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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
廻る、空の想い
7/22

今が始まる〈後編〉

 もう、遠い過去の出来事だった。


 《マグネット天地団》主催の〈育成プロジェクト〉メンバーとして幼児期から学童期までの子供が16名選ばれた。

 僕ら《陽光隊》は【現地】まで子供たちの護衛任務に赴いた。

 移動手段は列車での護送。途中でアクシデントの為に当時の《陽光隊》隊長が1名の隊員とともに任務を離脱した。

 任務終了まであと2日。隊長と隊員が無事でいてくれた。僕らはふたりがいる現在地まで迎えに行った。

 ふたりは《マグネット天地団》に関係する情報を調べて、子供たちが最終的に連れていかれる場所も突き止めたのだった。


 僕らの任務は【現地】で終わらなかった。

 僕らは、子供たちを護る為に【現地】から【ヒノサククニ】を目指すと志した。


 今、僕が“転送の力”でやって来た【現地】こそが、始まりのはじまりの場所だったーー。



 ***



【サンレッド】


【此処】は『あの頃』の始まりの場所。


【此処】は【国】への“扉”が開かれる場所。


『あの頃』が再び始まるのであれば【此処】に《団体》から選ばれた子供たちが来るに違いない。移動手段が同じならば、関連施設だって残っている筈だ。


 僕は臆測を確信にしたかった。そして、明確になった。

【現地】の駅舎は当時のまま、茶褐色の大地にわずかに茂っている雑草と、殺風景な辺り一面もかたちをとどめている。


 時が流れても【此処】は変わらない。

 まるで『あの頃』がまた訪れることを待っていたかのように、何も変わらない光景のままだった。



 ーーなるほど。だからキミはこの場所を選んだのだね……。


「どこからそんなことが言いきれるのだ」

 僕は奴の言い方が不愉快だった。

 まるで僕の思考を読み取ったような奴の言い回しが気に入らなかった。


 ーーキミは思考の制御が苦手なようだね。だから、ボクに見つかってしまった。キミのように“力”のみを制御させて日々を過ごすことは、どこかに隙を与えていると知らせているようなものだよ。


