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第四章 (2)

 これまでの自由市場とはどこか違う空気を、マルコは感じていた。

 南門前大通り。街の喧騒や人通りの多さは相変わらずだが、その中に、黒色の軍服がちらほらと見え隠れしている。

 地方軍の隊士――軍人の姿だ。

 ただ歩いているだけでも周囲に威圧感を与える彼らだが、どういうわけか三人ひと組で練り歩くことが多く、しかも横一列になるので、他の通行人たちの邪魔になる。

 中には襟元を乱し、口の開いた酒瓶を持っている者もいたが、それでもお客さまとしてならば、店に買い物に来て欲しいとマルコは切実に願った。

 夏の自由市場、二日目。昼下がりの午後。

 “豊穣の大地”の代表であるヤドニと、彼の取り巻きであるゴウ、スジの姿は店内にはない。物珍しさもあったのか、初日こそ店の中でふんぞり返っていたヤドニたちだが、二日目になると早くも飽きてしまったようだ。

 午前中、三人でひそひそ相談していたかと思うと、突然ヤドニが「ちょっと、他の店の様子を見てくるわ」と言い出した。一日の終わりには、売上金の保管作業と、仕切人への報告があり、これは店の代表たるヤドニの仕事である。「“閉門の鐘”までには、絶対に戻ってきてください」と釘を刺したが、ヤドニは面倒臭そうに手を振って、取り巻きたちとともに店を出ていった。

 来店者に商品のことを聞かれても、彼らは何も説明できないし、売値やお釣りの計算も怪しい。結局はマルコが接客を担当することになる。

 ようするに、いてもいなくても大差はないのだが、いったい誰のための店なのだろうかと、ため息をつきたくなるマルコであった。

 店の立地条件は、過去最高。

 しかし、売上げは低迷中。

 そもそも、今回の主力商品であるチムニ村の農作物や肉の加工品は、別に自由市場でなくても手に入るものだ。葉野菜などには“土袋”をつけて鮮度維持に努めたものの、どこまで売上げに貢献できるか、はなはだ怪しいところ。

 それでも、最後まで諦めずに頑張らなくてはならない。


「いらっしゃいませ! “豊穣の大地屋”です。新鮮なお野菜と、旨みたっぷりのお肉はいかがですか? 芸術的な陶芸品もありますよ!」 


 自由市場では、大通りでの客引きはご法度であり、店内からの呼び込みのみが許可されている。

 両手を口の左右に当てて、限りなく遠くまで声を届かせようと奮闘していると、大通りをがに股で歩いていた少年が、ふいにこちらを向き直った。


「あん? なんやお前。“森緑屋”の、弟やないか」

「“魚味屋”の……パキさん」


 ぼさぼさの茶髪を覆う幾何学模様の布。白い布地の服の上に薄い皮製の上着を身につけており、両方の袖を捲り上げている。


「ご無沙汰しています」


 ぺこりと頭を下げると、パキは片手を上げてにやりと笑った。


「おう、マルコやったな。前回はおらんかったから、半年ぶりやな」


 それから“豊穣の大地屋”看板を見上げて、不思議そうに聞いてきた。


「なんや今回は見かけん思うたら、“森緑屋”は何しとるんや? への字口の業突く張りはどうした。店を畳んだんか?」

「……兄のことですか?」

「他におらんやろ。あいつは正真正銘の業突く張りや。このわいが保障したる」


 胸を張って、かっかと笑うパキ。

 一瞬むっとしたものの、悪気があるわけではないのだと思い直し、マルコは肩の力を抜いた。

 何故か毎回のように“森緑屋”に顔を出してくるし、ただの売り子に過ぎない自分の名前まで覚えてくれている。着飾るところがなく、どこか憎めない性格なのだ。

 マルコはパキに“森緑屋”が“十回特典”を使ってお休みしたこと、代わりに推薦した店が“豊穣の大地屋”であること、そして自分が売り子として手伝っていることを説明した。


