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第五章 業火の炎 (1)

 明日からしばらくの間、“玉ねぎ娘”をお休みする。


 それはふた月前、夏の自由市場の日に、お願いしていたこと。


 シャーロ兄さんと私の婚約の件は、まだ家族には報告できていない。


 家族全員がそろっているところで、直接話をしたいから。


 ミサキさんとレイの前でそう言ったのは、シャーロ兄さん。


 だから、私が帰省できるよう一定期間のお休みをいただきたいと、お願いした。


 すぐには無理だろうから、秋ごろにはと。


 ミサキさんとレイは、ふたつ返事で許可してくれた。


 そして明日、シャーロ兄さんが私を迎えにくる。


 家族のみんなはどんな反応をするだろうか。


 絶対にびっくりすると思う。


 そのあと、喜んでくれるだろうか。


 私たちを祝福してくれるだろうか。


 反対されたりはしないと思うけれど、不安がまったくないかといえば嘘になる。


 それでも、早く伝えたい。


 家族の間での隠しごとは、もうこれ以上したくはないから。


 婚約の報告も重要だけれど、それ以外もやるべきことはたくさんある。


 ユニエの森は今、実りの季節だ。


 葡萄摘みやキノコ狩り、木の実拾いと、大忙しになるだろう。


 一番張り切っているのは、間違いなくエルだと思う。


 あの子は、こういうお仕事の手伝いが大好きだから。


 昔、キノコ探しに夢中になりすぎて森の中で迷子になったときは、大騒ぎになった。


 今年も大きな鈴を無理やりつけられて、口を尖らせるのだろうか。


 エルにはわるいけれど、少し笑ってしまいそう。


 そういえば、ダンからの手紙では、子犬のハルがキノコ狩りに初参加するらしい。


 そのために、夏の間中、探し物の特訓をさせたとのこと。


 シャーロ兄さんは、自分の食い扶持を稼いでもらうと言っていたけれど、本当にうまくいくのかしら?


 私も負けないように、家のお仕事を手伝おうと思う。


 今から心がわくわくしてしまう。


 ユニエの森の草木や土の香りを感じたい。


 小川のせせらぎや水車の音、鳥や虫の声を聞きたい。


 ヤギや鶏たちは元気だろうか。


 もうすぐロバを購入する予定とあったけれど、私が帰るときには会えるだろうか。


 みんなに、早く会いたい。


 家族がいない寂しさには慣れてきたけれど、一方で、少しずつ胸の中に溜まり、膨らんできたものがある。


 それは、シャーロ兄さんに対する想い。


 私が人生で一番無茶なお願いをした日。


 あの春の夕暮れから、もう半年が過ぎようとしている。


 手紙のやりとりでは、シャーロ兄さんはいつも私を気遣ってくれる。


 仕事を頑張りすぎないように。


 身体には気をつけるように。


 決して夜道をひとりで歩かないように。


 そして最後には、思わず泣いてしまうようなことも書かれていたりする。


 今すぐにでも、会いに行きたい。


 そして、君を抱きしめたいと。


 でも、私からの手紙には、書けない。


 家族宛ての手紙なので、今はまだ書くことができない。


 私もシャーロ兄さんと同じ気持ちなのに。


 たぶん、それ以上なのに。


 明日、シャーロ兄さんに会ったら、自分の気持ちを抑えられることができるだろうか。


 夏の自由市場のときは、エルとメグ、マルコがいっしょだったけれど、今回はシャーロ兄さんだけ。


 二人きりになるのは、春の自由市場以来になる。


 あのときも、心のたがが外れかかっていた。


 そして今は、あのとき以上に心が膨らんでいる。


 もう自分の気持ちを抑えられる自信がない。


 それとも、抑える必要はないのだろうか。


 たとえば、あのときのシャーロ兄さんのように。


 夏の自由市場が終わって、みんなでハルムーニの街を観光した、次の日の朝。


 お別れのとき。


 マルコ、エル、メグが荷馬車に乗り込んだあと、シャーロ兄さんはこっそり私をほろの影に呼んで、そこで二度目のキ




「……」


 勢いに任せて、自分は何を書いているのだろう。

 リーザはいつの間にか強くペンを握っていた手から力を抜いて、いつもの倍以上の文字数を使ってしまった文章を見直した。

 日記はその日にあったこと、感じたことを綴るもの。

 しかし最近は、途中から回想録になってしまうことが多い。

 しかも、特定のある場面ばかり。

 ぼんやりしていると、無意識のうちに唇に指を当てていることに気づく。


「……ううっ」


 思わず呻くような声を漏らして、かぶりを振る。

 日記帳のページをさかのぼると、今日と同じように、文章の終盤で特定の単語で途切れてしまっているものが数多く見受けられた。

 この日記を他の誰かに見られたら、恥かしさのあまり死んでしまうのではないだろうか。

 この数ヶ月で、マルコやエルミナたちは頑張って成長の証を見せたというのに、自分はまるで変わっていないのではないかと、悲しくなってしまう。


「……まだ、起きてるの?」


 隣のベッドから、レイが声をかけてくる。

 リーザは小さな驚きの声を上げて、日記帳を閉じた。


「ご、ごめんなさい」


 もぞもぞと布団の中で身体を動かして、あくび混じりにレイが呟く。


「明日は、旦那が迎えにくるんだろう? 寝不足の顔で出迎える気かい?」

「も、もう寝ます。起してごめんなさい」


 すでに深夜に近い時間である。日記帳を引き出しに入れ、ペンとインクを片付けて、ランプの火を消す。

 自分のベッドに潜り込んだリーザは、なるべく明日のことを考えないようにと念じながら目を閉じたが、やはり無理だった。

 そういえば、“パピィ”ことミリィと“ボーヴ”ことマスが、絶対に婚約者の顔を見るんだと息巻いていた。

 シャーロ兄さんに迷惑がかからなければいいのだけれど。

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