「わかりきったような言いぐさだな」

 僕は羽織るグレー色のジャケットを脱ぎ棄て紺色のネクタイを解く。更にワイシャツの袖口を捲り上げ、前見頃のボタンを上から二個まで外した。


 ーーボクと闘う。キミは、それでいいのかな。


「ああ。だが、僕はおまえの存在が何の意味をしているのかを確める」

 僕は膨らませた“力”を僕の中で流れる血で巡らせ、手に足にと刷り込ませる。


 ーーキミはボクに勝てない。


 奴が言うことは本当だろう。だが、僕は奴に勝つ目的で“力”を解放するのではない。


「おまえ、何者だ」

 僕は足に“加速”を、手に“衝撃”の“力”を発動させて、迫り来る奴の動きを避けて、阻止をする。


 ーー不愉快だよ、挑発的のわりには本気ではないキミの態度にだ。


 奴は僕の“力”加減に不満そうだった。


「おまえは鼻っから僕が『闘う』と決めつけていただけだ。おまえは、僕が言ったことを全く理解していない」


 奴が僕の背後に移動をした。

 僕は地面に膝を曲げて腰を落とし、左斜め上へと振り向いた。


 奴の全身が蒼白く、光沢していた。


 ーーつまらない……。


 奴は不満げに口を突き、僕にむけて手を翳すと“力”を放出した。


 奴の“力”で僕の身体が、僕は背中から地面に叩きつく。衝撃が強く、僕は仰向けになったまま息を何度も吐いた。


 僕が受けた奴の“力”に違和感があった。熱量を消費しての“力”ではなく、突風で煽られ身体を支えられない、水中に潜って息が続かないような感覚に、僕は違和感を覚えた。


 奴の“力”は僕が持つ“力”と何かが違う。

 僕は奴の“力”の仕組みを見極めたいという思いを馳せた。

 奴そのものを取り押さえるは不可能だが“力”だけならーー。


 僕はまだ仰向けになっていた。僕のことを見下ろしている奴が今一度“力”を解き放す時が瞬間だと、腰に装着しているホルダーに右手を乗せた。


 ーーフン。起きる気力なしの癖に、まだ何かを考えているみたいだね。でも、そんなことはどうでもいい。


 奴は僕の様子を疑っていた。それでも僕はじっとして瞬間を待った。

 奴の手が、ゆっくりと僕に翳される。僕はまだか、まだかと、奴の動きを待ち構える。


 ーーじゃ、キミの“力”持って帰るね……。


 奴の僕に翳す手が蒼白く、瞬く。

 僕は瞬間が訪れたと、ホルダーからある機具を抜き取り、迸る閃光に向けた。


 腕に痺れがあったが、僕は奴の“力”を機具に詰め込んだ。


 機具をホルダーに納め入れた僕は、奴がまだ放出している“力”から身体を右方向に反らして“転送の力”を発動させた。



 ーー畜生……。


 跳ぶ瞬間に、奴の絶叫が聞こえたーー。



 ***



 朝になって、僕が解放した“力”と奴から受けた“力”の衝撃が身体に残っていた。それでも僕は『仕事』を休まなかった。


「『先生』無理しすぎ」


 僕のよろける姿に堪り兼ねたリレーナが準備室の扉を塞いでいた。


「睡眠不足なだけだよ。だから、ドアを開けて」

「講義中に倒れたらそれこそ大騒ぎになるわ。学生には私から説明をするから『先生』は医務室に行って診察を受けて」


「いや、だから本当にーー」


 リレーナが僕の言うことを遮るかのように、僕に口づけをした。


 リレーナは僕を強く抱き締めて、深い口づけをした。何度もリレーナとは口づけをしていたのに、今までにない心地好さと温もりが僕の全身を爽快にさせていった。


 リレーナの目に涙が溢れていた。口づけを終わらせてもリレーナは僕に抱きついたままで、僕の顔をまっすぐと見つめていた。

 リレーナは涙で頬を濡らしていた。僕は、リレーナの涙を拭えなかった。


「タクト、お願いーー」


 リレーナは、僕の為に泣いたーー。



 ***



 僕はリレーナに本当のことを言っていない。

 学生たちの間で噂になっている『話』がほぼ事実だったということを、僕はまだリレーナには言っていない。


 奴が生身かまでは確めることは出来なかったが“力”を持っていることは解った。


 僕は結局、講義を休んでしまった。今いる場所は、校内の医務室だ。


 僕はベッドで横になっていた。

 リレーナには『睡眠不足』と説明をしていたが、以前もこんな症状になったと、思い出した。


 急性反動病。


 “力”を一気に解放させると身体が“力”を蓄えようとする機能が働く。例えるならば、空気が抜けた風船を膨らませる、抜けた空気より多い空気が風船を膨らませ続ける。


 僕の身体は、正にその状態だ。

 抑制していた“力”を急激に放出した為に、僕はベッドで横になるはめになってしまった。


『あの頃』僕の身体は未成熟で“力”の使い方だって上手くはなかった。自分の身体の状態にさえ気付かずにいたら倒れてしまい、挙げ句の果てには特に、アルマさんに迷惑を掛けてしまった。