「“豊穣の大地屋”? はんっ、えらいご大層な名前をつけたもんやな。田舎もんの虚栄心が滲み出とるわ。ほんまもんの商売人やったら、こんな派手な名前はつけん」

「はは……」


 どうにも反論することができないマルコである。


「商品も、まあ、なんや小細工しとるみたいやけど、おもろいもんはないな。――うん?」


 パキが目を留めたのは、陳列棚の五分の一ほどの面積を占める領域に並べられた、陶器製の人形群だった。

 それは、穴掘りなどをしていると、ごくまれに地中深くから出土される古代の土人形に似ていた。用途に関してはいまだに不明。それを、現代風にアレンジしたものだ。 


「お、おもろすぎるでぇ!」


 土人形の群れの奥には、紙製の帽子をかぶった中年の男が、じっと目を閉じながら、両腕を組んだ状態で座っていた。

 陶芸家のソウ先生である。

 自由市場についたところで、ようやくお披露目になった作品が、この陶器製の人形だった。

 極端な胴長短足で、面白い形をしている。可愛らしく作れば、あるいは――百にひとつもないくらいの確率だと思うが――人気が出たかもしれない。

 しかし、その顔の造詣は妙に写実的だった。

 無表情な女性の顔。夜中に子どもが家の中で見かけたら、泣き出してしまうかもしれない。

 そして、ソウ先生自らが指定した販売価格は、これまた冗談と思えるほどに高かった。最大値引率を適用したとしても、売れる見込みはほとんどないだろう。現に自由市場の二日目だというのに、ひとつも売れていなかった。

 こめかみをひくつかせながら不機嫌そうに座っている陶芸家の様子に、威圧感らしきものを感じたのか、賢明なパキは土人形をバカにすることはせず、「ま、まあ、何が売れるか分からん世の中やからな」と、フォローまでしてくれた。


