第五章 (5)
最初にシャーロが集めた村人たちの数は、十人。
全員が十代から二十代の若い女性たちだが、結婚して子どもがいる主婦も多い。
家事や仕事で忙しく、一日中働いてもらうことはできないので、お昼過ぎから夕方にかけて、短時間で集中して作業をしてもらうことになった。
最初の数日間は詳しい説明をせず、工作道具の使い方を教えて、小さな家具から作ってもらう。
目的も分からず惰性的に作業を続けることは、ストレスが溜まるもの。すぐに根を上げてしまった四人には外れてもらい、六人になったところで、シャーロは“森緑屋”の商品である“怠け箱”についての説明をした。
ハルムーニに店を構える“瑪瑙商会”から、五百台の発注を受けていること。この仕事を自分たち家族の手だけでこなすのは、無理があること。そういった事情もあり、ぜひみなさんの協力をお願いしたいこと。
「へぇ、なるほどね。これが、“調停会議”で言ってたやつか」
“怠け箱”のハンドルを回しながら感心したように頷いたのは、メンバーの中では最年長のカルラである。
年齢は二十九歳で、三人の子持ち。頭にカラフルな布を巻き付け、癖のない髪を編んでひとつにまとめている。よく日に焼けていて、表情豊かだ。
チムニ村で八百屋を営んでいるが、本人曰く暇すぎるため、店番を夫に任せて、手伝いに来てくれたのである。
シャーロやリーザもカルラの店をよく利用していたので、顔見知りでもある。元気溌剌とした肝っ玉お母さんとして有名だった。
「“瑪瑙商会”っていったら、台所用品の老舗じゃない?」
シャーロは肯定し、“瑪瑙商会”と商売を行うことになった経緯を説明した。
「歴史と実績のある店ですから、不良品を納めるわけにはいきません。“怠け箱”に使う部品ができるまで、約半月。それまでに、みなさんには木製品を作る作業に慣れていただく必要があります」
「でも。私たちはそういった作業を、あまりしたことがない。どうして声をかけてくれたの?」
こちらは独身女性の中では最年長、二十二歳のベラである。
艶やかな黒髪は長く、前髪が隠れてしまうほど。性格は控えめ――といよりも暗く、いまだに恋人がおらず、結婚できないことに対する自虐的な発言が目立つ。
「どちらかといえば、家具を作るのが得意なのは、男たちのほうが多いはず。どうして?」
チムニ村にはろくな男がいないから――などとは言わず、シャーロはさもありなんといったように、商売用の笑顔を煌かせた。
「趣味で作るわけではないですからね。仕事としてお願いするなら、俺は、みなさんを選びます」
前髪の奥から、ベラはじっとシャーロを見つめる。
「シャーロ君、いま何歳?」
「夏に、十七歳になりましたが」
「……そう」
ふらりと向きをかえたベラは、小さく掠れた声で「プラスマイナス五歳以内」などと、ぶつぶつ呟いている。
「ま、期待されていることは分かったよ。やっぱりシャーロ君は目の付け所が違うわね。男たちなんかよりずっと役に立つから、ここは、お姉さんたちに任せなさいな」
「そうそう」
「お姉さんたちにね」
腕を組みながら胸を張ったカルラに同意したのは、二人の主婦たち。名前をイマリとキクという。ともに二十代半ばで、ようやく子どもが手を離れ始めたらしい。
「お母さんは無理」
冷静な突っ込みを入れたのは、参加者の中で最年少のクミで、年齢は十一歳。カルラの長女である。
「三十歳でお姉さんとか、あるわけないから」
「なに言ってんの。まだひと月あるじゃない!」
母親よりも髪が短く、頭に同じ柄の布を巻いているが、緩やかに結び、帽子のような形にしていた。
「クミちゃんも、よろしく頼むよ」
八百屋の店先で何度か会っただけだが、シャーロのことを覚えていたようで、クミは頬を赤らめながらも、「頑張ります」と控えめに頷いた。
「あの、リーザさんは、どちらにいらっしゃるんですか?」
「今は、森で葡萄摘みをしているけど」
「そう、ですか」
隣にいたサナが、クミの肩を抱くように引き寄せた。
「クミはね、リーザちゃんに憧れてるの。いっしょにお仕事ができるんだって、はしゃいでたんだから」
「い、言わないでください」
ふむと考え込むシャーロを前に、墓穴を掘るがごとく、クミは自分の思いを暴露しまくった。
「だ、だって。リーザさん、美人で優しくて――昔、一度だけ遊んでもらったことがあるんですけど、とても楽しくて、私、そのときのことずっと覚えていて……。今はハルムーニの街で、仕事をしながら暮らしているんでしょう? 本当にすてきな、大人の女性だと思います。私も――絶対に、リーザさんみたいになりたいんです!」
歳のわりにはしっかりしているが、ある種の危うさを感じさせる宣言でもあった。
シャーロの感覚でいえば、大人の女性というのは子育ても仕事も両立しているカルラのような女性を指すのだが、クミの頭の中は別の幻想で埋め尽くされているらしい。
リーザは何かになろうと思って努力したわけではない。そのことをシャーロは知っている。必要に迫られたという事情もあるが、家族に対する愛情を、行動によって示し続けたことで、今のリーザが形成されたのだ。
母親であるカルラに視線を向けると、彼女は宙を見上げるようにして肩をすくめてみせた。
これは、お手上げということだろう。




