、ベラ、サナ、モモ、クミについては、正式に結婚式に招待されたわけではなく、強引に押しかけただけである。

 道中の宿泊費や滞在費などについては、仕事で返すことになっていた。

 翌日からさっそく“怠け箱”の組み立て作業を開始する。とはいえ一日中というわけではないので、ハルムーニを観光する余裕くらいはあるだろう。

 シャーロは結婚式の準備のため、仕事の休みをもらったリーザとともに中央区にある教会の事務所へと向かった。

 ダンとマルコは“怠け箱”の納品である。同じ区内の“瑪瑙商会”本店は、それほど遠くはない。


「昔の仕事仲間に挨拶もしたいしな。ちょっと乗っけてくれや」


 と、パリィ親方が馬車の荷台に乗ってきた。

 若かりしころ、パリィ親方は“瑪瑙商会”の雇われ鍛冶師として働いていたのだ。

 サナの極秘情報によると、独立して辺鄙へんぴなチムニ村に来たわけは、ひと目惚れした女性――五年前に他界したサナの母親である――の故郷だったから。


「まあ、二十年近く前のことだからな。知り合いはいないかもしれんが」


 しかし意外な形で、親方は旧友との再会を果たすことになる。

 それは、五百台の“怠け箱”を発注した営業の責任者だった。応接室で顔を合わせるや否や、互いに訝しげな顔になる。


「お前、“泣き落としの”ニサか?」

「まさか、“黒熊”パリィ?」


 ひと呼吸おいて、がしっと片手を握り合う。


「なんでお前が、“森緑”さんと一緒に来るんだ?」

「この箱の部品は、俺が作ってるからな。本体にもいろいろと手を加えている」

「本当か?」

「まあ、正確には、俺とそこにいる弟子とでな」


 ここでダンが自己紹介をして、名刺を交換した。

 営業の責任者であるニサは、シャーロから、ダンが“怠け箱”の共同制作者であることを聞いていた。


「そうか、チムニ村か。どうして気づかなかったのか。複雑な部品にしては、精度がいいと思ったが……」


 ぶつぶつと呟いて、懐から数枚の紙を取り出し、マルコに差し出した。


「実は、“唸火てんか”を――ああ、こちらでの商品名ですが、“森緑”さんの“怠け箱”を、取引きのある料理屋に持ち込んで、実際に使っていただきました。使い勝手や感想について聞き取りを行い、この用紙にまとめてあります。ほとんどが賞賛するコメントですが、一部、ハンドルの握りの形状や、台座の部分に改良の余地があると思われます」

「あ、ありがとうございます」

「次の追加発注では、この点を修正してください」

「発注数は、どれくらいでしょう」

「そうですね。八百台……」

「――おい」

「いや、切りのいいところで、千台にしましょう」

「こら待て」


 再会の喜びを吹き飛ばして、剣呑な表情を作ったのはパリィ親方である。


「五百台でもひぃひぃ言ってんのに、千台たぁ、どういう了見だ!」

「ありがとうございます。必ず、ご満足いただけるものをお届けします」


 マルコがぺこりと頭を下げ、親方がぎょっとする。


「待て、小僧」

「おいおい、“黒熊”。私は“森緑”さんと取引きしてるんだぞ。部品の下請け業者に文句を言われる筋合いはないね。どうだい、ダン君。できるかな?」

「だいじょうぶです」


 ニサは心底おかしそうに笑った。


「ははっ、お前なんかより、よほど肝が据わってるじゃないか。いい弟子をとったな」

「けっ!」


 一気に不機嫌になったパリィ親方だったが、それから旧友に飲みに誘われて、少しだけ機嫌を持ち直したのである。

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