8.パレード。魔王様復活祭
──一月九日、快晴。
現実世界の暦から数えて、今日はまだ会社が休日の日曜日……であるはず。しかし、オジサン幽霊である私は、ここ異世界〝蒼天の無限郷〟にまだ居た。明日からは本格的に〝魔王様〟として出勤……だと言うのに。
〝──魔王様! 魔王様っ!! ご復活っ!! 万歳!! 万歳っ!! おめでとうございますっ!!〟
まるで、祝勝凱旋パレード。何だ、これ……?
紙吹雪が頭上を舞い、花火が盛大に打ち上げられて居る。……これも、仮想現実の技術により再現されたものなのだろう。さながら、本物っぽく華々しく舞っては色彩鮮やかに散って行く。その散り際に消え行く瞬間、小さな電光がジジジッ……と走り、空間に滅する様に消えてしまうのが、特徴的であった。
(──ドン! ドン! パアァァン! ドオォォン! ジジジッ……)
そして、私は──。田中さんが手配してくれたであろう、コンピュータ技術により顕現された〝八岐の大蛇〟の様な八つの頭を持つ魔竜の背に揺られ……。さながら牛車の御簾から外の様子を伺う様にして、〝正妻〟ことリリスさんと共に居た。外の艶やかな外観は、中世ヨーロッパの建造物を基調としつつも中華街や近未来的な建造物が混然一体としつつ、混沌でありながら斬新な都市空間を演出して居た。
取り分け、パレードの両脇に居た群衆の多くは、魔物と言うよりも、人の形を模した角や翼を持つ魔族と呼ばれる異形の種の方々が多かった。私は、田中さんはいつの間に、こんなに沢山もの演者さん──幽霊の方々をお集めになられたのだろうかと感心した。
(──グルバオォォォォン!!)
……私とリリスさんが乗る〝八岐の大蛇〟と形容すべき魔竜が咆哮し、民衆とも呼べるパレードに立ち並ぶ〝演者〟──魔族の方々が歓喜して居る。
〝万歳っ! 万歳っ!! 魔王様!! 魔王様っ!!〟
しかし、その様相は……何処か画一化された行動様式を想わせ、味気無い虚しいものにも思えた。そう、それは、例えるならば……現実のゲーム世界における〝村人A〟と言った様相であった。私は、この仮想現実における賑やかさに圧倒されつつも、眼鏡の中央をクィッと指先で押し上げ──、隣に座るリリスさんへと振り向いた。リリスさんは、流れる様な黄緑の長髪とともに、慎ましやかに手を膝元に重ねて居た。
「何だか、賑やかですが。何処か、心無しか寂しいのは気のせいでしょうか……」
「……魔王様。申し訳御座いません。只今、霊鬼により、その失われた魂の多くを掻き集めて居る所存に御座います。何卒……」
「……リリスさん? 一体、どう言ったことで?」
「滅び行く世界は、〝残留魔力〟と〝コンピュータの力〟で、その姿を留めて居ります。魂の〝絶対数〟が激減した今──。それを補う為、霊鬼は〝田中〟と自らを称し人間界へと足を運んで居るのです」
「それが、仮想現実と何か関係が?」
「魔族サイド及び、勇者サイドにて冒険者を人間界より募ることにより、この物語──世界は輝きを取り戻すでしょう。しかし、四天王である極王と緋眼は、侵略を本望としており、霊鬼と輝里とは意見を違えて居ます……」
「そ、そうなのですか? り、リリスさん……?」
「こ、この世界並びに他の世界も……。ご、ご覧になられたでしょう? ま、魔王様……。仮想現実世界にて、神々が侵食し滅ぼす様を──」
「り、リリスさんっ?!」
〝正妻〟──と、気丈に振る舞うリリスさんの黄緑色に輝く頭上の光が、いつもより輝きを潜めて見えた。急激な頭痛に襲われたせいか、リリスさんが額に手をあてがい、俯いたままその場に塞ぎ込む。白く輝くドレスの背に流れ落ちる光る黄緑の長髪……。牛車の様な籠に揺られる最中、リリスさんは真紅の枕に身を寄せ、息苦しそうにもたれ掛かった。その背中を私は──思わず擦りながら、声をあげた。
「……だ、大丈夫ですかっ?! リリスさんっ?!!」
「あ、有り難う御座います……魔王様。やはり、相変わらず、お優しい。例え、お姿は変わられてしまっても、その尊さに変わりはありません──」
◇
私は、その夜──。一冊の小さな〝本〟を目にして居た。
(──〝蒼天の無限郷〟? 何故、この様なところに?)
