第五章 (6)
自分の婚約者が、実は女性にかなりの人気がある。
そのことを知ったとき、自身に沸き起こった感情を、リーザは正確に把握することができなかった。
あるいはそうではないかとは思っていた。
家族のために、ときには厳しい決断を下すことができる意思の強さ。
言葉を飾らない実直さと、ごくさり気ない優しさ。
エルミナなどは冗談交じりに「厳しい」「ケチくさい」などと文句を言うが、兄の言動にはすべて理由があることを、リーザは知っていた。
一度や二度会話をしただけでは、兄のよさは分からないかもしれない。率直なもの言いから、誤解を受けることすらある。しかしすぐに、常人離れした才覚の持ち主であることに気づくだろう。
リーザにとって、兄の商売の才覚などは副次的な要素に過ぎなかったが、冷静に考えてみれば、他の女性たちが放っておくはずがない、のかもしれない。
お手伝いとして来てくれたのは、六人。その後、カルラの紹介で、もうひとりが加わった。
名前をモモといい、シャーロのことをとても尊敬しているという。
リーザと同じ十五歳の少女だ。
シャーロはこの七人を“怠け箱”を製作する四人と、ユニエの森で収穫をする三人に分けた。
サナ、モモ、クミの年少三人が、収穫担当である。
今日の“森組”は、マルコとハルがキノコ狩り、サナ、エルミナ、メグが木の実探し、そしてリーザ、モモ、クミが葡萄摘みである。
シャーロは“工作組”となり、二十代の女性たち――カルラ、イマリ、キク、ベラの四人ともに、作業場で家具を作成している。
ちなみにダンは、パリィ親方とともに鍛冶屋にこもっている。
遅れがちだった秋の自由市場の準備も、急ピッチで進められていた。
「普通、野葡萄を収穫したら、干し葡萄かジャムにすると思うんですけど、ワインを作っちゃうなんてすごいですねぇ」
モモは大きな丸眼鏡をかけており、おっとりとしたしゃべり方をする。働くことが好きなようで、やる気を全面に出してくる。
生真面目なクミなどは、モモに負けじと目を皿のようにして葡萄の木を探し回っていた。
「あ、リーザさん、ありました!」
今年は果実を収穫するだけではない。
枝の一部を切り落として、周囲の土とともに“挿し木”として持ち帰ることになっていた。冬の間に倉庫で苗木を育てて、来年、森に植え付けるためである。
ナイフで葡萄の木の枝を切り、スコップで周囲の土を掘り起こす。
そんなリーザの姿を見て、クミは心底驚いたようだ。
「リーザさんも、力仕事をされるんですね」
どのような印象を持たれていたのかは知らないが、自分が出来る仕事は、どんなことでもしなくてはならない。
「もちろんよ。わたし、けっこう力持ちなの」
両手の拳を握って微笑んでみせると、何故かクミは頬を赤らめた。
片手で引ける小さな荷車に葡萄の果実、枝、土などを積んで持ち帰ると、作業場のほうから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
話題の中心になっているのはカルラのようだが、全員がシャーロの指示を仰ぎながら真剣に作業に取り組んでいるようだ。
収穫物や道具類をいったん倉庫に保管して、手を洗い、お茶の準備をする。
「おかえり、リーザ」
シャーロの声に表情を輝かせたリーザだったが、そのまま固まった。
兄のすぐそばにはベラがいて、ノミと木槌を構えている。
二人の手と手が、少しだけ重なっていた。
「……ただいま帰りました」
リーザは無機質に言葉を紡ぎ出す。
「お茶を入れたので、休憩にしませんか?」
「ん、そうだな」
基本的には床に座って作業をするが、作業場には大きな作業台もある。
リビングの椅子を持ち込んで、全員が席に着いた。
慣れない作業は集中力を使うようで、おもに二十代の主婦たちは背伸びをしたり、肩を揉んだりして自由にくつろいでいる。
圧倒的に女性の比率が高いので、多少はこの場にいないひとの悪口も出る。
話題は、夏の自由市場の後に開かれた“調停会議”のことだった。
口火を切ったのは、実際に会議に参加したカルラである。
「いくら自分の息子のためとはいえ、タミルさんもえげつないことするわよね」
“豊穣の大地屋”に起きた事件の顛末――ヤドニたちが花街で法外な請求を受け、店の売上げを横領し、それをシャーロが補填したこと。そして、ヤドニの犯した罪をタミル夫人がシャーロとマルコに押し付けようとしたこと――については、すでに村中に知れ渡っていた。
さすがに表立っては口にしないが、日常の会話の中では、ヤドニはもとより、村長やタミル夫人の対応についても、批判が噴出している状況である。
「しかしまさか、あの夫人に立ち向かえるひとがいるなんて、思わなかったわ。シャーロ君もマルコ君も、格好よかったよ」
タミル夫人の横暴については、他の主婦たちも思うところがあるようで、自分の主張を押し通したシャーロは、ちょっとしたヒーローになっているようだ。
「必死だっただけです。本当に」
「シャーロ君、すごいひとだったのね。今まで気づかなかった」
そう言って、前髪の奥から熱い視線を向けるベラ。
リーザの胸の奥が、またしてもざわめいた。
「すごいのは分かっていたけれどね。正直、誤解してたわよ」
やや複雑そうな表情で告白したのは、カルラである。
子どもたち六人だけなのに、何故か生活ができている。ユニエの森にこもって、あまり村には顔を出さない。ハルムーニまで商売に出かけて、どうやら成功しているらしい。
村人たちにしてみれば、ユニエの森の教会に住む少年少女たちは、姿のよく見えない謎の存在でもあったようだ。
「私も。シャーロ君は、商売のためなら手段を選ばない、ちょっと怖い子だと思ってた」
イマリの言葉に、キクも同意する。
「そうそう。仕事を手伝って欲しいって頼まれたとき、ちょっと身構えちゃったもん」
「私は、最初から分かってましたよ」
のんびりした口調で断言したのは、ちゃっかりシャーロの隣に座っていたモモである。
「だから、ずっと私、シャーロさんと一緒に働いてみたかったんです」
その一途な眼差しに、三人の主婦たちがにやにやと笑みを浮かべる。
「やっぱり、若いっていいわね」
「まったくもう、はぁ……」
「なにため息ついてんのよ?」
あさっての方角に向かってぶつぶつ呟いているのはベラである。
「……十五歳。これから花開く蕾。勝てるわけがない」
休憩時間が終わっても、モモはシャーロのそばから離れず、今後の仕事についての相談をしていた。