 アルマさんは僕のことを助けただけだ。しかし、処置方法は今考えると凄いことだった。


「『急性反動病』の処置は、溜まった“力”を吸引する。ただし、軽度は安静することで症状が治まる」


 僕が横になっているベッドの側にいたリレーナが話すことに、僕は顔から血の気がひいたような気がした。


「残念ながら私は“力”を吸引するなどの“治癒の力”は持っていないから、タクトに処置が出来ない」


 がっかりして言うことだろうか。と、僕は思った。


「でも、ちょっとだけ」と、リレーナはベッドで横になっている僕に覆い被さり、僕の口を口で塞いだ。


 僕はリレーナの口の中に息を吹き込んだ。リレーナは僕が吹く息に噎せて僕の口から口を離したあと深呼吸を繰り返していた。


 僕は堪らず笑ってしまった。

 笑う僕を見るリレーナは、流石に膨れっ面になっていた。


 僕は思った。


 リレーナが傍にいると、僕の中では当たり前になっていた。リレーナが僕からいなくなると、考えたことがなかった。


 もしもリレーナが僕からいなくなったら、僕はどうするのだろう。

 考えると、自然と身震いがした。


 僕は今まで僕の愚かな煩悩を打ち消す為に、リレーナを抱いていた。リレーナを抱きながら忘れることができない欲望を、心の奥に押し込んでいた。


 僕は、過ちを犯していた。

 リレーナだけではなく、過去の自分にも過ちを犯した。それでも、許されたい。と、思うのはあまりにも自己中心的だ。


 冒涜だった。


 僕は、愛することの意味をすり替えていた。

 僕はリレーナの涙を見るまで、自分の愚かさを気付かずに今までを過ごしていた。


 今の僕をリレーナは受け止めてくれるのだろうかと、医務室のベッドに横になっている僕は考えたーー。



 ***



 学生が帰る時間になった頃に、僕は漸く医務室から出ることが出来た。

 廊下を歩く足取りはすっかり良く、僕は調子に乗って軽やかにした。


 ーー呆れたよ。ボクから逃げた癖に、懲りていない様子にね。


 僕の歩調が重くなった。

 僕の左横に奴がいると解ったとたん足取りが間怠っこしいと、なってしまった。


「残念ながら、今はおまえの相手をする暇はない」


 ーー冷たい言い方だね。


「おまえなんかに言われる筋はない」

 僕は教授の部屋に行く途中だった。奴に足止めをされてしまい、さっきまでの調子が悪くなった。感情が怒りで膨らむ。しかし、今此処で“力”を解放させるわけにはいかなかった。