「それよりもや、次は――秋の自由市場には、“森緑屋”は出てくるんやろうな?」

「はい。今回は別の仕事が忙しいので、やむを得ず休んだんです。この店の売上げしだいですけど、次は、たぶん……」

「そうか、ほんならええわい」


 ほっと息をついたパキを、マルコは不思議そうに見上げる。その視線に気づいて、パキはのけぞるように身を引いた。


「か、勘違いすんなや! わいは別に、業突く張りの心配なんかしとらへんからな。ほんまやぞ!」

「は、はい」

「――かぁ、あほくさ。もう帰るわ」


 ぶつくさと文句を言いながら、パキは不自然なほど大きながに股で去っていく。

 よくは分からないが、おそらく“森緑屋”のことを気にかけてくれていたのだろう。

 それからしばらくして、シャーロとエルミナとメグが陣中見舞いにやってきた。

 差し入れは数種類の果物を搾った果汁。スタンド型の飲食店で売っているものだ。気温が高かったし、声がれそうだったので、涙が出るほど嬉しかった。


「どら息子たちは、さぼりか」

「……うん」


 シャーロの問いに、マルコはさもありなんという様子で肩をすくめる。

 やや興奮したように、メグが報告してきた。


「メグね、リザお姉ちゃんに会ってきたの! 一緒にご飯食べて、寝て、今日も一緒に寝るの!」

「あ、そうか」


 いけないいけないと、マルコは自省する。

 店の売上げのことばかり気にしていて、大切なことを忘れていた。


「リーザ姉さん、元気にしてた?」

「うん! レイお姉ちゃんもね、元気だった」

「……?」


 エルミナがリーザからの伝言を伝えてくれた。


「リザ姉、ルコ兄のこと心配してたよ。あんまり無理しないで、身体だけは気をつけてねってさ」


 気を抜くと、涙が出そうになる。


「仕事の合間に、ルコ兄の様子を見に来るって」

「うん、分かった」


 そうだ。自分はひとりじゃない。大切な家族が支えてくれているのだから。

 元気が回復したところで、マルコは初日と二日目の売上げの状況をシャーロに報告した。


「まあ、予想通りといったところかな」

「どうしよう、シャーロ兄さん。このままだと売上げが足りないかもしれない」

「そんなに悲観しなくてもいいさ。目新しい商品がなくったって、売りようはある」


 そんな方法あるはずないと思ったが、シャーロには考えがあるらしい。


「今はとにかく、野菜の鮮度を保つことが最優先だ。直射日光を避けて、土袋には水を吸わせて、保管場所に気をつけること」

「それは、ちゃんとするよ」

「よし――」


 それからシャーロは、無言のまま果汁を飲んでいるソウ先生と彼の手による作品を見て、小声で聞いてきた。


「あれが、例の陶芸品か?」

「お皿か壷だと思ってたんだけど、完全に予想外だったよ」

「商品名を“魔除けの人形”にすれば、ひとつくらい売れるかもしれないな」


 真面目な顔で検討する兄に、思わず吹き出しそうになる。


「とにかく、こちらも明日からが本番だ。手が空いたらまた応援にくるから、頑張ってくれ」

「シャーロ兄さんも、頑張って」

「ああ、お互いにな」


 日が暮れて夜になり、“閉門の鐘”が鳴る直前――ようやく、ヤドニ、ゴウ、スジの三人が戻ってきた。


「ご苦労だったな、マルコ」

「いやぁ、他の店の偵察は、大変だったぜ」

「ぎゃっはっは」

「……お帰りなさい」


 本当は挨拶などしたくもなかったが、これから仕切人への報告がある。機嫌を損ねてぽかをやらかされてはたまらない。ヤドニたちの監視も、兄から与えられた重要な役割のひとつなのだ。

 心を切り離して、自分の仕事のみに専念することにする。

 そして翌日、自由市場三日目の朝。嬉しいことに、リーザとの再会はすぐにやってきた。

 “玉ねぎ娘”の開店前に、応援に来てくれたのだ。

 軽食と飲み物の差し入れもあり、またしても元気をもらうことができた。


「マルコ、ご飯はしっかり食べてるの? ちゃんと眠れてる? 悩みごとがあったら、お手紙でもいいからわたしに知らせてね」


 胸の前で両手をぎゅっと握り締めるリーザ。

 これは、姉の気合が空回りしているときの仕草だ。


「だ、だいじょうぶだよ、姉さん」


 妹たちはいったいどういう説明をしたのだろう。最近の自分はそんなに暗い顔をしていたのだろうか。嬉しさと気恥ずかしさに、思わず顔を赤らめてしまう。


「遠くから運んできたわりには、なかなか新鮮な野菜だな」


 リーザとともにきたのは、驚くほど背が高い女性で、なんというか……まるで、絵本の中の王子さまのようにハンサムだった。

 シャーロが開拓したお得意さまのひとつ“玉ねぎ娘”の料理人で、リーザの師匠にあたるひとらしい。名前はレイという。


「ちょうどいいから、これとこれを、十束ずつもらうよ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ヤドニが久しぶりに会ったリーザに狂喜して、「ハルムーニの街を案内してくれよ」と誘いをかけたが、ハンサム王子にひと睨みされて、縮こまった。


「これから私とリーザは仕事だ。それに、お前たちは商売をしに来たんだろう?」


 まったくもってその通りである。

 お客さまにこんなことを指摘されるようでは、商売人失格だ。同じ店内にいるものとして、恥ずかしすぎる。

 しかしこの売上げは、“豊穣の大地屋”的には助かった。

 幸先のよい出足だと喜んでいたが、その後どういうわけか、急に野菜が売れ始めたのである。

 理由は分からない。

 初日と二日目のほうが圧倒的に来客者数が多いはずなのに、何故か売上げは伸びていく。

 接客と品出しに追われて、目の回るような忙しさ。

 完全にふてくされたヤドニ、ゴウ、スジは午前中に店を出てしまい、ソウ先生も不機嫌そうに座っているだけ。

 爆発されても困るので、ソウ先生を励ましつつ、マルコは忙しく動き回る。

 その流れは四日目も続き、これならば目標の売上げを十分達成することができると喜んだのも束の間。

 “豊穣の大地屋”に、とある異変が起きた。

 ヤドニの取り巻きであるゴウとスジが、姿を見せなくなったのである。

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