この世界に突如として私がやって来た〝玉座の間〟らしき仄暗いドーム状の宮殿内部には、電気と言うものが無い。世界観を壊さぬ様に、だろうか? 古めかしい内壁には、幾つものランタンがオレンジ色の炎を灯して居る。
その薄明かりの最中、私は足が床に届かない仰々しい巨大な椅子に座り……ボンヤリと頰杖を突いて物思いに耽って居た。私は癖で、コンコン──と、その〝玉座〟の肘置きに指先を立てて音を鳴らした。
(──ゴゴゴゴゴゴ……)
すると、つい先程、幾つもの髑髏が積み上げられた祭壇の上に、一冊の〝本〟が現れたのだ。何も無かったはずの空間に、その本が祭壇とともに突然現れた様子に、私は無いはずの心臓が止まりそうになった。しばらく、ビクビクと震えつつ……。気持ちに落ち着きを取り戻した私は、眼鏡の中央をクィッと押し上げて、玉座から前のめりになりながら、その祭壇の上に置かれた〝本〟を見つめて居た。
「……どうかなさいましたか? 魔王様?」
その時──。何の物音も立てずに、漆黒の影から人が現れた。田中さんだった。いつもの眼鏡とスーツ姿だった。私は、ふと自分へと目をやると、とても魔王とは呼べない綻びた生前のスーツを着ていることに気が付いた。
「あぁ、田中さんですか……。リリスさんのご容態は?」
「リリス様は、魔王様の寝室にて穏やかに休まれて居ります。大丈夫かと……」
「そ、そうですか。……寝室。わ、私の……。そ、それならば良かったのです」
「心配なのですね? リリス様のことが」
「えぇ。リリスさんは、この世界の何か〝要〟の様な存在であられますし……。それに、私も、いよいよ明日から〝魔王〟として出勤です。リリスさんの看病をしつつ、演者として人間界から楽しみに来られる冒険者さんたちを、どうおもてなしすれば良いものかと……」
「それでしたら、心配に及びません。リリス様は封印が解けた後のご自身の魔力制御で、疲れが出ただけです。魔王様が声を掛けられれば、お元気になられるかと。それに、〝蒼天の無限郷〟は、まだ〝シーズン1〟の途中ですので、まだ魔王様は……」
「〝シーズン2〟がある……と言うことですか?」
「えぇ。その時は、魔王様やこの広大な魔王城及び魔王領が物語に出て来る予定ですので」
「幾ばくかの猶予がある……と?」
「……左様に御座います」
田中さんは、いつもの眼鏡にパリッとしたスーツを着こなし、恭しく私へと頭を垂れた。何処か執事を想わせる、その丁重なお辞儀に「あぁ、私も明日からは本格的に魔王役を熟さねば」と、気が引き締まる想いがした。
すると、顔を上げた田中さんが、眼鏡越しにニコニコと笑顔を見せて居た。クィッと指先で眼鏡の中央を押し上げた田中さんは、軽くステップを踏んでから「ふふふ……」と、華麗にターンをくるりと決めたかと思うと、私へとビシッ!と指を差して言い放った。
「では、職場体験オリエンテーションは、今日までと致しまして。明日からは、蔵前さんには魔王様として〝研修1〟を熟して頂きますね?」
「け、〝研修1〟ですかっ?! で、では、〝研修2〟も……?」
「分かりません」
「は、はぁ……」
「ふふん……」と、眼鏡のフレームを抑えつつ、鼻歌混じりに立つ田中さんの姿は、何処か楽しげだった。私も、生前こんな風にお仕事が出来れば良かったのにと、その田中さんの様子を目を細めながら見つめて居た。
(──〝研修〟……ですか。初任者の私には、必須ですね……)
それから私は、少し間を置いて、固く冷たい仰々しい玉座から「よっこらしょ」と言って立ち上がった。明日に備えて、田中さんに〝研修1〟の内容を尋ねてからリリスさんの容態を伺いに、自身の寝室へと戻ろうと思って居た。
「では、田中さん。〝研修1〟とは如何なるもので……?」
「フッフッフ。よくぞ聞いてくださいました! 蔵前さん! いえ、魔王様っ!!」
もう一度──、いや、クルクルと多めにスピンをフィギュアスケート選手ばりに回転を加えて着地した田中さんが、私へと両手を広げて仄暗い宮殿のドーム状の天井を仰ぎ見て居た。フルフルと震え立つ、田中さんのその姿に、私は目が点になり言葉を失った。そして、田中さんは、ゆっくりと……私へと顔を向けた。
「蔵前さん。いえ、魔王様。魔王様には、一度、〝研修〟として〝勇者サイド〟の冒険者パーティに入ってもらいましょうかね?」
「えっ?! わ、私がっ?! 勇者サイドの冒険者……」
「その方が、魔王様としての役割が、如実に分かるってなもんです」
「そ、そうですか。わ、私が冒険者……。最近はゲームだなんて、生前を含めましても……とんと」
「それから、冒険者パーティが宿屋に泊まったり、自由時間を過ごしている時間は、こちら側に戻って来てもらいましょうかね? 魔王様としてのお務めもありますし?」
「リリスさん……ですか?」
「いえいえ! まぁ、魔族サイドにまつわる云々や魔王業としても熟さないと、他の四天王たちが嫉妬致しますのでね?」
「は、はぁ……。そう言うものですかね? 中々に、ハードですね……」
「まぁ、よく言うじゃないですか? 臣民の心を掴むには、何とやら……ですよ?」
「そんな言葉、ありましたっけ?」
「まぁまぁ! 魔王様に至っては必要無いかもですが?」
またもや、「ふふん……」と、鼻歌混じりに華麗にステップを繰り広げ──。田中さんは、仄暗いこのドーム状の宮殿に灯るランタンの明かりの下、私へとスーツの上着をマント代わりに広げつつ深々と会釈をした。
私は、思わず拍手を「パチパチ!」と打ち鳴らし、その音がこの玉座の間に響き終えると、私と田中さんとの間に静寂が訪れた。
──目の前の髑髏の積み重なる祭壇の上に置かれた〝蒼天の無限郷〟の〝本〟が一瞬、青白く光った気がした。
私は、他の〝演者〟と呼ばれて居る現幽霊の方々が、如何にこの仮想現実世界で活躍されて居るのか──。〝研修1〟において、それを知るとともに、お客様である冒険者の方々のことを知る良い機会だとも想った。そして、リリスさんの体調のことが、少なからずとも気掛かりになって居た。