 ーーまあ、いいや。また改めてキミと相手をする……。


 奴が消えた。


 おかしな奴だ。僕の前に現れた割には何もせずに去っていくことに、僕は呆れた。


 教授が帰ってしまう。

 僕は本来の目的を思い出して、急ぎ足に教授の部屋へと向かった。



 ***



 僕は教授の部屋にいた。


 僕は先日奴から回収した“力”が詰まった容器を教授に渡した。


「無茶をしおって」


 僕から事の経緯を聞いた教授は怒っていた。


「先程、此処に来る途中で奴が現れました」

「危害は加えられなかった。しかし、そいつはおまえの前にこれからも何度も姿を現すだろう。気を付けとくのだ」

「ええ、勿論です。場合によっては僕はーー」


「まだ、決めるな。おまえは我が大学の大切な人材だ。だから、此処から去るということは考えるな」


 教授は僕から預かった容器を高機能機器の受け口に挿入して、機器を操作する為の開始メッセージをキーボードで入力した。


 僕は奴の“力”の解析を教授に依頼した。

 教授は“力”を解析することが出来るシステムが搭載されている機材を自費で購入して活用していた。

 僕が教授から直々に“力”の仕組みを学びたかった理由は、教授の幅広い知識と日々の世の中の情況を探究するという、躍動的な活躍をされている姿に心を打たれたからだ。


 今回の依頼は、駄目でもともとだった。しかし、教授は引き受けてくれた。


 情況が刻一刻と変化している。

 僕は、教授を捲き込みたくなかった。だから、今回の件で今依頼したことで僕は、教授のもとで学ぶ為の門を叩くを止める覚悟だった。


「タクト、見てみろ」


 解析が終わって、教授は僕にデータが表示されているディスプレイを見るようにと促してくれた。


 〔メタル粒子 25%〕

 〔マンガン炭素 30%〕

 〔解析不能 45%〕


 僕は驚愕した。

 最新式の機材でも解析が出来ない表示に、僕は身体を震わせた。


「タクト、おまえが遭遇した『奴』は我々にとっては『未確認物体』と、現段階では言い表すしか出来ない」

「地上に生息している生物とは別の特異体質。或いは、地上外からの生物……。なのでしょうか」


「『奴』を実際に調べるは不可能だ。我々が追究する分野ではない。いいか、タクト。身を守るを怠るな」


 教授の忠告は、本気だった。

 僕のことを心配しての言葉は解ったが、僕は僕だけがぬくぬくとしているなんて、とても出来ない。


「教授、僕はやるべきことを今まで疎かにしていました。僕は今が大切です。だから、僕は決めましたーー」


 僕は教授に胸の内をあかす。


「頑な、どうしても。と、いうのだな」

「はい」

「あくまで『今』を護る為。其れが今のおまえの意志なのだな」

「はい」


 僕は教授からの問い掛けに、その度に首を縦に振った。


「行ってこい。そして、また『此処』に帰ってこい」

 教授はひとつ息を吐いて僕の左肩を右手で押し込み、部屋から出ていった。


 扉が閉まる音に部屋に残る僕は耳を澄ませ、深くお辞儀をした。



 後日、僕は大学に休職届を提出したーー。



 ***



 僕は『今』に数えきれない感謝をしている。

 今回の件で僕の我儘を許してくれた教授の存在が僕にとってはこれ程有り難く、そして血をわけた肉親と同じくらい大切だと心に刻ませた。


 僕には“帰る場所”があると、教授が教えてくれた。教授は勿論、今で『今の僕』と繋がっている人々の気持ちを台無しにしたくなかった。


 気心なのは、リレーナだ。

 ただでさえ僕に振り回されているだろうのリレーナが気になって堪らなかった。

 僕の、僕が此れから立ち向かう事にリレーナがどんな反応をするのかと考えると息が止まりそうだった。

 それでも僕はリレーナに伝えると、決めた。

 僕はリレーナに二度と振り向いて貰えないかもしれないと覚悟をして、僕の今からを伝えると決めた。


 僕は、自宅にリレーナを招いた。

 ゆっくりと出来る場所は此処しかないと、僕の考えだった。


 夕食は僕の手製にリレーナが持ち込んだドリンクとお酒、食後のスイーツとして滅多に口にすることがない高級店のケーキをリレーナは手土産にと、持ってきてくれた。


「タクト、私は私で『今』を護るわ。あなたにしか出来ない事に私が付いていったら大変でしょうからね」

 リレーナは、意外と落ち着いていた。


「怒ってしまうと、思っていた」

「それっぽっちで怒りの対象にはならないわ」


「『それっぽっち』だなんて、随分とおおらかなーー」


 僕は、リレーナの目を見つめた。次にリレーナの唇、手、脚と僕はリレーナの全身を目で逐った。


「タクト、私はあなたを縛らない。其れがお互いの自由の決まりごとだと、私は思っている」

「ありがとう」

「私はあなたの中まで振り回さない。だって、タクトはーー」


「辛い筈だよ。僕はキミのことを知らずに傷つけていた。僕は、キミの気持ちに甘えていた」


 僕たちは、リビングルームに備えてある長椅子

 で座ったままじっとしていた。


「あなた『男』だもの」


 リレーナが言うことに、僕は拍子抜けた。


「参ったよ。散々悩んでいたのが大したことないようだよ」

 僕は自然と笑みが溢れてしまった。


「あなたが愛おしい。私はそれで満足している」


 綺麗だ。と、リレーナの横顔に僕の胸の鼓動が高らかに打ち、胸の奥を熱くさせた。


「待ってて欲しい。は、駄目かい」

「全然よ。否定する理由はないわ」


「キミを抱く。僕の勝手な欲望にキミはどう、応えてくれるのかが心配だ」


 ーー『イエス』よ。いつも、いつもそうだったわ……。


 甘く囁くリレーナは、瞳を綴じていた。

 僕はリレーナを腕の中に抱き寄せ、リレーナの温もりを手で確かめた。


 リレーナが愛おしい。

 リレーナを愛している。


 僕はリレーナを抱き締めながら心の中でやっと辿り着いた気持ちを確認した。


 僕は、リレーナを抱いた。

 僕はリレーナにずっと傍にいて欲しいと、心を震わせた。


 僕はやっと『あの頃』の僕を解放させた。

『あの頃の僕』はアルマさんが好きだった。

 叶わない想いとわかっていながら、ずっと今の今まで僕の中に閉じ込めていた。


 僕には“帰る場所”があると、心を分かち合う人が『今』の今にいる。


 安堵。


 僕はやっと“帰る場所”の意味を、僕は漸く知った。


 僕の『今』が始まると、僕はリレーナをやさしく抱いた。


 僕は、リレーナを愛おしく抱いたーーーー。

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