対竜戦時中と今は亡きいつもの風景
アルタイル国空軍第一基地は、首都の近くに作られていた。
島国であるが故に滑走路の必要性が低い垂直・短距離離着陸機が進み、未知の脅威である機械竜への対応に追われいるここに、一機の対機械竜用航空戦闘機、ゲオルクが着陸する。
真紅の機体は主翼が斜め下に伸びていて、正面から見ると八の字に見える。コックピットのすぐ右下にはイタリック体で「Queen Ruby」と白く印字されていた。
「ランバージャックのアホは何処よォッ!?」
着陸してエンジンを切った後、フルフェイスヘルメットを脱ぎ捨てて操縦席を飛び出したマグノリアことマギーは、怒りの形相で駆け出していた。
周囲にいた整備士が「はあ、またか」とため息をついていることから、これが日常の光景であるとよく分かる。
彼女は紅のボディースーツ姿のままに基地に入ると、階段を駆け上り、二階にあった研究部と書かれた部屋を蹴破って入った。
「ああ、お帰りなさい。どうでしたか?」
中にいたのはいつものスーツに白衣姿のランバージャックと、他数名の研究員だ。
机が四つ並べられて一つの島を作っており、その上には大量の設計図と一つの竜玉が鎮座している。壁にも大量の設計図が張り付けられており、何名かはその前に集まって相談していたところだった。
その内の一枚を手に取って眺めていた彼は、突然のマギーの来訪にも全く調子を変えない。
「どうでしたか、じゃないわよッ! アタシのクイーンルビーに今度は何したァッ!? いきなり加速したかと思ったら、胴体後ろに白い雲までできたのよッ!?」
「ベイパーコーンですね。ということはマッハを超えましたか。実験は成功です」
「その所為で遭遇した機械竜にあわや真正面から突っ込みそうになったアタシに対して言うことは?」
「ご協力いただき感謝します」
「一回謝れこんのクソ眼鏡がァァァッ!」
「まあまあ」
マギーがランバージャックの胸倉を掴んだ時、柔らかい声で割って入ってくる男性がいた。
栗色のくせ毛を持ち、声色と合わせて物腰も穏やかで、顔には困ったような笑みを浮かべている中年男性である。ランバージャックと同じ白衣を着ており、白いシャツとベージュのスーツズボン、黒い革靴を履いていた。
この研究部の部長である、ヤコブ=エルスハイマーだ。
「落ち着いて、マギー。またランバージャックには、私の方から言っておくから」
「ヤコブさん、そう言って改善された試しがないんだけど?」
「だが、次は改善されるかもしれない。そうだろう?」
スカイは無言でヤコブを睨んでいたが、やがてその手を降ろした。ランバージャックが襟元を直している中、ヤコブがお礼を言う。
「ありがとうね、マギー」
「次やったら命はないと思いなさい」
「善処します」
「全力で対応しろォォォッ!」
「た、隊長、ここでしたか」
マギーが怒鳴った時、入口にもう一人の来客があった。迷彩服を着てくせ毛の茶髪を揺らしたクラウスだった。走り回っていたのか、息が上がっている。
「は、早く戻ってください。報告はどうしたと、ドリストン大佐からお怒りの声が」
「 」
その時のマギーの顔は、酷く印象深く味わい深いものであった。目を見開いて口を半開きにし、しかし全体で見ると呆けたような表情。つまり、完全に忘れていました、という顔だ。
彼女の頭の中に、白髪交じりのオールバックを持った上司の顔が思い浮かぶ。彼からされた説教もセットであり、単品で思い出すよりもお買い得だ。なお買う予定はない。
「急用ができたわ。すぐに飛ぶから、報告は後でって伝えておいて」
クラウスの言葉を聞くや否や、マギーはそそくさとその場を後にして走っていった。残されたクラウスが「た、隊長ォォォッ!」とまた彼女を追いかけている。
それを見たヤコブの口元には、笑みが浮かんでいた。
「一時期の鉄砲玉の時を思えば、彼女も丸くなったものだ。これもクラウス君のお陰かな?」
ヤコブが感慨深げに呟くと、ランバージャックが不思議そうな顔をする。
「丸くなった? 特に太っているようには見えませんでしたが」
「いや違うんだなこれが」
天然なのか地なのか。言葉の通りにしか受け取れない自分の部下に対して、ヤコブは想定していなかった味のお菓子を食べた時のような微妙な顔で頭を掻く。
「まあいいか。機械竜の襲来も少なくなってきている。そろそろ、こんな何処の誰とも分からない戦いも、終わりにしたいものだ」
「私達としては、研究材料が減るのが困りますけどね」
「それはそうだ。一般市民としては願うべき平和だが、一研究者としては研究対象を失うことになる。ままならないものだよ」
「それに、最近は他国にもかなり横取りされています」
ランバージャックの言葉に、ヤコブは顔を伏せながらため息をついた。
「どちらが撃墜したのか、で揉めることも多くなってきました。他には討伐に協力したのに分け前はないのか、等の話もあります。政治家が資金の代わりにしているという噂もありますし、研究部の私達の所に回ってくる分は、確実に減ってきています」
「人間対機械竜の後は、人間対人間の争いになるかもな」
顔を上げたヤコブは遠くを見るような目をしていた。
「一時は平和になるだろうが。これまで戦争であるからと後回しにしていた部分は、かなり多いだろう。それに今では、機械竜の残骸の多さがゲオルクの数になり、そのまま軍事力に繋がって部分もある。国はもっと多く集めてこい、そしてもっと新しいものを作れとせがんできておるし……私は、ゲオルクなんか作らなければ良かったとか、時々思うよ」
「それは覚えておいた方がいい言葉でしょうか?」
「いや。ただの世迷いごとだ、忘れてくれ」
「わかりました」
「さあ、休憩は終わりだ。ランバージャック、クイーンルビーの飛行データを持ってきてくれ。このスターペガサスの竜玉と比較、検証するぞ」
部下を使いにやった後で、ヤコブはもう一度ため息をついていた。
「ああ。最近は遅く帰ってばかりだ」
彼は白衣のポケットから白黒の写真を取り出した。そこに映っているのは自分と妻、そして小さい一人息子のヨハンである。
「せめて、このまま静かに終わってくれたら」
しげしげとそれを眺めた後に、ランバージャックが戻ってきた際に合わせてポケットへしまい込む。早く帰る為にも仕事をせねば、と彼は意識を変えた。
しかし彼の願いとは裏腹に、事は起きる。後にマギーが真紅の英雄と呼ばれるようになった、大量の機械竜による襲来であった。
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