トリビュート
閉じ込められた。
タクト=ハインは倉庫車両の扉が開かないと、焦っていた。この状況を誰かに気づいてほしい一心で開かない扉に向かって拳を振り上げ、声を張り上げた。
しかし、体力は限界に達してしまい「休憩」と、タクト=ハインは壁に背中を押し付けて腰を下ろした。
護送列車“レッド・ウインド号”の車体のフォルムは『あの頃』と変わらないが設備、システムはかなり向上している。
証明されたのは“転送の力”が発動不可能。倉庫車両から物品を列車の外へと不正に持ち出すのを防止するために“力”をブロックするセンサーが設置されていたと、タクト=ハインは天井を見上げての見解だった。
そして、自動停車システムの搭載。運転技士のマシュが列車の操縦を手動しなくても停車は列車のシステムが判断する、所謂人工知能が停車地を決める。
子ども達を護り、送る。その役割を担う『あの頃』が今となっては懐かしかった。
しかし、今回は“民間人”として任務を遂行する。最悪な非常事態の遭遇時には武力行使は出来ない。
“軍人”としての“力”はない上に『あの頃』の同志はマシュ以外乗務していない。
自身に迫った災いさえ、ひとりで解決が出来ない。
意気揚々が、萎みそうだった。
誰かの所為にすれば楽になるだろうが、因果応報が廻ってくるのが落ちだとタクト=ハインは首を横に振った。
「さてと」と、タクト=ハインは腰を上げた。
背中を押し当てていた倉庫車両の扉に振り向き、深呼吸を何度もして、最後に大きく息を吐いた。
「助けてぇええっ!」
拳で扉を叩く音と、タクト=ハインの半泣き状態の声が倉庫内に再び轟くーー。
***
かつかつと、列車の通路に靴が鳴る音が響いていた。
「ビート、食堂車両は後列にあるわよ」
「お姉ちゃんこそ、みんなをほったらかしにして何をうろうろしてるの?」
「“プロジェクトチーム”のリーダーはナルバスよ。でも、あいつが宛にならないからわたしが仕方なく動いているだけ。ビート、ナルバスよりは宛になるけれど、あまり無茶はしないでよ」
「それはないよ。僕はお父さんとお母さんが大切にしていた“あの人”が大切だから」
「ビート、間違っているよ」
「どうして?」
「お父さんとお母さんが、今でも大切なタクトは私たちも大切。だから、支えたい」
「うん」
ビートは笑みを湛えたーー。
***
タクト=ハインは閉じ込められた倉庫車両で暑さと息苦しさを覚えていた。
時間の感覚がわからない。しかし、長く此処にいるは間違いはない。密閉状態の倉庫内では酸素濃度が減っている。呼吸をする度に二酸化炭素が増える。加えて体感温度が上昇していた。
倉庫車両には空調設備が施されていなかった。食糧と飲料水を保管する箇所は冷蔵、危険物に至っては厳重な保管。気温と湿度に影響がない日用品を含めた雑貨品は対象外。
空腹はまだ、ない。喉の乾きを補いたいが、貴重な飲料水を減らす訳にはいかないと、タクト=ハインは全身を汗まみれになりながらも耐えるを選択した。
ーー苦戦しているね。
「相変わらず、神出鬼没。おまえにはつくづく呆れるよ」
朦朧とする最中で聞きたくない声がしたと、タクト=ハインは怒りを膨らませた。
ーー恐い、恐い。ボクはキミが諦めるなんて、絶対に認めない。
「よく、言うな。おまえが敵に塩を送るなんて僕は絶対にあり得ないと思っている」
タクト=ハインは足元を踏みしめて、身体を左右に揺らしながら声がする方向を睨んだ。
ーーおっとっとっ! 無駄に気力と体力を使うはさすがのボクでも止めちゃうよ。
「何を拘っている? おまえは僕が目当てだろう。さっさと奪えよ」
ーー逆だよ。キミには別の目的をして欲しい。だから、こんなところで力尽きるのはしてほしくない。
タクト=ハインは『奴』の言葉に怪訝となった。
「言っとくが、悪巧みには加担しない」
ーーそんなことじゃない。キミは特に手を出す必要はないからね。
「早く、言えっ!」
タクト=ハインは額から頬へ這わせた汗を顎の下で滴らせ、叫んだ。
ーーキミとの繋り、絆を【ヒノサククニ】に持っていく。ただ、それだけだよ……。
『奴』の気配がしなくなった。と、同時に
タクト=ハインの意識は朦朧となり、とうとう立つ気力を失った。
ーータクト、タクトッ!
