第三章 (9)
明日は“玉ねぎ娘”の定休日。
そして、大切な家族がハルムーニに来てくれる日。
ミサキさんは、家族が滞在している間は休めばいいと勧めてくれたけれど、今、お店はとても忙しい。
自分が休んだら、レイに迷惑をかけてしまう。
そんなことを口にしたら、きっとレイは怒るだろうけれど。
「ひとりひとりが、与えられた仕事を精一杯こなすこと」
それは、シャーロ兄さんが私たち家族全員に伝えた言葉だ。
だから私は、今自分に与えられている仕事を、精一杯こなそうと思う。
メグやエルも、きっと分かってくれるはず。
私が家族と別れてから、もう三ヶ月半が経つ。
メグは少し大きくなったかしら。
エルはきっと元気いっぱいよね?
二人を、思いきり抱きしめたい。
マルコはチムニ村で新しく立ち上げられた“豊穣の大地屋”という店のお手伝いで、夏の自由市場に参加するらしい。
本当にすごいと思う。
残念だけど、ダンとハルは、ユニエの森の教会でお留守番。
でも、いつかきっと会える。
そして、シャーロ兄さん。
あの日の夕暮れのことを思い出すたびに、今でも心臓が飛び出しそうになる。
もう一度やれといわれても、絶対に無理。
ミリィが教えてくれた。
私のやったことは、“逆プロポーズ”というらしい。
マスは「めちゃガッツある」と褒めてくれた。
とても元気があるという意味だ。
どうしよう。
シャーロ兄さんに会えると思うと、胸がどきどきして手が震えてしまう。
うまく文字を書くことができない。
忘れられないあの夕暮れから、もう三ヶ月半。
手紙では何度かやりとりをしているけれど、少しも気持ちを伝えられていない。
会いたい。
明日まで、とても待ちきれない。
今すぐにでも、シャーロ兄さんに会いたい。
会って、私の気持ちをすべて伝えたい。
私は、シャーロ兄さんのことを、愛
「……」
勢いに任せて走らせていたペンを止めて、リーザは硬直した。
ランプひとつが燈された机の上。
兄にプレゼントされた日記に書き綴られた文章。その最後の単語をもう一度確認して、リーザは思わず声を出しそうになった。
急激に胸の鼓動が高まり、羞恥心で顔が熱くなる。
最初は純粋に家族に会える喜びを書いていたはずだ。
それなのに、ふとしたきっかけで文章は流れ、しかし筆圧はどんどん強くなっていき、最後はとても他人には見せられない単語まで飛び出した。
ペンで塗り潰そうとしたが、それもできない。自分の気持ちを否定するような気がしたからだ。
「うう、どうしよう」
その声に反応したのか、隣のベッドで寝ていたレイが、もぞもぞと寝返りをうった。
「……ん? リーザ、まだ起きてるの?」
「あ、レイ。ご、ごめんなさい」
すでに真夜中に近い時間帯である。
ぎこちない動きで、リーザは日記を閉じた。
「明日は、買出しに行くんだろう?」
薄闇の中であくびをしつつ、レイが聞いてくる。
「うん」
「じゃあもう寝なよ。つらくなるよ」
「はい。そうします」
リーザは日記を机の引き出しに入れると、ペンとインクを片付けて、自分のベッドに潜り込んだ。
直近の手紙によると、シャーロたちが“玉ねぎ娘”に到着するのは、明日の夕方くらいになるそうだ。
せっかくだから、ご馳走を用意して待っていたい。レイも買出しに付き合ってくれると約束してくれたし、夕食には店長のミサキも招待する予定だ。
今のところ、シャーロとリーザの関係を知っているのは、サムジ、ミリィ、マスの三人だけである。
まだ家族にも報告していないことを、サムジに伝えてしまったのは、迂闊としかいいようがなかった。あっという間にミリィとマスに嗅ぎつけられて、そこでようやく、口止めをお願いしたのである。
交換条件として「婚約者に合わせること」を約束させられたのだが、いずれは果たさなくてはならないだろう。
兄は、どんな顔をするだろうか。
「……」
また、心臓の音が大きくなってきた。
明日は、シャーロ兄さんに会える。
ベッドの中で、リーザの長い夜はあともう少しだけ続きそうである。