扉が開く音と声がする。しかし、目蓋が開かない為に姿を見ることができない。
ーータクトさん、僕らの声が聞こえていますか? 手をあげられるで良いので、お返事をお願いします。
ふたりいる? ああ、知っている声だと、タクト=ハインは呼び掛けに答えようとするが……。
手を挙げる動きを止めてしまったーーーー。
***
全身に受け止める心地好い振動、頬に掠める夏の高原にいるような爽快な涼しさ、吸うのが贅沢で吐くのが惜しい清涼な空気。
タクト=ハインは朧な思考を膨らませていた。とうとう“花畑”という場所に来たのかと、綴じていた目蓋を半開きにして光景を確かめることにした。
「あ、目が開いた」
「大丈夫みたいだね。タクト、食べ物と飲み物を摂る?」
少年と少女の会話が聞こえた。しかも、食事と水分補給を促している。
「ああ、どっちも少しだけなら口にしたい」
タクト=ハインはベッドで横になっていたと気付くと、はっきりと返答をした。
「ビート、タクトがちょこまか動かないように見張っていてね」
「え? お姉ちゃんがしてよ」
「わたしはタクトのリクエストを持ってくるの。頼んだわよ、ビート」
「せっかちだな」
扉が閉まる音が耳障りだと、ビートは堪らず頬を痙攣させた。
「ビート」
「うん? タクトさん」
「……。いや、なんでもない」
「言いかけて止めるのは、こっちがすっきりしません」
「ごめん。出発早々、僕がみんなのことを振り回していた。あてにならない僕では、この先が不安だろう?」
「気にしてはいないですよ。特に姉は何だかんだいいながら今回の件ですっかり張り切っている様子だから」
「ははは」と、タクト=ハインは苦笑いをした。
「ぼくは見たいです。父と母がかつて訪れた【国】がどんなところかと、目で確かめたい」
「僕もだよ。また、何かが起きている。だから、キミ達が集われた。ただし、時と場合によっては覚悟する事態だって起こりうる。それは承知して欲しい」
「はい」と、ビートは頷いた。
「今の僕には残念ながらキミ達のお父さんのような本物の“戦う力”はない。あるのは身を守る程度の“力”だ。でも、自分だけの為には絶対に発動はさせない」
「タクトさん、心配しないでください。ぼくらは、ぼくと姉は父と母に内緒で“力”の使い方を勉強していました」
タクト=ハインは明朗な口調のビートに「は?」と、口をぽかりと、開いて見せた。
「だから、タクトさんを倉庫車両から助け出した。姉は“感知の力”でタクトさんの気力を探って、ぼくは“電脳の力”で倉庫の扉に不具合を見つけて調整した」
タクト=ハインはまだ口を開いたままだった。
「でも、この列車の救護室凄いですね。タクトさんの容態をシステムがあっという間に診て、処置までしてくれた。お医者さんが乗ってないから具合が悪くなったらどうすればいいのだろうと心配しましたが、これなら大丈夫かな? と、思いました」
「いや、救護室については僕も知らなかったが、その前にビートが言ったことに僕はーー」
『乗車されている皆様にお知らせします。レッド・ウインド号はまもなく【幻渓谷】に停車します。なお、停車中での下車等の行動は安全が確認されてからになりますので、指示があるまで列車内で待機をお願いします』
「タクトさん、渓谷に停車だって」
「ビート、何だか嬉しそうだね」
「勿論、下車でしょう? 早くみんなに指示をしてください」
「あ、ちょっと」と、タクト=ハインが呼び止めるがビートは救護室を出ていった。
列車が徐行をしている。救護室の窓の外を見ながらタクト=ハインは思った。
緑豊かな森林の狭間に流れる川、高く聳える連なる山。
まだ、景色は残っていた。其処にはーー。
「シムズさん、あなたはまだお元気そうですね」
タクト=ハインは【かつて訪れた場所】で出会った男の名を呟いた。
物語は、ロゼ。
列車は、タクト=ハインの志しを乗せて【ヒノサククニ】を目指すーー。
本作は、今回をもちまして完結とさせていただきます。ご拝読、ありがとうございました。




